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音で読み解く国立公園 秩父多摩甲斐で始まるサウンドツーリズム

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秩父多摩甲斐国立公園で、自然を「音」で記録するユニークな取り組みが行われた。全国35か所の国立公園の自然音収録を目指す、自然音やヒーリング音楽の制作で知られる音楽レーベル、デラ(以下、デラ)のプロジェクトに、東京山側DMCがフィールドサポートとして同行したものである。舞台は奥多摩町、檜原村、あきる野市にまたがる国立公園内。神戸岩、払沢の滝、大岳鍾乳洞、養沢川、落合キャンプ場といったフィールドで、野鳥、渓流、洞窟、竹林などの環境音が記録された。今回の取材で見えてきたのは、国立公園を「見る場所」から「聴いて理解する場所」へと拡張する可能性であり、そこには観光、教育、地域創生をつなぐ新たな入口があった。

音で読み解く国立公園という挑戦

デラは、全国の国立公園を対象に自然音を収録し、作品として発表するプロジェクトを進めている。日本の国立公園を「音風景(サウンドスケープ)」として記録する試みはまだ珍しく、その意味で先駆的な実践である。

国立公園は、自然公園法に基づき「優れた自然の景観」を基準に選定されてきた。雄大な山岳、湖沼、渓谷など、これまでその価値は主として視覚的な美しさによって語られてきた経緯がある。だが実際に自然の中に立つと、人の記憶に強く残るのは景色だけではない。早朝の森に響く鳥の声、谷を抜ける風の音、渓流が岩を打つ音、洞窟に落ちる雫の反響、竹林が揺れる微かな擦れ音。こうした音は、その土地の地形、季節、生態系、時間帯を映し出す「もう一つの風景」である。

今回の収録は、秩父多摩甲斐国立公園の音風景を作品として残すことを目的に実施された。視覚中心で語られてきた国立公園に、聴覚という切り口を重ねることで、自然資源の価値を改めて捉え直す試みでもあった。

秩父多摩甲斐国立公園でのフィールド収録

収録は、奥多摩町、檜原村、あきる野市にまたがる秩父多摩甲斐国立公園内で行われた。事前のロケハンでは、東京山側DMCの宮入と、「みちくさの達人」こと櫻澤がフィールド案内を担当し、収録候補地の環境や音の特性を確認した。

案内したのは、神秘的な峡谷景観を持つ神戸岩、日本の滝百選にも数えられる払沢の滝など、秩父多摩甲斐国立公園を象徴する場所である。これらの場所はいずれも景観資源として知られているが、同時に、谷の反響、落水音、鳥のさえずりといった音環境にも大きな魅力を持つ。

収録当日の3月11日、早朝の神戸岩周辺ではミソサザイなどの野鳥の声を狙った録音が行われた。まだ空気の冷たさが残る時間帯、谷間に響く鳥の声は、視界の奥行き以上にフィールドの立体感を伝えていた。その後は払沢の滝、大岳鍾乳洞へと移動し、渓流音や洞窟内の滴下音、反響音など、場所ごとに異なる音の個性を記録していった。

昼食は秋川渓谷の温泉施設・瀬音の湯内の石舟ダイニングで取り、ここで櫻澤が合流。午後のフィールドへ向かった。

森と川の音が語る自然環境

午後の収録舞台は、あきる野市養沢地区である。落合キャンプ場の高野氏の案内のもと、養沢川流域や竹林を巡りながら、森の環境音が丁寧に記録された。

耳に入ってくるのは、渓流の絶え間ない水音、竹林を抜ける風、林内の鳥の声、沢沿いの空気の揺らぎである。視覚的には一見静かな森でも、実際には幾層もの音が重なり合っている。音は見えないが、その場の自然環境の状態を雄弁に語る。

この日は、ナガレタゴガエルなど両生類の鳴き声の可能性も探りながら、複数の場所で録音が行われた。収録の合間には、地域の方々の案内で落合周辺の地域活動の話を聞く機会もあり、単に音を採るだけでなく、地域の文脈を理解する時間にもなった。フィールドの解像度を上げるとは、地形や生態系だけでなく、その場所に関わる人々の営みまで含めて捉えることでもある。

音という新しい自然体験

国立公園は本来、優れた自然景観を守り、楽しむ場所として位置付けられてきた。しかし、そこに「音」という視点を加えることで、自然体験はさらに深まる。

例えば、鳥の声で種の識別や季節の変化を認識することができる。渓流の音からは水量や地形の違いを感じ取り、洞窟の反響からは空間構造を想像できる。夜の虫やカエルの声は、その場所の生息環境を理解する手がかりになる。音は、自然を単に眺める対象ではなく、読み解く対象へと変える。

視覚だけではなく、五感を通じて自然を理解する体験は、これからの観光や自然教育において重要な価値を持つ。特に音は、現地に身を置かなければ分からない情報を多く含んでいる。その場に耳を澄ますことで初めて見えてくる自然の違いがある。

探究型自然体験との親和性

この視点は、東京山側DMCが展開する探究型自然体験とも極めて相性が良い。みちくさの達人のプログラムでは、自然の中で小さな違いに気づく観察力を育てる活動が重視されている。

鳥の声の違いを聞き分けること。川の音の変化を感じること。夜の森でカエルや虫の声を探すこと。こうした体験は、自然を「知識」として覚えるのではなく、身体感覚として理解する学びへとつながる。

実際、地域の生きものや地形を通年で観察する取り組みは、自然ガイドや調査人材の育成にもつながり得る。音はその入口として非常に優れている。見えるものだけではなく、聞こえるものに注目することで、子どもも大人も自然への理解を一段深めることができるからだ。

サウンドツーリズムの可能性

今回の取り組みを通じて改めて感じたのは、音そのものが新しい観光資源になり得るという点である。国立公園はこれまで景観を中心に評価されてきたが、実際の自然体験は視覚だけでは成立しない。そこにある風、湿度、音、時間帯の変化が、体験の質を大きく左右している。

そこで浮かび上がるのが、「音の国立公園ツーリズム」という考え方である。同じ森でも、時間帯や季節によって聞こえる音は大きく変わる。春は鳥のさえずり、夏は渓流と虫の声、秋は風と落葉、冬は静寂と水音。音は、その土地の自然環境の変化を繊細に伝えるメディアである。

音を入口にすることで、訪れた人はその土地の自然の仕組みをより深く理解できる。これは単なる癒やしやヒーリングではなく、自然理解を深める観光体験である。

具体的な展開としては、景色ではなく音に注目して歩くサウンドスケープ・ガイドウォークが考えられる。鳥の声で種や季節を読み解き、渓流の音から地形を感じ取り、風の音から森の構造を知る。カエルの声から湿地環境を理解することもできる。音を意味づけることで、自然の見え方そのものが変わる。

また、夜明け前の森を活用した少人数制の「森の音ツアー」も有力である。鳥の初鳴き、冷たい空気、光の変化を一体で味わう体験は、滞在型観光とも相性が良い。さらに、滝、渓谷、洞窟を舞台にした「地形を聴くジオツアー」、子どもたちが音の地図づくりや鳴き声調査を行う「音の探究学習」も考えられる。

地域資源を編集するDMCの役割

こうした取り組みを実装していくうえで、DMCの役割は大きい。地域の自然環境や人との関係性を持つ組織は、単なる案内にとどまらず、地域資源を観光価値へと編集する機能を担うことができる。

例えば、どの場所で、どの時間帯に、どのような音が聞こえるのかというフィールドの解像度を高めること。音を意味づけて解説できるガイドを育てること。キャンプ場、温泉、飲食、鍾乳洞、地域案内人などの施設や人材と連携し、体験として組み立てること。さらに、その体験を教育やインバウンド向け商品へと展開していくこと。こうした一連の設計は、まさにDMCの役割である。

音は目に見えない資源であるからこそ、単独では観光価値として認識されにくい。だが、地域の自然史や暮らしの文脈と接続し、体験として編集することで、その価値は一気に立ち上がる。今回のフィールド同行は、その可能性を具体的に示していた。

国立公園の新しい入口

今回のデラとの収録は、単なる音源制作のサポートではない。国立公園を「見る場所」から「聴いて理解する場所」へと広げる可能性を示す取り組みであった。

景観によって選ばれてきた国立公園に、音という切り口を加えることで、自然体験はさらに深くなる。そしてその体験は、観光、教育、地域活動へと広がっていく。音は、自然をより身近に、より立体的に理解するための入口である。

耳を澄ますことは、その土地の奥行きを知ることだ。国立公園の新しい入口は、案外、静かな一音から始まるのかもしれない。

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