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地域に眠る“歴史資源”を、どう現代の旅へ翻訳するか

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日本の地域には、まだ十分に光が当たっていない歴史資源が数多くあります。食や自然のような“わかりやすさ”に比べると、歴史資源は理解のハードルも高く、観光振興の文脈では活かしきれていないのが現状です。一方、エンターテインメントの世界に目を向けると、ドラマや映画のストーリーに共感して推し活や聖地巡礼が生まれたり、歴史人物の思考を現代ビジネスに置き換えた書籍が人気を集めるなど、“思想や価値観に惹かれる” という行動は広く見られます。しかし、観光の現場では依然として“説明中心”の届け方が主流で、歴史資源を観光資源として翻訳する余地はまだ大きく残されていると考えています。

私はこれまで、日本各地で「地域に眠る本質的な魅力」を掘り起こし、国内外の旅行者へどう届けるかをテーマに調査・研究、コンテンツ開発を行ってきました。その中で痛感しているのは、歴史資源を“知識として説明するだけ”では旅の動機にはならないということ。重要なのは、歴史が自分につながる“体験”に翻訳されて初めて意味を持つということです。本記事では、調査データと、地域との実践を通じて、“歴史資源”と旅の新しい可能性を考えていきます。

旅の価値観変容と、歴史資源が持つ潜在力

近年、旅行者のニーズには確かな変化が生まれています。2024年にじゃらんリサーチセンターで実施した「価値観の変化に影響した旅・心が動いた旅」の調査(https://jrc.jalan.net/research/6176/)では、「旅を通じて価値観の変化まで影響した体験・経験あり」が57.9%、「心が動くような体験・経験あり」が25.0%となり、約8割の旅行者が旅における心理的な動きを経験していることがわかりました。

「価値観の変化に影響した旅」を経験した人の内訳を見ると、「ひとり旅」31.4%、「友人との旅」31.7%と、じっくりと体験に向き合う個人・少人数の旅が中心です。また、その体験は「国内(遠距離)」で生じる割合が最も高く、地域に深く没入する旅の価値が再評価されていることがうかがえます。

また、同調査の中で「価値観の変化に影響した旅」をもたらしたジャンルを見ると「歴史・史跡巡り」の割合が37.8%と高く、心が動く旅の要素として“歴史”が一定の存在感を持っていることも見えてきました。

■「価値観の変化に影響した旅」を経験した人の旅行同行者の内訳

■「価値観の変化に影響した旅」をもたらしたジャンル

一方で、「じゃらん観光国内宿泊旅行調査2025」では、旅行の目的として「歴史文化を楽しむ」と答えたのは全体の12%弱。特に30代以下では10%を下回り、歴史は依然として“自発的には選ばれにくいジャンル”であることが分かりました。

これらの調査結果を重ねてみると、興味深いギャップが浮かび上がります。歴史資源は“選ばれにくい”にもかかわらず、体験後には価値観の変化や心の動きにつながりやすい資源でもあるということです。

つまり、「興味は低いが、体験すれば価値が高まる」という構造が歴史資源には存在しており、これは歴史資源が抱える課題であると同時に、大きなポテンシャルを秘めている部分でもあります。工夫次第で、歴史資源の持つ潜在力がより引き出される可能性が十分あるのではないかと感じています。

歴史資源を“体験へ翻訳する”エクスペリエンスデザイン

歴史資源が“選ばれにくい”背景には、旅が選ばれるプロセスにも理由があるように思います。現在、多くの旅行者は旅を「ジャンル」や「場所」で選ぶ傾向があります。

「温泉に入りたいから ●● へ行く」「グルメを楽しみたいから ●● を選ぶ」といったように、まず“わかりやすい目的”があり、その目的に合う土地が後から選ばれる構造です。

この枠組みでは、歴史資源はどうしても選択肢に入りにくく、旅の“入口”として弱い存在になってしまいます。しかし、調査で明らかになったように、実際には“価値観の変化まで影響した旅”の要素として「歴史」は大きな役割を果たしています。

そこで私は、2023年に滋賀県で実施した研究(https://jrc.jalan.net/research/5444/)をきっかけに、エクスペリエンスデザインを専門とするフランスの研究者とともに、歴史資源を体験として再構築する手法の導入に取り組んでいます。

このアプローチは、歴史資源そのものを説明するのではなく、

「旅行者が旅でどんな体験を求めていて、どう関わると価値を感じるか」を軸に体験を再構築する手法です。歴史を現代の自分とつながる体験に翻訳することこそが、旅での価値を大きく変えていきます。

例えば以下の2つの視点があります。

①体験の性質 -どんな旅の体験を求めているか? 

②旅行者の主体性 -どう関わると価値を感じるか?

歴史資源は①の「体験の性質」で見ると、どうしても“学び×受容的×文化性”といった体験の価値が強く出やすい傾向があります。もちろん、これは歴史資源が持つ大きな魅力の一つです。一方で、体験の設計次第では“楽しさ×活動的×エンターテインメント性”といった、異なる魅力軸へ広げていくことも可能です。また、②の「旅行者の主体性」では、歴史資源はこれまで、史料館の見学や説明パネル、専門家の解説を聞くなど「受動型」が中心でした。しかしエクスペリエンスデザインを取り入れることで、参加者自身が考え、選び、体験をつくり出す「セルフガイド型」や、地域の営みに踏み込む「共創型」へと転換することができ、歴史が旅行者に届きやすい形へと翻訳されていきます。

上杉謙信とともに“自分の義を問い直す旅”

歴史資源を現代の旅へ翻訳するプロセスの実践例として、現在、新潟県上越市と「上杉謙信をテーマにした旅のプログラム」の造成を進めています。戦国時代の名将として知られる上杉謙信は、生涯“義”を貫いた人物として広く知られますが、舞台となる春日山城は山城で、現在は当時の建物が残っておらず、また上越市も製造業のまちとして発展してきた背景から、観光素材や人材が潤沢な地域ではありません。だからこそ、歴史資源をどのように体験へ翻訳するかが重要なテーマとなりました。

謙信の生き方の軸である“義”を、どう現代の旅行者の人生と接続するか。この問いから、プログラムづくりは始まりました。

地域の方々と共に考えたのが、単なる史跡めぐりではなく、“自分にとっての義とは何か”を問い直す旅として再構築したことです。謙信が幼少期に修行した林泉寺では、静かに自分と向き合う時間を設け、春日山城跡では、デジタルを活用し、スポットごとにチェックインすると侍が語りかけてくる対話型コンテンツを導入。旅行者は受け取った問いに向き合いながら、『旅の書』に自身の価値観や気付きを書き留めていきます。これは史跡を見る旅ではなく、“歴史との対話を通じて自分を見つめる旅”として設計しています。

エクスペリエンスデザインの視点でこの体験を見ると、セルフガイド型の没入構造、学びと楽しさの中間に位置する体験性、誰でも参加できながら深い内省に誘導する構造が特徴です。地域の歴史を“過去の出来事”としてではなく、現代の旅行者の内省や自己理解とつなぐ体験へと再構築しています。

これらの取り組みから見えてきたのは、歴史の観光資源としての価値は“史跡そのもの”ではなく、“どう翻訳するか”で決まるということです。地域の歴史資源を、現代の旅行者の願いや課題と結びつけ、そのつながりを体験構造としてデザインすること。歴史の翻訳とは、過去を説明するだけでなく、旅を通じて自身の価値観や視点が変化していくプロセスをつくることだと感じています。

試行段階からも、歴史資源を体験として再構築することで“自分ごと化”が起こりやすく、旅の深い満足や内省につながる兆しが見え始めています。地域の歴史資源に刻まれたストーリーや人の生き方、思想は、翻訳の工夫次第で旅行者の心に触れる旅の深い価値へと変わっていきます。歴史資源は、これからの観光が取り組むべきテーマとして、まだ大きな可能性を秘めています。

寄稿者 北真理子(きた・まりこ)㈱リクルート じゃらんリサーチセンター 研究員

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