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東京再発見 第20章 四季折々、日の光を浴びて~文京区根津・根津神社~

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 着地型観光の原点は、居住地から30分圏内に住まう人々が、一年365日、毎日観察を続ける情報をコンテンツ化することにあると考える。その情報は、深耕度や確度の高いものであり、何が良くて何が悪いかも、熟知されているからだ。

 ただ、その持ち合わせているモノ・コトを観光コンテンツ化するにあたっては、観光業界に関わる者が協働する必要がある。この「関わる」者は、かつては、商品造成を行なう旅行会社と言われてきた。しかし、昨今SNSで情報発信する者やインフルエンサーなども対象となり、裾野は広がってきている。

 その土地に興味を持ち、そこを訪れてくれる人々が、さまざまなモノ・コトの消費を行なってくれることが着地型観光の成功事例と言えるのだ。

 今回は、我が家から徒歩で30分、自転車に乗れば10分でたどり着く根津神社、四季折々に素晴らしい景色を与えてくれる古社を、地元住民目線で焦点を当ててみたい。

 地元住民の特権は、まさしく、暁の一刻。

 これまで宿泊需要を高めるには、夜のコンテンツ作りが重要と言われてきた。しかし、早朝のコンテンツは、泊まらねば体感できないものである。まだ公共交通機関も動き出していない独占状態の世界の創造こそ、鉄板コンテンツと言われるようになった。そのような景観は、地元住民しか見たことがない場合が多い。

根津神社の由緒

古社の現れ、扁額も素晴らしい
古社の現れ、扁額も素晴らしい

 さて、根津神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が1900年前に創祀したと伝わる古社。東京十社の一つである。

 そして、現在の社殿は、1706年に甲府藩主の徳川綱豊(後の6代将軍、家宣)が献納した屋敷地に造営されたもの。主祭神の素盞烏尊(すさのおのみこと)は十一面観音菩薩を本地仏として祀られる。また、相殿に祀られた山王大権現(本地仏は薬師如来)や八幡神(本地仏は阿弥陀如来)と合わせて根津三所権現とも呼ばれた。

 家宣は、根津にあった甲府徳川家の江戸屋敷で出生した。また、根津権現を産土神としていた。そのため、江戸城へ移る際に甲府藩邸の地を根津権現へ献納し、社殿を造営したのである。家宣と子の家継(7代将軍)の時代には、将軍家の崇敬を集めた。

 しかし、吉宗の時代ともなると、質素倹約が励行される享保の改革が実施され、絢爛豪華な例祭も地味なものとなっていった。

春は、躑躅

斜形地に造成された躑躅苑
斜形地に造成された躑躅苑

 上野公園や近隣観光地の桜の季節が終わると、根津神社には、一番の参拝客が訪れる。つつじの花が、境内の高台一角に作られた有料の躑躅苑を目当てにやって来る。週末ともなると、参道に続く長蛇の列・・・待ち時間は一時間以上にもなるという。

 そして、地元住民は、この時期を嫌っているかもしれない。早朝、躑躅苑には入ることはできないが、境内からも充分につつじを愛でることはできる。この時間帯は、地元の方々で貸切状態となる。しかし、朝の光は、つつじの花に低い位置から突き刺さる。キラキラとした姿を見せる唯一の時間である。境内には、数多くの露店が出張り、参拝客を和ませる。

夏は、蒼茂

 夏の朝は早い。ラジオ体操が始まる頃は、既にお年寄りがたむろしている。参加カードを首からかけた子供たちより、その数は多いかもしれない。最近は、スエット上下の姿も見られる。平成・令和の老人は若々しい。

 体操が終わると、お腹がすいたのか、引き足は早い。しかし、中には井戸端会議を始める人も少なくない。地元密着の神社仏閣の特性とも言える。

 蒼々と茂る木々が一年を通して、一番力強く境内を支えてくれる季節である。

秋は、朱色

キラキラ光る朝の光と黄金色の総門
キラキラ光る朝の光と黄金色の総門

 境内のもみじが、徐々に朱色に染まってくると、朝の光も柔らかくなる。だんだんと肌寒くなり、集まる人々も徐々に少なくなってくる。

 そして、初秋の9月21日は、例大祭の日である。家宣が奉納した3基の大神輿が渡御(とぎょ)される。しかし、神輿は、4年に1度行われる「神幸祭」(じんこうさい)のみである。「神幸祭」が行われない年は、「蔭祭」(かげまつり)として、社殿で氏子地域の総代や崇敬者が参列する神事が厳かに執り行われる。

 また、例大祭の直前の土・日曜には、境内が祭りムードとなる「神賑行事」が行われる。祭礼は、「神事」と「神賑」の2つに分かれる。「神事」は、神様に向かう行事を指し厳粛なもの。一方、「神賑」は、氏子や参拝客に向かう行事を指し、露店が出店し催しなど、にぎやかなものとなる。境内の「神楽殿」では、伝統芸能も披露される。

 根津神社が一年で一番、地元住民と密着した時間となる旬感である。

冬は、輝葉

綺麗に掃除された銀杏の葉
綺麗に掃除された銀杏の葉

 掃いても掃いても散っていく黄色の葉を、神社の方々が朝早くから掃除をする冬がやって来る。東京都の木である銀杏は、日本と中国の固有種である。この2国以外に今では生息していない。都内の大きな街道沿いにも銀杏の木が植えられた並木道が数多い。これは、銀杏の持つ水分量が高いために、防火効果が高いことと言われている。

 この時期、境内は輝葉絨毯と化し、それを片付けるのは、本当に容易ではない。また、水分量の豊富な葉は、雨の日には足を滑らせることもあり、ある意味危険である。

 しかし、朝早い時間、境内に箒が入っていない銀杏の葉を撮りに地元の方々が参拝に訪れることも少なくないのだ。

谷根千の「根」

 さて、地域振興・着地型観光をこのような言葉がなかった時代から作り上げてきた「谷根千」。台東区谷中、文京区根津、千駄木の頭文字である。まさしく、「根」は根津神社に由来している。

キリスト教の根津神社、木造の造りが古き時代へ誘う
キリスト教の根津神社、
木造の造りが古き時代へ誘う

 伝承が真であれば、二千年近くの古き時代にお社は建てられていたわけである。当然、周辺にも素敵な観光地が集まってくる。

 門前には、お洒落な小物を売る店や食事施設、木造のキリスト教の教会(根津教会)や上りと下りで段数が違う「お化け階段」などもある。

 谷根千は、町歩きの先進地域である。是非とも神社の参拝だけでなく、ゆっくりと一日かけて、散策に興じて欲しいと思う。

 また、2025年の秋には、境内に森鴎外ゆかりの旧居もやって来る。これは、鷗外が文京区に移住して最初に住んだ千朶山房(せんださんぼう)や鷗外が後半生に暮らした観潮楼があったことに由来する縁だ。そして、境内には、鴎外が奉納した水屋もある。

(詳しくは、「東京再発見」第6章 https://tms-media.jp/posts/22145/

忘れてはならないこと

 情報収集がインターネットで簡単にできる時代、SNSやインフルエンサーといった「誰もが報道特派員」、「にわかコメンテーター」になり得る昨今。しかし、地元住民が知る生の声(情報)は、これに勝るものはない。365日、定点観測ができるのは、すぐそばに住んでいるからである。

 それ故、観光業を生業とする者は、そのことを充分に理解し、地元の方々との協業、合意形成を忘れてはならない。売る側、受け入れる側、双方が納得することが一番大切なことである。

 このことを忘れてしまっては、「東京再発見~脇役探しの旅~」は成立しない。肝に銘じて、次なる課題を克服していきたい。

 脇役も主役になると化けるのだ。

(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8

取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長

(次ページは、四季折々の根津神社の姿をご覧いただけます)

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