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平成芭蕉の「令和の旅指南」㉜神々しい聖地出雲の夕日

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日が沈む聖地出雲 ~神が創り出した地の夕日を巡る~

「ばんじまして」の挨拶と聖地出雲の夕日

私たちは日々の忙しさの中で、太陽が昇っては沈むという当たり前の自然現象を忘れがちです。しかし、出雲の地に立ち、神話ゆかりの社や浜辺で真っ赤な夕日を眺めるとき、古代の人々が感じた「生かされていることへの感謝」や「目に見えないものへの敬意」を、不思議と思い出すことができます。

島根県の方言で夕方は「ばんげ」と言うことから、出雲地方には「こんにちは」と「こんばんは」の間の夕暮れ時に「ばんじまして」という挨拶があります。「ばんじまして(晩になりましたね)」の挨拶は、無事に一日が終わることを喜び、夕日と共に訪れる安らぎを分かち合う言葉です。

他の地域ではあまり耳にしない「ばんじまして」という挨拶から、出雲では太陽の沈む時間である夕刻には格別な想いがあるようで、島根半島西端の海岸線に沈む夕陽はとても美しい景観です。

特に出雲神話の舞台となった「稲佐の浜」や「日御碕(ひのみさき)」から鑑賞する夕日は絶景で、平成29年には「日が沈む聖地出雲~神が創り出した地の夕日を巡る~」というストーリーが日本遺産に認定されました。そこで私は古代史をテーマとしたツアーを企画する目的もあり、出雲大社や万九千神社、八重垣神社、須我神社などの『古事記』ゆかりの地を巡りましたが、やはり、日御碕神社と稲佐の浜から鑑賞する夕日は印象に残りました。

「稲佐の浜」に沈む夕日
「稲佐の浜」に沈む夕日

太陽を司る出雲大社と日御碕神社

この日本遺産のストーリーを理解する上で欠かせないのが、対照的な役割を持つ出雲大社(いずもおおやしろ)と日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)の太陽を司る二つの神社です。

「縁結び」で有名な出雲大社
「縁結び」で有名な出雲大社

出雲大社は、『古事記』や『日本書紀』において「天日隅宮(あめのひすみのみや)」と記されていますが、この「日隅(ひすみ)」とは、「太陽が隅に隠れる場所」、つまり日が沈む場所を意味します。 興味深いのは、出雲大社の御祭神である大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の御神座で、通常、神社の神様は正面(南)を向いていますが、出雲大社の御本殿内の大国主大神は「西」を向いて鎮座されています。これは、大国主大神が常に沈みゆく太陽、そして海の向こうにある神聖な世界を見守っているからだと言い伝えられています。

出雲大社の御祭神「大国主大神」
出雲大社の御祭神「大国主大神」

一方、島根半島の最西端に位置する日御碕神社は、「日沉宮(ひしずみのみや)」と呼ばれ、 伊勢神宮が「日の出」を象徴し、「日本の昼を護る」とされるのに対し、この日御碕神社は「日本の夜を護れ」という朝廷からの勅命を受けたと伝えられています。朱塗りの美しい社殿が夕日に照らされる様は、まさに「夜の守護神」にふさわしい荘厳さを放っています。

神が創り出した聖地出雲の夕日の名所「稲佐の浜」

稲佐の浜は、『古事記』の「国譲り神話」や『出雲国風土記』の「国引き神話」の舞台となった浜です。出雲大社から西へ1kmほどに位置するこの浜では、高天原(天上の世界)から遣わされた使者と、大国主大神がこの浜で対談し、日本の統治権を譲る約束が交わされたとされています。

旧暦10月の「神在月(かみありづき)」には、この地で全国から八百万の神々をお迎えし、出雲大社と稲佐の浜、万九千神社を舞台に、神迎神事・神迎祭・神在祭・縁結大祭・神等去出祭(からさでさい)という5つの神事が1週間にわたって続きます。

浜辺の奥には大国主(オオクニヌシ)大神と武甕槌(タケミカズチ)神が国譲りの交渉をしたとされる屏風岩があり、海岸の南には国引きの際、島を結ぶ綱となった長浜海岸(薗の長浜)が続いています。浜にぽつんと浮かぶ「弁天島」のシルエットが夕日に染まる光景は、出雲を象徴する聖なる美しさです。

「神幸神事」が執り行われる日御碕神社

出雲大社が「縁結び」で有名なのに対し、稲佐浜と並ぶ夕日の名所、日御碕神社は「厄除け」や「夜の守護」として、古くから厚い信仰を集めてきました。日御碕神社では毎年8月7日に、神職によって夕日を背景に した「神幸(みゆき)神事」が執り行われており、沈みゆく夕日を背に神職が「経島(ふみしま)」に向かって祈りを捧げる姿は、まさに聖地の風景です。

「神幸神事」が執り行われる日御碕神社
「神幸神事」が執り行われる日御碕神社

日御碕神社には須佐之男命を祀る神の宮(上の宮)と天照大神を祭神とする日沉宮(下の宮)があります。しかし、太陽神の天照大神はこの出雲では日の出の太陽ではなく、日の入りの夕陽に象徴され、江戸時代には日沉宮は日が沈む聖地の宮と称されていました。

また、南東の高台には月読命(ツクヨミノミコト)を祀る月読社(つきよみしゃ)もあり、須佐之男命を含めて三貴神がこの出雲に沈む夕日を見守っているのです。

沈みゆく夕日と「経島(ふみしま)」
沈みゆく夕日と「経島(ふみしま)」

聖地出雲に沈む夕日と日御碕灯台

古くから「日」に縁がある岬として知られていたこの地には、日御碕灯台が建っており、今日では白亜の灯台越しに沈む夕日が、打ち寄せる波頭や海に浮かぶ岩礁を赤く染め、まさに絵画に描かれたような絶景の夕日を観賞することができます。

夕日の名所に立つ日御碕灯台
夕日の名所に立つ日御碕灯台

古来、都のあった大和から見ると、出雲は太陽の沈む北西にあり、このことから出雲は「日が沈む海の彼方の異界につながる地」として認識されたと考えられます。

この令和の時代になって「稲佐の浜」や「日御碕(ひのみさき)」から海に沈む夕日に祈り、古事記神話にちなんだ出雲大社(天日隅宮)や日御碕神社(日沉宮)などの神社や主要な神々の登場地を巡ると、聖地出雲の祈りの歴史が体感できる気がします。

「日が沈む聖地出雲」という日本遺産の物語を知れば、私は改めて夕日を神聖視して畏敬の念を抱き、有難い日の出に感謝する気持ちが大切だと思いました。

※メインビジュアルは、「神等去出祭」が行われる万九千神社の錦田宮司と平成芭蕉

寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事

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