1990年代半ば、国境に関心を持ち、この研究を生業にし始めていたころ、日本のことも考えないといけないと感じた。そして、今から思えば、安易な発想だが(同じようなことをやる研究者が結構いる)、北の稚内と南の石垣を比較したいと考え、それぞれの行政にアプローチした。この両市は姉妹提携していることでも知られる。
研究者は、我が身中心ゆえに・・・
2つの市役所とも私の手紙に丁寧な返事をくださり、資料を送ってくれた。だが、担当者に会いたいと伝えるとクールな反応で、出張で不在などと、けんもほろろ。実際、アポなしで訪問してみると担当者はちゃんと役所にいた。
今から思えば、この手の研究者は腐るほど多く、いちいち相手をしてられない(かといってむげにもできない)ということだったのだろう。相手の立場にたってみればすぐわかることだが、半分「物見遊山」で聞き取りとか称して、あとはなしのつぶて、お礼はおろか、調査結果も地元に還元しない「博士(バカセ)」たちに困っていたに違いない。このときの原体験が、私を毎年のように繰り返し繰り返し、現地に足を運ばせ、成果を少しでも地元に還元させようとするきっかけとなった。
石垣島での出会い
役場ではクールな対応を受けたが、初めて行った石垣島は魅力的だった。泡盛の飲みすぎで二日酔いの頭に、朝食でステーキを出す民宿には驚いた(いまは都会の資本でおしゃれなホテルが多く、隔世の感)。二日酔いの原因は前夜、とてつもない出会いがあったからだ。偶然、みかけた地元ミニコミに、尖閣諸島の唄が聴ける民謡酒場があると書いてあり、足を運んだ。

当時、小学生であった天才!ドラマーにも肝を抜かれたが、エレキの三線でポップやブルースを繰り出す島仲久さん、キーボードを務める奥様のひとみさんに魅了された。客は少なかったが、泡盛をがぶ飲みしながら、何度、ひとりスタンディングオベーションをやったことだろう。そして、尖閣の唄。「荒波越えて」はポップ、「灯火は物語る」はブルース。この2曲を収録した彼の2枚目CDを即買いし、私の常用歌になった。
与那国町や竹富町もメンバーになった境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)を2011年11月に設立。その準備も含めて、両町に通うから、おのずと中継地(というか竹富町役場は石垣にある)の石垣島には年2回は足を運ぶことになった。そう、夜はもちろん、島仲さんの酒場に通う。
札幌でコンサートを!?

JIBSN設立直前の5月、与那国でセミナーをやり、そこから台湾にチャーター便を飛ばすという今思えば、恐ろしい企画を主宰した。その前夜だったろうか、与那国での事業を共催した北大のグローバルCOEプログラムのメンバーの慰労も兼ねて、唄・もーれに集まった(実はいまの場所は3代目。最初に出会った頃は警察署の近く。その後、美崎町のあるビルの2階に移り、現在に至る)。私はプログラムの事務局長に半分、冗談でいった。彼らを北大に呼んで、コンサートをやれないか? 無理だろうと思ったが、事務局長もだめだと言わない。本気になった私はじゃあ声をかけるよ、と言い、その場で日取りを決めた。
こうして2011年7月、北大の百年記念会館という歴代総長の肖像画が並んでいる由緒ある場所が、沖縄の民俗酒場になった。せっかくなので、ワインなど飲み物も提供し、夏の夕げのひとときをみなで楽しんだ(いまなら、こんなことはできないに違いない)。その模様はyoutubeで楽しめる。天才ドラマーのために、小樽からミキサーを呼び、本格的なドラムまで用意した。大きくなった息子は、私が店にいくと、今でも懐かしそうにその映像をみせてくれる。島仲ファミリーの演奏を長く見てきた身としては、このライブは3本指に入ると確信する。
次は、北のしまを・・・

島仲さんも私も年をとったが、島仲さんにはアルバムに入っていない名曲がたくさんある。例えば、西崎(いりざき)の唄。与那国で東崎(あがりざき)の唄はいくつかあるそうだが、西崎の唄はあまりないという。私はライブの音源をもっており、一人でたまに与那国を想いながら聞いている。彼の守備範囲は実は沖縄だけではない。北海道美瑛にある青池の唄なんかも作っている(ときどきライブでやる。私が行くととくに)。
私は島仲さんを納沙布岬に招待し、北のしまの唄を作ってもらえないかと考えている。店にいくたび、島仲さんも北方領土を見たいという。だがその約束を私はまだ果たせていない。
島仲さんは、尖閣の唄をつくるために、漁船に10時間近くゆられて島を見に行き、それを歌詞にした。荒波越えていく島の遠さとそのちっぽけさ、そして、それを争う日本と中国、台湾の描写。国境を越える亀。漁船を見送る海鳥たち。情景がエレキ三線から浮かんでくる。彼が北のしまをみたらどういう唄をつくるのだろうか。私のしまへの旅はまだ終わりそうもない。
島仲さんの店はこちら https://map.yahoo.co.jp/v3/place/3LcdNJL53mU
(第2部 おわり)

*第3部からは隔月の配信となります。
(これまでの寄稿は、こちらから)
https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=20
寄稿者 岩下明裕(いわした・あきひろ)
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授
兼 長崎大学グローバルリスク研究センター長