-汽車が音をたてて鉄橋を渡る城下町大洲の風景-

2005年に肱川流域上流の河辺村と肱川町、大洲市、河口の長浜町が合併して新制大洲市が誕生。それから20年が経過した。合併当初の人口こそ52,000人を超えていたが、現在は3月末現在で37,931人。実に3割近く減少している。
大洲市が、最初に「中心市街地活性化」に踏み出したのは1998年9月のこと。その時から関わってきた私が、2002年に大洲市街づくり会社(大洲市TMO)の運営をさせていただくこととなって以来、取り組んだのが「大洲へ観光客を集める」というミッション達成に向けた事業展開だった。そのための手立てが、「自然」「伝統」「文化」「いとなみ」などを写真撮影して情報素材化し、発展途上にあったインターネットや関係機関、大手旅行会社などを通して、全国発信していくことだった。
■起爆剤と生まれたストーリー
大きな起爆剤となったのは、「えひめ町並み博2004」。その本格開催に合わせて、木造完全復元を終えお披露目に漕ぎ着けた大洲城だった。
さらにもう一つ。2008年から2012年にかけて大洲藩が所有した「いろは丸」に絡む幕末の歴史に関する新史実をとりまとめて発表。話題になったことを経て、2014年7月に登場したのがJR四国の観光列車「初代伊予灘ものがたり」だった。

誰が仕組んだわけでもなく、あらかじめストーリーを考えたわけでもない。当時は、とにかく「観光地として全国に名を馳せるためにどうするか」ということだけを考えた。そのため、打てる手立てはみな出し切ってしまうというぐらいだった。「城下町大洲」をイメージしていただく写真を徹底的に撮影して発信していく。きっかけがあったとすればこれだったのではないか。
■写真の主役
地域素材として展開していく写真にも「主役」が必要だ。そのような中、お世話になっていた国の関係機関のある方が「鉄道が走る城下町の風景」というテーマを私にくださった。このことを考えて、撮影するうちに「音」と「動き」が絡む写真で城下町大洲を表現するとしたら、「どういう場面をどう撮るか」に至り現在の撮影スタイルが生まれた。
音と動き。城下町大洲の風景。古い駅。城下のど真ん中を流れる怒ると怖い肱川。そこに鉄橋があり汽車が走る。そして、その向こう側に大洲城があるのだ。

この大洲駅の場面は、2015年2月に撮影をし始めた。これも初代伊予灘ものがたり効果だ。当時は、上京してこの観光列車を絡めたツアーコンテンツを写真と共に提案し、集客メニューの構築を目指した。

■旅に出るきっかけ作りのために
写真は、電柱や電線が絡んでごちゃごちゃしているようだが、実はこれらがレール音の効果を高めてくれる大切なキャスト。「どう絡めてどう構図を切るか」によって感じ方も変わってくる。ただ単に、鉄道を撮っているのとはそもそも根本が違う。素敵な被写体を素晴らしい構図に納め作品化すると同時に、観ていただいた方々が「この場所へ行ってみたい」と思っていただき行動を起こしていただいて初めて、撮影の目的を達成するのだ。

こうした場面の撮影には「日常のいとなみ」が絡んでくれることを待つことが多いから根気と足で稼ぐ。特に私の撮影スタイルでは大切にしていることで、ファインダーを覗くときに、何をどう感じていただきたいかを仕込むことが大前提の撮影になる。地域創生に資する情報素材撮影とはそういうことだ。

■撮影において大切なこと
鉄橋を汽車が渡るシーンの撮影で大切なことは、天守閣と列車と橋脚を画角内にどう配置するか。特に橋脚の位置と水平は、撮影者の写真に対する姿勢を表す部分であるため、私は妥協せず大切にしているしセッティングには時間をかける。簡単そうだが、これができていない写真がよく目につく。プロとアマチュアの差といえばそうかもしれないが、これは全てのことに通じることであり、写真撮影の基本でもあると私はそう考えている。

■今や全国版の人気撮影地
「新阿蔵踏切」で撮影したこの写真。これは以前にも紹介しているが、私が最初にここで撮影したのは2015年12月13日。撮影目的は、鉄橋以外で列車と大洲城が絡む場所を探し、撮影して地域素材として情報発信すること。
お陰様で、今や鉄道関係の雑誌にも取り上げられて紹介されるほどの人気撮影場所に成長した。しかし、一方で桜のシーズンともなれば、県外から多くの鉄道ファンのみなさんが訪れている。残念だが、撮影マナーを逸脱している現実が目につく。列車の撮影だし、万が一のことでもあれば大変なので、一応注意喚起はするが、無視して知らん顔をするどころか睨み倒す輩も多い。起きては行けないが、トラブルを想定して念のために証拠写真はしっかりとっておくことにしている。
マナーを守ってみなさんと仲良く写真談義しながら、お土産買っていただく方々もたくさんいてくださるので、その方々もいい気はしない。
インバウンド効果も逆効果に喘ぎ苦しむ。これと同じで末端の観光現場は荒れていると言っても過言ではない。四半世紀に及ぶ取り組みは、今、新しい世代が受け継いでくれて広がりを見せている。
人気観光地だからこそ足下を固める。四半世紀に及ぶ積み上げが生み出した、他地域がそう簡単にまねのできないストーリー展開には、それに相応しいだけの写真と情報素材をもって集客交流の基本を大切にしなければいずれ現場が破綻する恐れを感じる。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=14
寄稿者 河野達郎(こうの・たつろう) 街づくり写真家 日本風景写真家協会会員