そよ風に誘われるように咲き始める春の花々、特にソメイヨシノは万人の心を花見にいざなう。しかし、ソメイヨシノよりも早くに咲く桜も趣きが深い。そのような桜を求めて、上野公園から谷中を巡ってみた。
公園内の数少ない河津桜、不忍池のほとりに
東叡山寛永寺は、上野公園全体をその境内として、徳川家に庇護を受けた寺院である。そして、不忍池は、比叡山延暦寺の麓に琵琶湖があるように、雄大な湖に見立てられている。その中心には辨天堂が置かれ、桜のシーズンともなると、昼夜問わず、多くの花見客がやってくる。
上野公園全体には、50種類以上の桜が咲く。しかし、桜のシーズンの走りが「河津桜」であることは、案外と知られていない。それは、公園内に河津桜が少ないからだろう。ちょうど、湯島天神に梅が満開になる頃、不忍池に河津桜は咲き始める。2月下旬から約1か月半、上野公園は「桜」を愛でる春を迎える。
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また、中央通り、広小路交差点から上野公園に入っていくと、河津桜に呼応するかのように「大寒桜」も咲き始める。
青空に映える寒緋桜、期間限定・七面坂「長明寺」
谷中の観光スポット「夕やけだんだん」、その隣、七面坂にかけて現在再開発が行われている。ほどなく、マンションが建つ予定なので、期間限定の景観を目の当たりにする。それは、これまで見えなかった枝垂桜の巨木を、長明寺の墓地越しに認識できる。
長明寺は、江戸開府の頃に庵を結んだ日蓮宗の古刹だ。昨今は、樹木葬でも有名となっている。そして、ここの枝垂桜は、都内でも有数の大きさだ。その一本桜は、満開時に大きな傘を広げる。訪れる人々は、桜花を傘の下から見上げ、スマホを構えている。朝早くには、枝垂越しに本堂の上にキラキラと陽が昇る。また、夕暮れには、山門越しに桜を赤く染め陽は沈む。
一方、駐車場の脇にひっそりと咲くのが、「寒緋桜」である。濃い赤が、冬の青空に映える。まだ蕾の枝垂桜に「早く咲きなさい」と命令しているように咲き誇る。
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昨今は、すぐそばのかき氷の名店「ひみつ堂」の方が有名となっている。週末ともなると、桜そっちのけで、順番待ちの人々が山門前まで列を成している。
たった一本オカメ桜、谷中巡りの入口「天王寺」
さて、「谷根千」巡りは、日暮里駅からスタートする人々が多い。ここ天王寺は南口改札のすぐそば。ガイドの方と一緒に訪れる団体やお墓参りで訪れる人々など、週末ともなると、境内は満員電車のようなにぎわいを見せる。
天王寺は、平安末期創建の日蓮宗の寺院であった。しかし、寛永寺のお膝元でもあり、江戸時代に天台宗に改宗する。そして、徳川幕府の庇護を受けるようになると、元禄期には幕府公認の富突(富くじ)を興行する。目黒不動、湯島天神とともに「江戸の三富」として、にぎわいを見せた。享保改革期に富突禁止令が出されるが、幕末1842年まで興行は継続された。また、幸田露伴の小説『五重塔』も天王寺の所有であった。
境内は、「谷中大仏」と呼ばれる釈迦如来坐像が凛とした姿で鎮座する。本堂前に大ぶりの枝垂桜、庫裏のそばに小ぶりの枝垂桜が咲く。一番人気の季節、近くの保育園児や犬を連れた地元の方々なども桜花を求めてやってくる。
枝垂桜が咲く前に、紅色の「オカメ桜」は、その優雅な姿を見せる。オカメ桜とは、国内固有種「寒緋桜」と「まめ桜」を交配、イギリスで栽培され国内に逆輸入した品種である。
そして、谷中霊園の桜通りが満開になると、境内は桜花が風に舞い、全体が散り桜となる。だが、一番秀逸な姿は、本堂廊下一面を薄桃色に染める散り花であろう。
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ソメイヨシノ満開時にはない、新たな発見を・・・
早咲き桜も、まもなく満開。ソメイヨシノの満開時には、歩くことも困難な上野の桜。しかし、少しシーズンをずらすと意外と空いている。花寒であるが、ソメイヨシノの咲く前に上野公園から谷中へ、桜花探しに出かけてみては、いかがだろうか。素敵な出会いが待っているかもしれない。
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(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8
取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長