1984年に地域情報雑誌「谷根千(やねせん)」が発刊された。今で言う着地型観光の先進事例として、この地域に注目が集まった。
「谷根千」とは、東京都北部、荒川・台東・文京区の3区境、谷中・根津・千駄木の頭文字を指す。
雑誌は既に2009年に休刊となった。しかし、方々に江戸風情の古民家や洒落たお店が点在している。そのため、「歩く観光・町歩き」が流行するにつれて、日々、国内外の観光客、老若男女が訪れている。
道を覆う大きな傘のように
その中心的なモニュメント「谷中のヒマラヤ杉」は谷中一丁目にある。江戸城から鬼門の方角であるこの場所は、作為的に寺社を密集させた寺町である。三方地点と呼ばれた三差路の一角に、大きな傘のような杉の木があった。天まで届くかのような杉の木は、かなり遠くからも見ることができる。しかし、迷路のような場所、地図を片手に探している観光客を見ることが少なくない。
2019年の台風19号は、関東地方を直撃した。その結果、数多くの枝が折れ、下を通る人々に危険が及ぶようになる。台東区は苦渋の決断の上、保護樹林、景観重要樹木であるこの杉の木を剪定せざるを得なくなった。そして、2020年11月に数日かけて剪定された。
それまで青空に突き刺すように立っていた杉の木は、目の前の細い道を塞ぐように伸び栄えていた。しかし、剪定されたことによって、葉っぱは一番上だけ。そして、その向こう側のスカイツリーの姿を見ることができるようになった。「映える」という意味では、新たな命を得たようにも思える。
コロナ禍によって、敷地内にある「みかどパン」も閉店となった。
住まう人、訪れる人の共通認識が大切
動植物には寿命がある。東京都内の有名な桜や銀杏並木も寿命を迎えて伐採されるといった事例も聞こえてくる。これは、町の景観を左右する大きな問題。それを見に来るお客様にも、地域事情をきちんと理解してもらうことが大切だと感じる。
剪定前後の姿を地元の方々がしっかりと語り継ぐこと。そして、地域の方々と来訪される方々が共通の認識を持つこと。これらの取り組みを進めていくことが、これからの「谷根千」には必要なのかもしれない。
地元の方々が高齢化して「谷根千」から離れていく。また、訪れる人々が「旅の恥は掻き捨て」のように、ゴミを放置していく。そして、細い小径であるが故、交通事故が多発しているとも聞く。まさしく、オーバーツーリズムによって、町全体がマイナスのスパイラルに陥っている。
守るべきモノ・コトをしっかりと明示して、未来に繋がる観光地として再構築する時がやって来ている。これは、「谷根千」だけのことではない。
東京再発見、2024年は、このテーマを継続的に追うこととしたい。
取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) 株式会社ツーリンクス/取締役事業本部長