数年前にテレビ番組「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」で「軍艦島」を取り上げた。私もアドバイザーの立場で少し出演をさせていただいた。放送後はかなりの反響があり軍艦島を違う角度で感じられた方も多かったのかもしれない。確かに今までのテレビ番組よりも軍艦島の知識が豊富なタレントの掛け合いと深い洞察は新鮮に感じられ軍艦島(端島)の理解には優れていたと思う。バラエティ番組でこれだけ興味をそそられる番組はなかったかもしれない。今までの番組は軍艦島の形や廃墟と建築関連のマニア向けするものが多かったがこのゴールデンで全国放送は堅苦しくなく共感を得る番組であったと思える。
主演のタレントさんが軍艦島に対して「人が出て行ってしまっても人が造ったものがまだ残っているっていうのは寂しいというか、崩れないことの皮肉というか。循環していけないことの虚しさみたいな」と表現したことには多くの人の胸に刺さったのではないだろうか。16歳の彼女が発する表現としては素晴らしい感性の持ち主である。この番組で軍艦島ツアーに参加したいと興味を持たれた方がかなりいると思われるがこの番組では伝えきれなかった事もあるだろう。
この数年のガイドを通してきて感じたことがある。
多くの人々のこの軍艦島を見たい、行ってみたいという動機の中には必ずテレビで見たからというものがある。それほどメディアは動機への力強い方向性を生むのである。一部の中には建築的な興味、炭坑としての興味はあるにしてもそれは少数であるのかもしれない。「軍艦島」というネーミング、そしてそのシルエット、廃墟の島への動機がメディアの力は強いのである。冒頭の今回の番組では世界遺産の位置づけに対して過去のテレビ番組よりは踏み入った番組になったことは確かであろう。
2015年に「明治日本の産業革命遺産」として軍艦島は端島炭坑という位置づけで世界遺産の構成資産になった。今回の産業革命遺産としての世界遺産の場所は1910年までの炭坑施設、護岸などに限定されているが島に残る建築群も貴重な遺構であることは間違いないし、その真実の歴史も貴重なものである。このような事が現在観光としてこの軍艦島を訪れる人々にどれほどの理解がされているのであろうか。
多くの人は「軍艦島が世界遺産」になったと思うだろう。
しかしながら、今回の「明治日本の産業革命遺産」の本質を知るときには軍艦島が世界遺産になったわけではないのである。あくまでも構成資産としての「端島炭坑」であるのだ。それを観光業者の方々がツアーを催行するときにどれほど説明できるのかは疑問である。
今までのツアーのパンフレットなどを見ているとほとんどのタイトルは「世界遺産軍艦島」であり、また「廃墟の島」の文字が並んでいる。説明文の中には「炭坑の島」の文字はあるが近代化遺産としての説明があまり強調されていないのが実情だろう。多くの関心を生むためにはそれは仕方ないことなのだろうが、それでは一過性の観光に陥ってしまうかもしれない。富士山が何故、世界遺産なのかを明確に答えられる人が何人いるのだろうかとの問いかけと同じかもしれない。
原爆ドームが世界遺産である意義は教育の中である程度は学習されていても産業遺産のことについてどれほどの教育や学習がされているのかは疑問である。
だからこそ今回の世界遺産についての認識を深める作業が今から始まる。
ガイドの中で観光客の皆さんの第一声で聞こえてくるのは「廃墟」と言う言葉である。そして、そのシルエットにカメラを向けていく観光客の心情は理解できるのであるが、そこから先の本質についての理解はほとんどその風景にかき消されているのかもしれない。
現在海外からも注目を集める軍艦島は10年目前にはゴーストアイランド、もしくはバトルシップアイランドと呼ばれていた。しかし現在は「軍艦島」「Gunkanjima」が固有名詞として定着しつつある。ガイドにおいても多様な海外の人への対応が必要になってきている現状がある。その中でいかに今回の軍艦島と端島炭坑の説明ができるのかである。
2009年以降アメリカ、フランス、ドイツ、オーストリアなどなどの取材を受けてきたのであるが、彼らにとっての軍艦島は未来の地球であった。この島を通して遠い未来の地球の姿を見るような衝動があったのかもしれない。多くの日本人の感覚の中にはこの島の廃墟を過去のものとして感じるけれど海外の方にとっては未来を示唆するような場所に写るのかも知れない。
かつてテレビで流れた「資源とともに死んだ島」この公共広告機構のCMに現されるように、石炭という資源が消えた果ての世界。石油が消えた世界。資源が無くなった世界は人も住むことも無くゴーストタウンになっていく。まるでドバイの行く先を暗示しているような錯覚に陥るのかもしれない。そんな未来を先取りした軍艦島は私たちが本気で考えなければならない地球の未来として考える場所になっているのかもしれない。
海外の方々の取材と同じような感覚で日本の取材陣が取り扱っているといえば少しばかり違うような気がする。バラエティや興味半分の取材が多く、未だに軍艦島のシルエットであり廃墟が主体の取材であるような気がする。せっかくの日本の財産である。もう少し深く掘り下げて世界に説得できるような取材やガイドが今後されることを望みたいものだ。
(つづく)
寄稿者 坂本道徳(さかもと・どうとく) NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会 理事長