日本旅行業協会(JATA)が秡川直也観光庁長官に提出した「【提言】訪日旅行の持続的発展に向けて=以下提言」4項目のうち、前編に続き、「観光産業における人手不足・人材不足解消に向けた各種支援」と「持続可能な観光の実現並びにオーバーツーリズム解消に向けた受入環境整備の推進」についてまとめた。
1、観光先進国を目指すための規制緩和の更なる推進と公平な競争環境の確立
2、地方における高付加価値旅行商品の造成と観光定着に向けた各種支援
3、観光産業における人手不足・人材不足解消に向けた各種支援
4、持続可能な観光の実現並びにオーバーツーリズム解消に向けた受入環境整備の推進
提言は、前編にも記したが、会員社や観光関連事業者、自治体などを対象に2023年8月から24年7月までに計3回実施した「インバウンド旅行客受入拡大に向けた意識調査」をもとに取りまとめた。第3回調査は過去最多の1161件の回答(旅行会社406件、輸送事業者285件、宿泊事業者176件など)を得た。
インバウンド受入の最大の課題は「人手不足・人材不足」
提言3「観光産業における人手不足・人材不足解消に向けた各種支援」についてみてみる。
観光産業に従事する労働人口は回復傾向にあるものの、調査回答者の約30%がコロナ以前の水準に達していないと答えた。また現在・将来におけるインバウンド受入の課題として「人手不足・人材不足」が3回の調査を通じて最大の課題であり、深刻な状況であることが浮き彫りになっている。

2024年の訪日外国人旅行者数は3687万人、訪日外国人旅行消費額は8兆1000億円と過去最高。今年25年4月には訪日外客数が390万8900 人と単月として過去最高を記録した。
こうしたインバウンドの急増、旅行目的の多様化・FIT 化の進行などの要素が絡み合うことから、労働人口の回復のみでは人手不足・人材不足の根本的な解消は図れないと訴えている。
「稼ぐ力」向上に欠かせないDX化・省力化支援
そのため、具体的には次の支援策などを求めている。
(1) 旅行会社における人材不足解消に向けたDX化・省力化支援
地方部を中心に旅行会社における DX 化・省力化は全産業よりも遅れが目立つとしたうえで、その結果として一人当たりの労働生産性が低くなっていると分析。宿泊事業者や輸送事業者など多くの観光産業との接点を持つ旅行会社の業務効率化が進むことは観光産業全体の業務効率化につながると結論付けている。DX化・省力化を図り、労働生産性を向上させることが、「稼ぐ力」の底上げにつながるとして、特に中小旅行会社を中心に必要不可欠だとしている。
そのうえで、「人材活用の高度化に向けた設備投資支援」事業の対象を旅行会社に拡大することを要望している。
(2) 「稼ぐ力」向上に向けた人材確保促進事業の対象範囲拡大
人手不足・人材不足の要因として増加傾向にある「就職希望者が少ない」ことも要因の一つと想定されると指摘。令和5年版観光白書に記載されている観光分野における「稼ぐ力」の底上げをベースとした賃金レベルの引き上げなどに加え、観光産業の魅力を高め、広く周知を図ることにより観光産業を志す人材を持続的に確保が急務であると訴えている。
(3) 観光教育普及に向けた指導者層向け教育プログラムの充実
観光人材育成の重要性も盛り込まれた。ポストコロナ時代を支える観光人材育成に向けた産学連携協議会が取りまとめた「ポストコロナ時代における観光人材育成ガイドライン」によると、地域DMO、自治体などと、国、教育機関などの役割が公表され、産学連携のさらなる推進が必要不可欠としている。特に、観光関係教育プログラムの実施に必要な指導者層向け教育プログラムが十分ではないとして、指導者層育成の支援を訴えている。
訪日旅行者の安全・安心な旅には災害・事故情報の一元管理と確実な提供
4. 持続可能な観光の実現並びにオーバーツーリズム解消に向けた受入環境整備の推進
観光庁の宿泊旅行統計調査によると、24年の外国人年間宿泊者数は5年前の19年比42%増と、訪日外国人入国者数の16%を上回っている。ただ、地方部の外国人宿泊者数は19年比16%増なのに対し、三大都市圏の57%増を大きく下回っており、三大都市圏との格差はむしろ広がっている。地方への誘客促進は新たな雇用の創出など地域の活性化につながること、さらには一部地域におけるオーバーツーリズム解消にも有効であるとして非常に重要であると指摘。
訪日旅行者の安全・安心な旅 災害・事故情報の一元管理と確実な提供
それに加え、訪日旅行者の安全・安心な旅を実現させるためには災害・事故情報の一元管理と必要な情報を確実に訪日旅行者に届けるための仕組みの構築が必要としている。
(1) 地方部の受入環境整備の更なる推進
地方部における空港の課題を列挙している。それは、輸送力の拡大・スムーズな出入国体制の構築並びに空港・主要駅・観光施設を結ぶ二次交通の整備やそれに伴う多言語対応の強化、キャッシュレス決済導入、観光施設などのバリアフリー化支援は訪日外国人のストレスフリー・バリアフリーな旅の提供の根幹となる部分であると説明。受入環境整備に関する支援のさらなる強化として、特に地方空港における入国審査官、空港保安検査員、グランドハンドリング要員などの特定人材不足は地方における国際線就航回復・増便の妨げとなっていることから迅速な支援を要請している。
(2) クルーズ寄港に伴う一時的な交通渋滞等の解消
クルーズ寄港時の一時的な渋滞・混雑緩和は自治体が単体で実施するには困難が伴う。そのため、クルーズ関連の地方誘客における重要な要素として、パークアンドライド整備や専用レーンの設置などを通じた一時的な渋滞・混雑緩和等、受入環境の品質向上への国による支援の強化を求めている。

(3) 事故等発生時も包含した安全・安心対策の強化
訪日旅行者の増加に伴い、災害のみならず事故発生時も視野に入れた危機管理体制の構築支援、観光施設に加え医療機関等の事故・災害発生時の多言語情報発信支援を迅速に整える必要があると指摘。より確実に訪日旅行者層に必要な情報を届けるためには、入国・税関申告などに利用されているVisit Japan Webとの連携・一元化を通じてワンストップで提供できる体制を整え、訪日旅行者の利便性の向上と情報伝達率の改善を図ることが急務であるとしている。
観光業界の脱炭素化 目標実現には地方事業者・中小事業者に対する支援が急務
(4) 観光における脱炭素化推進に向けた支援の強化
2020年10月、政府は、温室効果ガスの排出を全体としてゼロとする2050年カーボンニュートラルとした脱炭素社会の実現を目指すことを宣言した。また2021年11月のCOP26では「観光における気候変動対策に関するグラスゴー宣言」において観光産業における CO2排出量を2030年までに半減、2050年までに実質ゼロにする目標が掲げらた。
しかし、2024年のCOP29において報告された「観光産業におけるCO2排出量は2009年から2019年の10年間において排出量は約40%増加した」を元に、観光産業の温室効果ガス排出削減や気候変動への適応力強化が喫緊の課題であるという認識が示され、「観光業における気候変動対策強化に関するCOP29宣言」が発表され日本も賛同を示している。観光業界における脱炭素化を図るには脱炭素化の必要性の周知を図るとともに、具体的な取組、目標の実現には地方事業者・中小事業者に対する支援が急務と訴えている。そのためには、脱炭素化の第一歩となる CO₂排出量可視化ツール導入などの支援を早急に要望している。
JATA「【提言】訪日旅行の持続的発展に向けて」を取りまとめ 観光先進国、観光大国目指して(上) | ツーリズムメディアサービス(TMS)