近年、持続可能性への意識の高まりとともに、観光のあり方が大きく変わりつつあります。単なる消費型の旅行から、地域や環境に貢献する「教育ツーリズム」や「アドベンチャートラベル(AT)」へとシフトする中で、注目を集めているのが、伊豆半島を拠点とする「Ask the Earth・プロジェクト」です。
このプロジェクトを主管するのは、NGO伊豆ユネスコクラブ。今回、現地・伊豆に赴いた東京山側DMCメンバーに対し、同クラブの副代表幹事である筒井一郎(イアン)氏が、その核となる独自のメソッド「アニマルSDGs」と、地域創生にかける未来への展望を語りました。
筒井氏の話からは、このプロジェクトが東京山側DMCと連携することで、従来の観光教育の枠を超え、エシカルで未来に必要な学習コンテンツとして地域創生を牽引する、次世代のキラーコンテンツとなる可能性が浮かび上がってきます。
「人間SDGs」への優しいアンチテーゼ:「1/3の世界観」を学ぶ
筒井氏は、「アニマルSDGs」の根底には、現在のSDGs(持続可能な開発目標)が抱える限界への鋭い問いかけがあると説明します。SDGsは人間中心の「開発(Development)」を前提としているため、真に持続可能な未来を実現できないのではないか――。その認識から、このプロジェクトでは「持続可能なデザイン目標(Sustainable Design Goals)」への意識変革を提唱しているといいます。

核となるのは、人間が地球の資源を独占するのではなく、「1/3は自分のために、1/3は動物のために、1/3は未来のために」という、先住民の知恵に共通する「1/3の世界観」です。
この思想を体現するため、学習コンテンツでは子どもたちを動物のキャラクターに「擬似動物化」させ、人間ではない多角的な視点から物事を捉え直す手法を用います。
- 本質的な気づき: 人間目線では教えにくい社会の「不都合なこと」(例:ゴミ問題、食糧廃棄)に、子どもたち自身が動物の立場から問いかけることで、深い「気づき」を促します。
- SDGs 18番の提案: プロジェクトでは、未来の世代の被害者である子どもたちのために、「未来の子どもたち(KIDS AS FUTURE GENERATION)」をSDGsの18番目として加えることを提言しており、その理念こそがエシカルな教育の前提となります。

筒井氏は、「アニマルSDGs」の教育メソッドは単なる知識伝達ではなく、参加者が自己を反省し、「脱皮」(変容)する快感を得ることを重視していると語ります。
26万坪の「トレーニングセンター」が育む自立した未来の担い手
プロジェクトの拠点は、伊豆下田に広がる26万坪(東京ドーム約17個分)にも及ぶ広大なフィールドです。ここでは、すべてがバリアフリー化された都会とは異なり、あえて小さな傾斜やバリアを残すことで、子どもたちが秘めたるポテンシャルを発揮できる環境を提供しています。
筒井氏によれば、このフィールドは「賢い脳みそを作る」ための教育プログラムの「トレーニングセンター」として機能するといいます。
- 非戦・平和の心を強化する: NGO伊豆ユネスコクラブとして、ユネスコが本来持つミッションである「平和の心を強化する」という理念をアップデートし、戦争させない世界を構築するという強い意志を持って活動しています。
- インストラクター育成と無償派遣モデル: 育成されたインストラクターはプロとして、教育を必要とする学校(特にユネスコスクール)へプログラムを無償で派遣することが構想されています。これにより、学校側の予算不足や大人の既成概念が子供の学びの障害となることを解消します。
- インパクト投資による教育循環: 無償派遣の費用は、企業からの協賛金(CSR活動費)で賄われ、企業に対し、広告宣伝費を教育に回すよう促すことで、「お金の流れを変える」インパクト投資を促進します。
この取り組みは、単なる地域活動ではなく、日本から世界に発信する社会システム全体の「デザイン」を目指す壮大なものです。東京山側DMCとの連携は、このモデルを広域展開し、事業として確立するための重要な一歩となると筒井氏は期待を寄せます。
地域創生における「キラーコンテンツ」としての可能性
筒井氏は、この教育ツーリズム・モデルが、地域社会の活性化と未来世代の育成を同時に実現する、極めて稀有な「キラーコンテンツ」となり得ると強調します。
- 教育移住と人材育成: 「AI時代を生き抜く賢さを育てる」という教育理念は、保護者世代の共感を呼び、教育移住を促進する強力な動機付けとなります。
- 地域経済圏の創出: 地元住民がきちんと稼げる仕事を作り出し、地域外からの「よそ者」や「若者」を巻き込んで経済圏を作り出すモデルを構築しています。
- 社会課題のデザイン: 大人の既成概念と子供の柔軟な発想をぶつけ合う「大人子供会議」の構想など、行政や既存組織では難しい、本質的な地域課題の解決と将来のデザインを民間主導で進める試みが行われています。

従来の観光が陥りがちな、本質的な価値提供ができていないという課題に対し、このプロジェクトは、日本の独自の思想や文化(禅文化、先住民の世界観など)に基づいた日本解釈のアドベンチャートラベルのスタンダードを確立する可能性を秘めています。
伊豆半島から始まるこのムーブメントは、観光客や企業に対し、SDGsへの「イエス/ノー」を問い、自らの行動を「見える化」させます。NGO伊豆ユネスコクラブが推進する、真にエシカルで未来をデザインする能力を育む「アニマルSDGs」と「Ask the Earth・プロジェクト」は、これからの観光教育、そして持続可能な地域創生における、最も強力なエンジンとなるでしょう。
寄稿者:東京山側DMC_地域創生マチヅクリ事業部