前回までは、越境ECを始めるに当たっての基礎知識と売り上げを上げるための技術的なテクニックの話をしてきました。しかし、越境ECは「商売」ですので、「商人道」的な哲学も必要になります。基礎知識を押さえて、技術的な部分を丁寧にこなしていれば順当に売り上げが上がるというような話ではありません。センスも必要になってきます。そして、これには答えはありません。答えがあるならみんなやっています。そこで、今回と最終回となる次回の2回にかけては、知識やテクニックの話ではなく、意識に焦点を当て、また、講義というよりも、提案を列挙してみるというスタイルになります。
継続的に売れるように計画しているか
ただオンラインに商品をアップしただけでは売れていきません。売れるようにするためには認知度を上げていく必要があります。認知度を手っ取り早く上げるには、訪問者を増やすという方法がポピュラーです。そこで多くの人はSEO(検索エンジン対策、検索結果の上位に自社サイトが表示されるようにすること)に力を入れます。
しかし、間違えてはいけないのは、SEOを頑張って訪問者を増やしても、それが即売り上げにはつながらないということです。1日に100万人が訪問するサイトでも、誰も購入してくれないサイトというのはありえますし、一方で1日に10人しか訪れないのに8人が商品を買ってくれるサイトというのもありえます。
また、SEOのアルゴリズムも、検索されやすいワードを散りばめれば良いとか、評価の高いサイトからの被リンクが多ければ良いとか、クリック報酬型広告を始めれば良いといった、小手先技だけでランクが上がるような単純なものではなくなっています。近年は質の良いサイトであることとか、きちんと定期的に更新がされていることなど、地道な作業を継続していくほうがSEOは強くなる傾向があります。
インターネット黎明期に、ネットはもうかる、すぐ売れるという宣伝文句がありました。あれは既存のオフラインからパイを奪うために、オンラインの世界の営業が心のグラつきそうな言葉を宣伝で使っただけです。そして、黎明期はアーリーアダプターと呼ばれる新しもの好きの間で流行っていたので、結果にもつながっていました。しかし、いまや猫も杓子もインターネットを扱う時代です。20年も前の話をいまだに信じ込んでいるようではいけません。もはやネットは始めればすぐに売れるなどということは、よっぽど需要のある商品以外はありえません。SEO同様、地道に時間をかけていくしかありません。
起業する時、5年は我慢してみろとアドバイスを受けたことがありますが、周囲から認められ、信用を得るまでにはそれくらいかかるものです。インターネットはスピードが早いので、5年はかからないかもしれませんが、それでも3年は継続してやるつもりがなければ難しいでしょう。3カ月で売れるようにしたい、半年で左うちわに…みたいなインターネット黎明期のようなおとぎ話は早く忘れましょう。これは海外では「Shiny Object Syndrome(シャイニー・オブジェクト・シンドローム)」と呼ばれ、嘲笑の対象になっています。あえて翻訳すると「キラキラ目標症候群」とでもなりましょうか。日本語のスラングの「頭の中がお花畑」というとしっくり来ますね。そんな感じです。
そして、認知度を上げる他の方法は、過去に触れたECモールも行うことと、消費者の興味関心を集めるために以下に面白いキャッチコピーを考えるかにかかってきます。
オフラインで起きることはオンラインでも起きる
スーパーやコンビニに行くと、数々のメーカーが似たような商品を作っているので、そうした商品が店に並んでいるのを見かけます。
その中で、特定の商品だけが棚から減っているという場合があります。店員が在庫の補充を忘れただけということもありますが、そういう事情でない場合だと、CMが打たれていて流行っているからとか、事情はわからないけど、人気がありそうだから、みんなが選んでいそうだからという理由で、特定の商品だけが減っていくことがあります。
実は、こうした現象がオンラインでも起きるようなアルゴリズムが走っています。つまり、1個売れると、2個目、3個目と続きやすくなるようなアルゴリズムです。となれば、最初の一個は是が非でも売れるように仕向けてしまうと軌道に乗りやすくなると思えます。
そこで、1個目は売れても赤字にしかならないがやってしまうという方法もあります。それで2個目、3個目と続けば、1個目の赤字などすぐペイできます。もちろんいつまでもダラダラやっていては赤字になりますが、期間限定のキャンペーンなどにすれば、そうならずに済みます。
消費者心理に立った戦略が行えているか
売り手としてはこの価格で買ってくれないと困るということは大いにあると思います。しかし、消費者の側になったとき、その価格では買えないということもよくあります。
これは個人的な体験ですが、私は海外に行くと、どこの国でも経験できることをわざとしてきます。たとえば、マックに行くとか、スタバに行くとか。そうするとその国での感覚がわかるからです。そして私はマックに行くといつも決まった注文をします。
「チーズバーガーセットに単品のハンバーガー。ポテトと飲み物はMサイズ」
日本では、チーズバーガーセットがなくなっているので、仕方なくダブルチーズバーガーのセットにしています。そうすると、日本では大体870円位になります。イギリスで注文したら、13ポンドでした。ということは2600円近くになります。同じものをタイで頼むと49バーツ、約200円でした。このくらい違ってきます。
越境ECの相談を受けていると、多くが欧米よりもアジアを目指そうという企業が多いです。日本には伝統的な欧米に対するコンプレックスから来る畏怖心と、一方でアジアなら簡単だと下に見る風潮が残っています。こうした心理が未だにどこかにあるのではないかと思ってしまうほどです。
百歩譲って、そうした前時代的な国際感覚があるとしても、これだけの価格差があったら、一体アジアの誰が買うのかと思ってしまいます。10年前の平均月収が1万円だったところが、現在は3万円になっているというような地域があります。成長率で見れば300%の成長ですが、月給は3万円です。ここに1万円の商品を買えと言っても無理でしょう。そうなると、富裕層に売りたいということになるのですが、出口戦略としては非常に雑だと言わざるを得ません。こうした富裕層は世界中の商売人がターゲットにしているため、非常に競争率が高いです。したがって、相当な覚悟を持って、そして、一日の大半をネットにつぎ込むくらいの集中がなくしては難しいでしょう(そもそも、日本では庶民が使うものを、海外では富裕層に、としている時点で、相手を舐めていると言われても仕方のない戦略ですが。)。
個人的な経験でいくと、やはり欧米圏での売り上げの方のが早いです。ですので、私なら、日本で1万円で売っているものをアジアには5000円で売ります。これではもちろん赤字です。その代わり欧米に15000円で売ります。そして、数の上でも欧米の方のが多く売れると思うので、おそらく黒字になるのではとそろばんを弾きます。こうした工夫が必要になってきます(あくまで私個人の工夫の事例です)。 よく、地域ごとに価格を変えたらクレームが来ないかと怯える人がいますが、上述のマクドナルドの例を見ても、まだその心配をしますか? 往復で数万円もする飛行機代を払って200円のマックを食べに行くくらいなら、国内の870円で済ませようと私なら考えます。
越境ECといえども、商売ですから、さまざまな創意工夫は必要です。ここまで書いたことはあくまで一つのヒントです。しかし、お気づきでしょうか。越境ECなのに、その商売の仕方は江戸時代の商人哲学と通じていることに。
・損して得取れ
・売り手よし、買い手よし、世間よし
・無理に売るな、客の好むものも売るな、客のためになるものを売れ
海外でも
・Give and Take(ギブ・アンド・テイク)
・Noblesse Oblige(ノブリス・オブリージュ)
という言葉があります。単なる金銭の損得勘定の話ではありません。人間関係の駆け引きでもあります。目先のことに目が行き過ぎて、中長期視点がなく、他人への配慮が欠けていては、最後は信用を失うということですし、商売人・経営者としては落第点です。口では言っていても、行動に伴っていないのは理解していないということです。人間関係でもギバーではなく、テイカーは、ビジネス上の関係があるうちは周囲に人がいますが、目的がなくなれば周囲は離れます(人心を失っていることに気づいていない人が多いですね)。
今回は、越境ECといえども江戸時代の商売哲学は生きているという視点から、商売に創意工夫をしようという話をしました。次回は最終回になります。最終回は「越境ECで成功する人のマインドセットとは」です。
寄稿者 横川広幸(よこかわ・ひろゆき)ジェイグラブ㈱取締役