学び・つながる観光産業メディア

観光産業の未来を支える人材育成|人事院 公務員研修所長 (元観光庁部長) 米村猛

コメント

目先の問題解決より大切なこと

——人事院とは。

 人事院は、国(政府)の行政機関の一つだが、観光業界の皆さんだと、国土交通省や経済産業省、厚生労働省などと違って、なじみが薄いかもしれない。

 各省が直接的・日常的に国民や産業界に行政サービスの提供等を行っているわけだが、人事院は、簡単に言うと、こうした省庁の人事ルールなどを作る役割を持っている。1年ほど前に、経済産業省から出向して考えてみたのだが、企業グループで例えるならば、内閣はホールディングス・カンパニーで、各省庁はその事業会社なのだが、人事院は、「ホールディングスの人事企画部署」のイメージだろうか。各省が実際に人事配置を行うのだが、その人事システムの根幹、共通ルールを担当する省庁だ。少し堅く言うと、人事行政に関する公正の確保と、国家公務員の利益の保護等に関する事務をつかさどる中立・第三者機関として設けられたのが人事院だ。

公務員研修所

——人事院の取り組みについて。

 いくつか具体的に言うと、一つ目の柱は、「人事行政の公正が確保されるよう、採用試験、任免の基準設定、研修等の実施」だ。例えば、「官民交流」の制度設計・運用の話をすると、官民人事交流法という法律がその基本ルールを定めているが、このスキームの下で、平成4年度だけでも新たに産業界等からお迎えしたのが過去最多の378人だった。私が、6年前ほどに観光庁観光地域振興部長をしていた時にも、産業界からの職員と真剣なディスカッションを行って政策を作っていったのを思い出す。戻ってから省庁での経験を大いに活かして活躍しているといううれしい話もたくさん聞く。社会経済が複雑多様化しているので、各省とも、産業界で培った知識経験を活かしたく、官民交流を重視してきている。これを促進するための制度改善も行ったところなので、関心あれば、是非アクセスを試みてほしい。

 第2の柱は、「給与など勤務条件の改定等を国会及び内閣に勧告すること」だ。国家公務員は、民間と違い、労働基本権が制約されているので、その代償措置として、毎年、民間企業の給与を調査し、国家公務員の給与が社会一般の情勢に適応するよう国会と内閣に対して必要な勧告を行っている。この過程で、皆さんのところに給与の調査に伺うことがあるが、そのような趣旨なのでご協力お願いしたい。それと、特に近年、国家公務員の働き方改革、ウェルビーイングの向上の環境整備にも力を入れているし、各省が下した不利益処分への不服申し立てや苦情相談への対応など不利益救済も担当している。

埼玉県入間市にある研修所(西武鉄道入間駅からバスで8分。人事院研修所下車)

——公務員研修所とは。

 人材育成に向けた研修を行うための特別な機関として「公務員研修所」が置かれている。ここ埼玉県入間市にメインの研修施設を設けており、行政研修と言われる研修などを行っている。採用時のほか、3年目フォローアップ研修や課長級、課長補佐級研修など、節目節目の研修を実施している。

各省庁でも独自の研修をしているが、この公務員研修所では、公務員の志を再認識して、社会経済が複雑多様化する現状を受け止めて、最適な切り口で課題を発見し、政策を作り上げていく政策パースンとしての基礎力・応用力を磨き上げることを意識したカリキュラムを作り込んでいる。

もう一つ大事なのことは、縦割り意識の解消だ。行政組織なので、担当分野について責任を持って完遂するのが大事なのは自明だが、縦割りになりがちなのも事実。もっと高い、そしてユーザーたる国民に寄り添った視点に立てば自ずから解決する面もあるが、協力すべき他の省庁の顔が見えにくいことも一因かと思う。この研修所には、各省庁から選ばれて集まることになるので、各々の信頼関係を強化して、オール政府として総合力を発揮できる形の「つながりをつくる」のも大事な機能と思っている。

つながりということで言うと、私が観光庁で観光地域振興部長も務めていた際にも、DMO推進など、観光関係の産官学の人をつなげて、地域の総合力を高める努力をしてきたつもりだが、研修員には、霞ヶ関の中でつながるとともに、積極的に外に出て、産官学をつなげる意義も伝えていきたい。

研修所内には宿泊棟など各種施設がある

——研修内容について。

 本日も、初任行政研修といって、新人の総合職(幹部候補生)約100人が研修を受けている。企画立案に携わる約800人が8コースに分かれ、5日間の通勤研修、そして、地方自治体などでの実地体験に参加し、その生きた経験を素材に宿泊研修をすることなっている。ここ数年コロナ禍でままならなかったが、今年からは、全国各地の現場研修と宿泊研修を再開できている。全国の169市町村に受け入れてもらい、地域のリアルを体感してもらえるはずだ。

 これと並列だが「被災地復興・地方創生」のコースも設けた。政策研究のテーマとして、東日本大震災の復興を取り上げているが、実際に現地を訪れてもらうのも重要と考えた。このコースの人気も高く心強く感じた。観光庁在職の時に応援したホープツーリズムなど現地のご協力に感謝し、風評・風化等を深く考える機会になればと念じている。南海トラフ地震の発生確率が今後30年内に7、8割と言われるが、そうならば、この新人達が現役の間に大震災が来る可能性が高く、その意味でも、東日本大震災とその復興などを追体験する機会は貴重と思う。

研修の様子

——観光業界における人材の現状をどう見ているか。

 観光業界に限らないが、日本全体では、なんといっても「人材不足」が大きな問題だろう。公務員でも同じような問題に直面しているが、採用のフェーズも考えながら、職場の魅力を高めるための「働き方改革」を進めていくことが必要だ。コロナも大きな後押しになったが、政府でもリモートワークを積極導入し、フレックスタイムの積極活用も含め、いろいろチャレンジしている。

 観光産業においても、働き方改革の部分でやれることはまだあるように感じている。例えば、「DXの推進」だ。先端的な技術を用いてバックオフィスの業務を軽くしつつ最前線に人材を投入することは、大変な現場の負担軽減やサービスの価値を高めながらコストを削減することにつながる。DXは、直接的に利益を上げることと共に、得られた余力があれば、人の育成に充てることで、付加価値モデルへとつながるものだ。

 人材面においては、旅館・ホテルは労働集約型と言われるが、DX化が事業の高度化とともに、具体的な課題解決につながるものだと期待している。近畿経済産業局長に在職中、DX事業者と観光事業者のマッチングを行ったが、接点を持ち、情報を得ることから次につながることもあったと聞いている。

 それと、観光庁在籍時には多くの人の話を聞いたが、心底感心したこと一つに「おもてなし文化」がある。お客様に、文字通り本気で向き合う数少ない産業だと感じた。最近の経営学で言うカスタマーエクスペリエンス向上を、昔から磨き上げてきたという誇りを、今一度ご一緒に噛みしめたい。女将文化なども、女性活躍政策のコンテキストで参考にすることが沢山ありそうだ。公務員としても、カスタマーエクスペリエンスを考えるに際して、観光業界をお手本としたい気がしている。

——人材育成の課題について。

 予想不可能なVUCA(ブーカ)の時代と言われている。その中で新たな付加価値を作りだす人材を確保・育成することは急務だ。経営資源として、ヒト・モノ・カネと言われるが、現在ほど、ヒトの重要性に本気で向き合うべき時代はなかったのかもしれない。社員の創造性が企業業績に決め手になるし、働き方改革や人材育成への本気度を示さないと、採用でも苦戦し、市場でも評価されない状況になってきた。

 日本ではこれまで、背中を見て覚えろといった人材育成法が主流だった面がある。だが、今や、技術・スキルは日進月歩で、これだけでは十分なスキルアップが望めず、また、新たな視点を得るためにも現場を離れた「オフ・ザ・ジョブ・トレーニング」が重要になってきている。若い人が活躍のチャンスでもあり、ベテランの人をリスペクトしながらも、もっとイノベーティブになってもらうには何ができるかを考え、取り組んでほしい。

——民間が人材育成、学習をするための一歩になることは何かないか。

 今は、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶ「リスキリング」の時代とも言われており、今後はそれをどのような形で行うかは大きな課題としてある。国家公務員に対しては、われわれもそれを大いに意識したいと思うが、特に中小の観光会社は、外での学びの機会が少ないのかもしれない。この点、例えば、有料だが、全国9箇所の、経営等を学べる中小企業大学校もおすすめしたい。このほか、異業種交流会、大学の観光学部等で学ぶという選択肢もある。コストはかかるかもしれないが、変化の時代だからこそ、人材育成を意識した取組を期待したい。

——今後求めたい、求められる人材とは。

官民共に言えることだが、今強く求められるのは、問題を「解決」する人ではなく、「発見」する人だ。海外などに確固とした成長モデルがなくなってる混沌とした現状では、そして、コロナのような予想を超える事態があっという間に広がるかもしれないことを思えば、現実の本質に鋭く切り込み、課題を見つけ出すことが必要だ。 

観光業界においても、ポストコロナでの自らの将来に向き合って、顧客の課題を一緒に発見しながら、改革していくことが必要だろう。中小企業庁では、単に補助金を提案するだけではなく、経営者のリアルに寄り添って、一緒に課題発見を行い、それを踏まえた伴走型支援を行うという方法論を重視している。観光業界にも参考になるのではないか。繰り返すが、「課題を発見する力を持つ人材」を、官民ともにどれだけ持てるかが、今後の成長力の基盤になるのではないか。

——今からすぐにでもできる人材育成について。

「語ること」がキーワードになるかもしれない。技を盗めという育成方法が有効なこともあるが、様々なスキルを「見える化」して、部下や仲間に語ることの効果に着目したい。マニュアルをただ読めというのでもなく、コミュニケーションのチャンネルを強化することによる人材育成だ。中途採用が重要になっていることも踏まえ、リモートでも良いが、皆でつながって、もっともっと語り会うことから始めるのも一案ではないか。

これに関係して、近畿経済産業局長だったときに応援していた「地域一体型オープンイノベーション」運動を紹介したい。前の朝ドラ(舞いあがれ!)でも取り上げらえていたが、採用や地域との接点を意識して、地域の工場が連携して見学イベント等を仕掛けることだが、更に、共同開発への発展などとともに、人材育成の効果も顕著だ。見学者への質問に備えて、語らねばならないことから、担当するプロセス工程の本質的な意味を再認識するなど、考える人材が自然に育ち、そして、会社の中の空気もオープンになるという効果も現れていた。観光の面からは、産業観光の高度化で、町工場と観光を結びつけることで新たな価値が生まれる一例でもある。燕三条などが有名だが、関西での盛り上がりを応援してきた。さらに、近畿経済産業局が、北海道から九州まで全国40もの取り組みをまとめた「OPEN FACTORY REPORT1.0」というスタイリッシュなガイドを公表しているので、見てみてほしい。

——中堅はどう向き合うべきか。

 自分を省みてでもあるが、チャレンジ精神を改めて思い起こしたい。これまでの経験をどう活かしていけるかをベースにしながら、関係する新分野への貢献を考えることが必要だし、そういうチャレンジを、会社がそれを応援する仕組みがほしい。若手だけでなく、そしてDXだけでなく、広く「リスキリングを応援する企業文化」をどのように作り上げられるかが試されているように思う。

——昨今の観光業界で注目していることはあるか。

 観光庁観光地域振興部長だった時に常に意識したのが、地域の持続的発展のために観光がどう貢献できるかということで、大きな方法論として「DMO」が重要と考えてきた。観光を消費だけでなく、投資的視点を含め、地域を経営するという考え方への共感の輪の拡大を感じている。

 それが総論的な施策だとすると、各論的な応援も行ってきた。「テーマ別観光プロジェクト」といって、特定の分野で観光リソースを磨き上げるお手伝いをしていたが、その後、補助金が切れても自立化して、活躍しているものがあって、とてもうれしく感じている。

 例えば、映画・ドラマのロケを、一過性でなく、長く地域活性に活かしていく「ロケーションツーリズム」はずっと注目している。ロケーションツーリズム協議会が運営しているが、毎年2月に観光庁等も応援するアワードもある。この前のグランプリは、映画「とんび」・岡山県で、授賞式には知事も来ていた。航空管制官を描いたドラマの「NICE FLIGHT」×日本航空・国土交通省も受賞したが、プロフェッショナル公務員の魅力のアピールにもなったのもうれしいことだった。この活動の特筆すべきは年に何回もセミナーを開催して学びあう場を設けていることだ。ロケの誘致手法だけでなく、著作権を適切に活用したマップ作りや、ロケ弁を通じた地域産業との関りなど広がりのある取組で、資格を創設するなど人材育成の仕組みも作っている。自治体等の会員数も、600弱になるなど、地域活性の切り札として認知されてきたようだ。ちなみに、研修所のある、ここ入間市もアワードにノミネートしていて、身近に盛り上がりを感じたのも印象的だった。

 もう一つ、インバウンドへのキラーアイテムになってきた日本酒について、酒蔵をかけがえのない観光資源として発信を強化する「酒蔵ツーリズム」は、大きなポテンシャルを感じている。酒蔵を訪れながら、いろいろお話を伺う中で、地域を思うひたむきさを感じることが多い。

 加えて、体験型としては、「アドベンチャートラベル」も期待したい。「アクティビティ」「自然」「異文化体験」のうち2つ以上で構成されるツーリズムで、世界的な盛り上がりがある。一昨年、コロナのせいで、札幌での世界大会がリモートになってしまい残念に思っていたのだが、地元北海道等の再誘致運動が実って、来る9月に、札幌をメイン会場として、今度はリアルの世界大会が開かれることになったと聞いている。アジア初開催に加え、2回開催という特別な位置づけになった。文化・自然と体験には無限の可能性があるので、この大会の大成功を願っている。

——最後に観光業界の人に向けて一言。

 辛いコロナ禍を乗り越えて、今後の観光産業の未来は明るいとは思う。2年後の大阪・関西万博も、うまく活用してほしい。

 その成長を確実なものにするためには、人材の確保・育成が一層重要になるはずだ。やみくもに熱意を持って頑張ることと同時に、冷静に将来を見据え、適切に課題を設定して、力を合わせて解決していく人材がたくさん輩出できる、そんな良い流れを期待したい。例えばだが、人手不足、ウェルビーイング、SDGs、オーバーツーリズムの懸念という状況にどのように切り込んでいくかというイノベーションが必要だろう。それをサポートする政策当局の人材の高度化については、われわれ政府側のミッションだ。微力かもしれないが、各省庁とも協力しながら、全力を尽くしたい。

 今後とも、人材育成などについて、皆さんと意見交換をしていければと思う。

※聞き手=ツーリズムメディアサービス代表 長木利通

米村所長

米村猛(よねむら・たけし)北海道札幌市出身。1989年(平成元年)京大法卒、通商産業省入省。製造産業局産業機械課長、観光庁観光地域振興部長、特許庁総務部長、中小企業庁長官官房中小企業政策統括調整官、近畿経済産業局長、人事院人材局審議官などを経て22年12月から現職。

/

会員登録をして記事にコメントをしてみましょう

おすすめ記事

/
/
/
/
/