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地域を元気にするガストロノミーツーリズム

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 食が日々の暮らしや旅において最も楽しいひとときであることは国内外、どこでも同じであろう。ガストロノミーというと今でも日本では美食という捉え方をする方が少なくはない。当然おいしくないものを食べたくはないわけで美食でも間違ってはいないが、ガストロノミーツーリズムというと実は美食観光というわけではない。日本国内各地でも地元の食を大きくうたい、文化庁が推進する百年フードでは「地域で受け継がれた食文化を掘り起こし100年続く100年フード」として地域のソウルフードに光をあてている。

 我が国国産のお酒に焦点をあてて、酒蔵を巡る酒蔵ツーリズムも大きな潮流を作っている(酒蔵ツーリズム推進協議会)。また後述するガストロノミーツーリズムの定義どおりに地域を元気にしているONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構の取り組みも全国で広がっている。世界的にみると、大きな世界の潮流を仕組みとして起こした点で国連世界観光機関(UNWTO)の動きが大変大きい。

 彼らはガストロノミーツーリズムを、【その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的としたツーリズム】としている。国内においてローカルガストロノミーと表現される方もおられる。

 筆者は日本観光振興協会にANAより派遣されていた時代にUNWTOと深く付き合っていたが、同機関の幹部から「風光明媚な景観も教会や博物館も要らない、その場所に暮らすマンマ(母さん)の作った素朴な料理を食べにわざわざやってくる、それがガストロノミーツーリズムである」と言われたことをいまだに鮮明に覚えている。UNWTOは実際に中南米やインドネシアの固有食文化に焦点をあてたガストロノミーツーリズムにも焦点をあてていた。地域の食が、生産者からサービス従事者まで地域の雇用や経済を支え、ひいては食文化の継承につながると考えているからである。この動きの理論的支柱がスペイン東部フランス国境に近いバスク州、サンセバスチャンのあるバスク・カリナリーセンター(BCC)である。

 ご存知のとおりサンセバスチャンは、昔は小さな漁村で王室の避寒地ではあったもののこれといった村ではなかったそうだが、今や食通を唸らし、一度は行ってみたいという街に変貌し、いわゆるピンチョスを売りにしたバルからミシュラン3星の店までひしめいており単位面積あたりのミシュランの星の数は世界一とのこと。

 筆者も5度訪れているが、週末の夜は、もう押し合い圧し合いの賑わいようである。料理人同士がレシピを公開しあい切磋琢磨して街全体で食の街としてここまで成長してきた。バスク州政府がより高みを極めようと産官学の拠点として構えたのがBCCであり、調理とサービス、ツーリズムのコースをもつ専門大学となっており、日本の名だたる料理人や関係者が講義にも登壇している。このBCCがUNWTOと共催の形で開催しているのがガストロノミーツーリズム国際フォーラムであり、コロナ禍で若干変則にはなったものの2015年よりBCCのあるサンセバスチャンと世界各地で毎年交互に開催している。

 余談になるがこのBCCは世界のトップ中のトップシェフからなるBCCガストロノミーサミットの主催者でもあり、その国際諮問委員に青山にあるレストランNARISAWAのオーナーシェフ成澤氏が選出されており、同氏がホストとなり、6月5-7日に富山市岩瀬と東京にてその国際会議が行われ、来日した世界のトップシェフ達と食を通じた社会課題に向き合い発信を行う。この様子はまた回を改めて紹介したい。

 昨年2022年12月には第7回のフォーラムは日本の奈良県で開催された(4か所目の海外開催地、ペルー・リマ、タイ・バンコック、ベルギー・ブルージュ)に続く。このフォーラムでは世界各地の好事例の発表や、スタートアップのコンペティション、今そこにある課題などの議論と、現地のエクスカーションが行われる。筆者は自身がスピーカーとして、バンコク、サンセバスチャンで登壇したほか、過去7回の開催のうち5回このフォーラムに参加し知見を深めてきた。UNWTOは同じコンセプトでワインツーリズム国際フォーラムも開催している。

 我が国もこうした動きに呼応し、日本観光振興協会がUNWTOと包括提携を締結した際に

 共同で我が国におけるガストロノミーツーリズムの推進を掲げ、成果物として、ぐるなび、三菱総研とともに我が国初、世界初となる我が国のガストロノミーツーリズムに関する報告書をUNWTOとの共同レポートとして発表している。筆者はそのプロジェクトに携わり、編集・執筆者として、またUNWTOとの交渉も行った。このレポートは無料でダウンロードできるのでご一読いただきたい。

UNWTO Joint Report Gastronomy Tourism, The Case of Japan

邦題:我が国のガストロノミーツーリズムに関する調査報告

英語版

https://www.e-unwto.org/doi/epdf/10.18111/9789284420919

日本語版

https://unwto-ap.org/wp-content/uploads/2021/04/b5e08da93ab3bbdfbc0fc3b3d63a022a.pdf

 発表は2018-2019となり少しさかのぼるが、今現在、このあとに続く研究調査成果は出ておらずいまだに褪せない内容となっており、実際に2021年に筆者は主催者からの求めでFoodTrex  Research Summit 2021 Londonでこの内容についてオンラインで登壇発表を行っている。

 特色は我が国の都道府県を含む市町村である基礎自治体1788に対してサーベイをかけ約631の回答を得て、各地域におけるガストロノミーツーリズムの認識度、取り組みの事例などを詳細に調べ上げ、かつ全国から好事例を抽出し、実際に現地に赴き関係者へのインタビューを重ねその事例ひとつひとつの成功の背景を探ったものである。

 内容についてはまた改めて紹介できればと思う。

 次回以降、食や環境の面から、また旅行者、事業者の視点で持続可能な観光や観光地について、またその時々の話題について触れていきたい。

寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員

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