東京メトロで一番乗降者数が少ない西ケ原駅。
中山道が本郷追分から分かれた日光御成街道(現・本郷通り)沿いに西ヶ原はある。武蔵野台地の際に位置する閑静な住宅街だ。
そこは、故内田康夫さんの小説の主人公である浅見光彦が住む町。そのため、週末ともなるとファンの方々がゆかりの地を散歩する街ともなった。
永遠の33歳という設定、新たなシリーズが読めなくなったのは、とても残念だ。
平安末期からの古社とお団子
その浅見光彦は、よく母上に言い訳をする。
その時に、お団子を買って帰る茶屋が、平塚神社境内の「平塚亭つるおか」である。崖下の京浜東北線の上中里駅から緩いカーブを登ってくると、見上げる境内は荘厳だ。
平塚神社は、平安末期にこの地を治めていた豊島氏の本城である平塚城の跡地に祀られた神社である。源頼朝が父義朝の三兄弟を祀ったのが端緒。
そこには、東京都の木である銀杏が、境内全体を金色の絨毯に染める。秋から冬にかけての素晴らしい景色だ。
内田康夫ではなく、渋沢栄一
この周辺の日光御成街道には、道路の真ん中を分ける一里塚や国立印刷局東京工場などが位置している。
そして、王子方面に歩みを進めると飛鳥山や渋沢栄一旧邸にたどり着く。
北区内の企業・団体などが、2024年7月に新紙幣の発行に向けて、新たな取り組みを進めている。
「東京都北区・渋沢栄一プロジェクト」と称して、さまざまなイベントを創造している。統一したロゴマークやミニFM局の開設、旧邸のある飛鳥山周辺のイベントがそれだ。
(渋沢栄一プロジェクトは、こちら) https://shibusawakitaku.tokyo/
まさしく、新紙幣の発行効果こそ地域振興の際たるものだ。発行後は、また、数多くの観光客がこの地を訪れることになろう。
都忘れの旬感
さて、西ヶ原に話を戻そう。平塚神社から駒込方面に歩みを進める。
そこには、1919年に古河財閥の古河虎之助男爵が整備したことに始まる邸宅、旧古河庭園がある。
春と秋に庭園内に咲くバラが有名だ。武蔵野台地の崖上に建てられた洋館と様式庭園に約100種のバラが植えられている。このバラの咲く時期は、都立公園の中でも秀逸、とても優雅だ。
しかし、この庭園の魅力は、斜形地を巧みに利用した崖下の趣向を凝らした日本庭園だ。午後の時間帯になると日差しが斜めに入り、庭園内がキラキラと染まる。特に入母屋造の茶室周辺は、苔生した緑と朱色の紅葉が見せるグラデーションは見事だ。まさしく、都会のど真ん中に居ることを忘れるほどの旬感である。
公共交通機関が不便であっても・・・
冒頭、西ケ原駅は乗降者数が一番少ないと書いた。東京都内は、東京メトロ南北線や都営地下鉄大江戸線が開業して、便利になった地域が少なくない。それまで地域住民は、路線バスや最寄り駅まで歩いて電車に乗るという不便を強いられていた。
しかし、その地域の宝は、地元の方々にしっかりと守られてきた。そして、外からやって来る人々にも、優しく、触れ合うことができるようにしてきた。
ここ西ヶ原も上中里や王子、駒込といった駅と共存を進め、町を形成してきた歴史がある。「郷に入っては郷に従う」という諺にあるように、地域住民との合意形成、大切にしていく観光コンテンツなのだと、訪れるたびに思う場所である。
(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8
取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長