学び・つながる観光産業メディア

平成芭蕉の「令和の旅指南」⑪ 熊野灘の捕鯨文化を伝える和歌山県太地町

コメント

「鯨とともに生きる」太地町の日本遺産ストーリー

 戦後の食糧難の時代、安価だった鯨(クジラ)肉は日本人の食生活を支え、私が小学生の頃の学校給食には、しばしば鯨の竜田揚げが出され、私の大の好物でした。鯨は秋には北から南へ、春には南から北へと海流に沿って回遊するので、四方を海に囲まれた日本周辺の海域には昔から鯨が多くいました。

 紀伊半島南端に位置する熊野灘沿岸地域の串本、太地、那智勝浦、新宮の1市3町は、和歌山県で最初に認定された日本遺産「鯨とともに生きる」の舞台ですが、中でも太地町は網取り式古式捕鯨(ほげい)発祥の地です。この太地の沖はちょうど鯨の南下と北上の通路にあたり、人々はこの沖を「鯨が昼寝をするところ」と呼び、古くから太地浦では寄り鯨(傷ついたり弱ったりなどして岸辺に寄ってくる鯨)を捕獲していました。

 鯨は古来、日本人にとって海の彼方より冨をもたらす神「えびす」とされ、人々は鯨を有難い糧とし、やがて自ら捕鯨する道を歩み始めました。この突き取りによる最初の捕鯨を創始したのは、捕鯨の有望性に着目した太地の郷士・和田忠兵衛頼元で、今では「捕鯨の祖」として崇められています。

 捕鯨法を組織化させた頼元は、その運営に当って利益を人々に還元させ、捕鯨に従事する者への細やかな配慮を行い、この相互扶助の精神は太地町の人情と風土を育む基盤ともなり、現在の水産共同組合設立の理念として生きています。

網取り法の開発と太地町での捕鯨業の発展

 当初は鯨を銛で突いて捕獲するだけでしたが、後に「古式捕鯨中興の祖」と呼ばれた太地角右衛門(たいじかくえもん)によって網取り法が開発され、捕鯨は飛躍的に発展しました。

 鯨は「一頭で七郷が潤う」と言われるほど莫大な富をもたらし、この網取り法による捕鯨は500人以上もの人々が役割を分担して行う、まさに太地町をあげての一大産業に発展したのです。その役割は、「山見台」といわれる高台から鯨を見張る者(山見)、鯨に銛を打ち込む者(羽指)、仕留めた鯨を運ぶ者、用具を管理・修繕する者など、実にさまざまでした。そして鯨の解体・加工は「鯨始末係」が担い、肉の大半は塩漬けにして出荷するだけでなく、骨や皮からは鯨油をとり、ヒゲや筋は道具の材料にするなど、鯨の巨体は余すところなく活用されました。

 この「鯨との格闘」という命の危険を伴う漁を担ったのは、古くは源平合戦で勇名を馳せた熊野水軍の末裔たちでした。彼らは泳ぎに長けているだけでなく、勇敢で団結心が強く、造船や操船技術に秀で、海の知識も豊富だった人々が捕鯨の原動力だったのです。

 さらに、太地町で捕鯨が盛んになった理由としては、背後に急峻な山々があり、沿岸付近は複雑なリアス式海岸が続くという地理的条件もありました。つまり、沿岸地域を回避する鯨をいち早く発見できる高台や狼煙台があり、さらに鯨を引き揚げられる浜があったことが捕鯨発展の要因でした。

 また、当時の太地町には捕鯨を行う者を支えた船大工や鍛冶屋、鯨販売を営む人もおり、捕鯨は地域全体を潤していました。その繁栄ぶりは、江戸時代に井原西鶴が『日本永代蔵』の中で、「泰地(たいじ)という里の鯨恵比須(くじらえびす)の宮には、高さが三丈(約9メートル)もあるクジラの胴骨でできた鳥居がある」と記しています。そしてこの記録から、太地魚商組合によって昭和60年(1985)、イワシクジラの顎の骨を使った鳥居がえびす神社前に建てられました。

えびす神社の鯨骨付鳥居
えびす神社の鯨骨付鳥居

鯨を知り捕鯨文化を学ぶ「くじらの博物館」と「くじら浜海水浴場」

 そして今日、太地町は鯨の町として「くじらと海のエコミュージアム太地」をチャッチフレーズとし、かつて鯨を見張った岬や狼煙(のろし)を上げた梶取崎狼煙場跡、クジラの供養碑などを整備、鯨に感謝しつつ、畏敬の念を抱きながら今も鯨とともに生きています。さらに太地町には捕鯨文化を伝える場所や伝統芸能が残されているだけでなく、鯨を身近に感じる施設も数多くあり、その一つが町立「くじらの博物館」です。

「くじらの博物館」での鯨ショー
「くじらの博物館」での鯨ショー

 森浦湾を見ながら太地町に入ると、捕鯨船・第1京丸や鯨にモリを打つ漁民をイメージした「刃刺しの像」などが建つ「くじら浜公園」があり、さらにその先に「くじらの博物館」があります。博物館では、古式捕鯨を記録した絵図などの資料をはじめ、捕鯨に使われた漁具、鯨の生態を知る骨格標本・模型などの展示に加え、9種約40頭の鯨を飼育しており、その鯨と触れ合える体験が人気です。水族館でもなく、遊園地でもない、まぎれもなく鯨を知るための博物館です。

「刃刺しの像」が建つくじら浜公園」
「刃刺しの像」が建つくじら浜公園」

 また、「くじらの博物館」といさなの宿「白鯨」の中間、畠尻湾奥の小さな海水浴場「くじら浜海水浴場」では、例年夏に特設イケス内で2頭の鯨類が公開展示されています。ここでは海水浴を楽しみながら自然に近い状態で鯨を観察でき、遊泳する鯨との楽しい出会いが待っています。

 鯨とともに生きた人々から現代に受け継がれてきた古式捕鯨という文化を体感し、鯨に触れることが出来る貴重な機会です。和歌山県の旅では、世界遺産の熊野古道や熊野三山だけではなく、日本遺産の熊野灘エリアにもぜひ訪ねていただきたいと思います。

寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事

/
/

会員登録をして記事にコメントをしてみましょう

おすすめ記事

/
/
/
/
/