地域の新鮮な食材を使った食事や、郷土料理、B級グルメなど、食は旅の醍醐味のひとつ。地元の人にとってはありふれた料理や食材が、観光客には魅力的に感じられることも良くあります。地域の歴史や文化とも紐づいた「ご当地グルメ」は、国内外から人を呼び込む強力なコンテンツにもなりえるでしょう。
今回は、リクルート じゃらんリサーチセンターで「ご当地グルメ開発プロデューサー」として活動する田中優子が、これまで数多の自治体・観光事業者を支援してきた経験を踏まえながら、ご当地グルメ開発を軸とした観光振興の秘訣をご紹介します。
宿泊旅行の目的 5年連続ベスト3。「食」を地域ブランディングの柱に
旅行者は何を楽しみにして、その土地を訪れているのでしょうか。「じゃらん宿泊旅行調査」によれば、宿泊旅行の目的として「地元の美味しいものを食べる」と回答した人は、2017年度から現時点の最新結果である2022年度まで5年連続トップ3にランクイン。「食」は圧倒的な旅の目的であり、魅力的なご当地グルメをつくり発信していくことは、非常に有効性の高い観光戦略といえるでしょう。
しかも、自治体・観光協会・事業者が地域で一体となって取り組むテーマとしても非常に有効です。飲食店はもちろん、宿や体験施設、土産物屋まで。食は多くの事業者に関係する題材です。そして、朝食・昼食・おやつ・夕食・夜食(食後の飲酒やスイーツ)と、1日5回も消費する機会があります。ご当地グルメを開発し食の魅力を観光の目玉にすることは、様々な事業者にとって恩恵があり、地域全体の活性にもつながります。
グルメ単体の開発ではなく、地域の歴史や文化と絡めた「差別化・優位化・独自化」が重要
では、ご当地グルメはどのように開発すると良いのでしょうか。私はご当地グルメ開発プロデューサーとしてこれまでいくつものプロジェクトを支援してきましたが、その経験から分かったのは、単なるメニュー開発ではあまり意味がないということです。地域にしかない食材や提供スタイルを、その地域が持つ環境や歴史、文化などともつなぎ、食の魅力と地域の魅力をひとつのコンセプトにまとめ上げていくことが大切です。「他の地域で獲れる食材との違いは何か(差別化)」、「他の地域より得意なことはないか(優位化)」、「他の地域には真似できない独自の環境や風習はないか(独自化)」を洗い出しながら、ストーリー性のあるご当地グルメをつくることがカギとなります。
例えば、私が兵庫県・淡路島で携わった、「淡路島なるとオレンジ」を使ったグルメ開発。実はこのオレンジ、見た目はゴツゴツしているし、食べてみたら強烈に酸っぱくて苦く、種もいっぱいあり、皮も分厚い、かなり個性的な柑橘でした。しかし、自治体の方や地元の生産者の方々にお話を聞いて驚いたのは、この食材が持つ歴史です。「淡路島なるとオレンジ」は、300年前に島で発見された原種で、昭和の時代には“高級果物”として流通していました。。また、生産者の高齢化や跡継ぎ不足により、このままでは原種が絶滅する危機に瀕していました。島の気候風土が生んだこの原種を守るために、オレンジを使ったご当地グルメをつくろうというプロジェクトが立ち上がりました。
しかし、当初は地元の人々にもオレンジをどう料理に使えば良いのか見えていませんでした。そこで生産者や料理人など立場をこえた地域のみなさんで集まってワークショップを開催しました。みなさんで意見を出し合ううちに見えてきたのが、実は皮がおいしいということ。ある生産者の「果汁が多く、果皮の香りが強いので皮ごと絞るとすごくおいしい」という一言がヒントになりました。クッキーやジュース、ジャム、寒天ジュレなどのお土産、スイーツ、料理に至るまで、2年間で約65メニューが誕生。「幻の島果実」と銘打ち、その歴史も含めて全国のみなさんに積極的にPRをしています。
ポイントは、同じ料理を地域の複数店舗で提供するのではなく、ひとつのコンセプトに則りつつもお店ごとに独自の工夫を凝らすこと。和・洋・中・スイーツ…とバリエーションを広げられます。そうすることで、旅行者は滞在期間中にいろんなお店を訪れて食べ比べを楽しむこともできます。
打ち上げ花火で終わらないように。最低3年、腰を据えた継続的な取り組みを
私が自治体や地域のみなさんとご当地グルメ開発を行う際に、大切にしていることがもうひとつあります。それは、グルメ開発はあくまでも手段であり、目的は地域全体の活性化と共に、地域自らが観光資源として事業として収益の循環を創り出すことです。ご当地グルメをつくるだけならそこまで時間はかからないかもしれませんが、本当に大事なのは、商品を出したあとの売れ行きや消費者の声をもとに地域でPDCAを回し続け、ブランドとして確立していくことです。
目に見えた効果が表れるまでには、ある程度時間と根気も必要です。ご当地グルメをつくるだけでなく、実際の旅行者の評価や事業者の声を聞きながらより良い状態を目指して改善を続けないと、継続的な取り組みにはなりません。
だからこそ、ご当地グルメを観光の目玉にしていくには、最低3年かかるつもりで長期的に腰を据えて取り組むことが必要です。そして、定着するには10年以上はかかるかと思います。例えば、2023年度で3年目となる、兵庫県南あわじ市×徳島県鳴門市の合同プロジェクト「うずの幸グルメ」。1年目はメニュー開発に取り組み、年度末の時点で25店舗30メニューを販売開始することができたのですが、その後も支援は継続。参加事業者に対して、単に売り上げを見るだけでなく、アンケートなどをもとに商品やサービスの改善をアドバイスするのはもちろん、自治体の担当者や参加事業者で集まって「訪れた人に伝えきれていない地域の魅力は何か」「伝え方をもっとよくできないか」などを話し合い、PDCAサイクルを全員で回し続けてきました。
そのおかげで、そのおかげで、22年3月18日から23年12月末までの約1年9カ月で、販売食数約5万6000食、販売金額約15億円(※宿泊プランも含む)という結果になりました。3年目となる24年2月には、36施設46メニューとなり、うずの幸グルメによる観光ブランディングをさらに推進していきます。こうしたプロジェクトにおける主役はあくまでも地域のみなさんです。自治体や事業者のみなさんが主体的にアイデアを出し、行動するなかで、自分たちでご当地グルメを生み育てていくという意識を高めていくことも大切にしてきました。
このように、ご当地グルメは地域のみなさんで団結しながら粘り強く取り組んでいくものです。私は仕事柄、全国各地の方々と話をする機会がありますが、「うちの地域には何もないから」とおっしゃることがよくあります。しかし、自然条件や地形などが生み出す「地域の旬」はものすごくおいしいですし、ご当地ならではの食材も意外と多いものです。直近で言うと、滋賀県では、「琵琶湖」でしか生息していない約30種類の湖魚に着目し、県産農産物と組み合わせたグルメを開発しました。他には、「温泉の源泉を使って野菜や卵をゆでる(ゆがく)」など、地域の歴史に根ざした食の体験を魅力的に感じる旅行者も多数います。それらを各地域で見過ごさず、地域の観光資源に育てていくこと。それがご当地グルメ開発における最も大切な考え方です。
寄稿者 田中優子(たなか・ゆうこ)㈱リクルート 旅行Division じゃらんリサーチセンター客員研究員 ご当地グルメ 開発プロデューサー