長崎県平戸市は、日本で初めて西洋貿易が行われた場所。その貿易の歴史は1550年にポルトガル船の入港に始まる。そして、貿易による発展への期待を寄せた領主松浦隆信は、キリスト教布教も認める。そのため、ポルトガル船は平戸に来航することを常とした。
1983年、長崎オランダ村が開業する。長崎県の北部観光地は、西海橋の渦潮を船上や橋上から愛でるコースが人気を博した。1990年にJR九州のジェットフォイル「ビートル」の運航も始まり、博多埠頭までの新たなコースも誕生した。また、1992年にハウステンボスがオープン。平戸は、途中寄港地となり、明るい未来が待っているように思われた。しかし、1994年のビートル休航や他社の高速船の廃止によって、平戸観光は衰退の一途をたどる。昨今は、観光客の減少が激しく、島内のホテル群も低迷し、営業譲渡や廃業する施設が少なくない。
観光復権のためのイベント創造
この状況を打破するため、平戸市は、ディスティネーションキャンペーンを契機に、観光復権を目指していた。平戸城のライトアップや周辺観光施設のブラッシュアップ。そして、このウォータープロジェクションマッピングがその表れであった。平戸城を望む港に幅40m高さ10mの水のスクリーンを作り出した。平戸の長い歴史を映し出すストーリーは、当時の市長が細部までチェックするという熱の入れようだった。
プロジェクションマッピングが実施できたのは、当時の観光係長のやる気だった。役所の中を一人で根回しを行ない、首長までも説得していた。年を経て、2021年4月、日本では初めて、平戸城に宿泊するプランが発表された。係長の意気込みが、「城泊」を初めて実施する運びになったと感じる。
和華蘭(わからん)、日本と中国、そして、西洋の文化が混在する長崎の歴史、長崎県の北部観光の再復権を望んでいるのは、私だけではない。
(2016.10.22.撮影)
(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8
取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長