「コミュニティの活力を引き出す」「居住者の脈拍を理解する」「言葉の力、コミュニティとつながるメッセージをつくる」「いかにして地元の人を魅了するか」、これは地元に帰った議員たちが後援会や選挙事務所でつむぐメッセージではない。
米国はDMOの先進国であり、全米の500を超えるDMOに対して人材の教育や様々な経営ノウハウを惜しみなく提供し続ける100年続く、いわばDMOがよりどころとしている非営利の民間機関、Destinations International(本部:米国・ワシントンDC、以下DIと称す)の会議での議題である。筆者が所属するANA総合研究所はこのDIの会員企業であり、米国における先進事例や課題解決の手法などの吸収を図っている。
というのも輸送機関であるわれわれANAにとって地域は共同パートナーであり、国内、海外のみならず就航地の交流・関係人口の維持・拡大を支援し続けることはANAの航空ネットワークにとっても最も重要で大きな経営ミッションの一つとなっているからである。
筆者は、2022年からこのDIの会議に参加しており、米国の観光地域経営においても最も重要なのは地域における合意形成だ。住民や観光事業者、その他の事業者、行政や教育など、多くの関係者による地域内での連帯・協業が必須であり、米国も、同じ悩みを抱え、どうしたら良いか、全米のDMOの経営者たちがネットワークを構築しノウハウを惜しみなく交換しあう姿をみてきた。彼らはこの合意形成を日本語訳では支援・擁護を指すAdvocacy(アドボカシー)と称し、専門委員会(Advocacy Committee)も立ち上げている。筆者も幸いなことに今年1月から日本人として初めてこの委員に任命され隔週行われる委員会に参加している。この様子は改めて機会をみて紹介したい。
ちなみに米国ではDMOとは呼ばず、DestinationやCVB(コンベンション&ビジターズビューロー)と呼んでいる。これは全米各地において企業や団体が開催する大きなコンベンションなどの誘致のために組織が立ち上がったことに由来している。
日本においても、全国各地で観光地域づくりの高度化・自立化が求められている中、地域においては主たる産業と観光業との協力関係、地域住民の観光に対する受容性の問題、また働き手の確保や人材の教育、総合的なマーケティングや観光資源の磨き上げなどさまざまな課題に直面している。米国で進んでいるのは、こうした課題を可視化・解決の一助とする多くの手法を編み出していることであろう。
われわれはこの点に着目し、DIとカナダのNextFactor社(本社:カナダ・バンクーバー、以下NF社)が共同で開発した地域診断ツールDestination NEXT(以下DNEXT)を活用し、ANAの就航地が所在する「きた・北海道DMO(候補法人)」に対して地域の現在の立ち位置を可視化すべく地域診断を試みた。
「きた・北海道DMO(候補法人)」は稚内市、利尻町、礼文町、利尻富士町で構成。利尻礼文サロベツ国立公園を有する自然が豊かな土地で、利尻昆布や雲丹(ウニ)を代表とする豊富な海産物が訪れる旅行客を魅了している。しかしながら日本のさまざまな地域と同様に、人口の減少にともなう働き手の減少に加え、厳冬期を抱える観光地としてのオンオフの問題、主力産業かつ全国的にみても所得水準も高位である水産事業を抱えるがゆえに、観光を地域としてどう捉えているか住民意識などの課題が調査前から浮かび上がっていた。
DNEXTは、世界375地域での調査実績を誇る他に比較できるツールが見当たらない非常に精度の高い地域診断モデルであり、調査地域を観光地域としての強みと、地域内における連携度合いの2軸をもとに置かれている現状を可視化することができる。観光地域の強みと地域の連携を図る約130の設問に地域における行政、観光事業者、その他の商工・農水産事業者、学校などの教育関係者、自治会などの地域の代表者が回答してもらうことで観光事業者だけではないさまざまな住民の視点を明らかにできる。DMOにとっては、彼らの運営が住民の賛同を得られているか、また望むべき方向にあるのか、また欠け落ちているところはないかを改めて確認できる。
2023年11月以来、NF社と共同にて当該地域の行政や事業者、地域の教育機関、住民の方々に対してワークショップやオンラインサーベイを行うことで地域の課題を掘り下げていった。ワークショップではオンラインでカナダのNF社ともつなぎ、回答結果(指数)をリアルタイムで現し地域の状況が他地域と比べて立ち位置がどうであるかをNF社より解説を行い、参加している地域関係者がその結果に食い入る熱のこもったものとなった。本年1月30日には稚内市(メイン会場)、利尻町、礼文町、利尻礼文町(サテライト会場)、その他オンライン参加された地域住民の方々やカナダNF社とも中継を行い、その分析結果と対処すべき課題を明らかにした。分析結果からは交通アクセスの課題に加え、労働力の確保と教育、厳冬期を含む通年を通じたアトラクションやアクティビティの提供、飲食店の夜間の営業時間などの課題が抽出された。そこでNF社のもつケーススタディから同様の課題に直面し解決を図った海外地域の事例などの紹介も行い、今後のアクションプランにつなげることとした。
調査はあくまでも調査であり、これにとどめず、引き続き課題の解決に向けて継続してサポートを行っていく。
今後も改めてさまざまな手法や事例などを読者の皆さんにも提供していくこととしたい。
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員