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地域創生撮影活動 第五章 『写真は語る』城下町大洲編

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郷の歴史と伝統文化の伝導師

夜桜大洲城東の正面/2025.03.31.撮影
夜桜大洲城東の正面/2025.03.31.撮影

大洲城の復元工事が始まったのは大洲まちの駅あさもやを開業し、運営する街づくり会社を創立してスタートした2002年4月12日。当時、大洲市を取り囲む周辺地域では「道の駅建設ラッシュ」。高速道路も南進していく中で、南予の玄関口と言われていた大洲は下手をしたら埋没しかねないという危機感があった。

一方で年と共にインターネット環境が整いはじめ、ガラケーでネットができる時代になり始めた頃に、色々な出来事が絡み地域を取り巻く状況は次第に変化し始めていた。

夜桜大洲城西側/2025.03.29.撮影
夜桜大洲城西側/2025.03.29.撮影

2004年9月1日

大洲城の完全木造復元が完了し、「えひめ町並み博2004」の本格開催日に併せて、いよいよお披露目をする日だった。しかし、前日からの大雨で肱川が増水氾濫し大洲市東大洲一帯が湖のようになってしまった。賛否両論ある中で当時の桝田市長は開幕式開催を決断し、いよいよ大洲の観光まちづくりが本格的にスタートすることになった。

JAL麗らか四国キャンペーン
JAL麗らか四国キャンペーン

「えひめ町並み博2004」の開催を機に毎年継続開催され、「ひじかわ遊覧」が生まれた夏の「JAL麗らか四国キャンペーン」と、それに呼応するかのように冬の「ANA誘遊四国キャンペーン」が開始され、夏場のさらなる賑わいと冬場の閑散期に華を添えるがごとく、大洲まちの駅あさもやを立ち寄り地に指定していただく交渉が成立し、集客レベルの向上に伴い大きな転換期を迎えた。

ANA誘遊四国キャンペーン
ANA誘遊四国キャンペーン

併せて、イベント翌年から経済産業省をはじめとしたさまざまな機関からの事業採択を受けて、本格的な取り組みが始まった。牽引力となっていただいた愛媛県との連携体制が整ったのは大きな強みになっていった。

高速道路が人を運んでくる

当時は、「道の駅」などの建設と好景気に高速道路の建設南進が絡んで大きく人の流れが変わり始めていた。これに押しつぶされないようにするために強化した手立てが、肱川を中心に栄えた城下町大洲の地域特性を活かした写真撮影と、それらを情報素材として活用発信し、大手旅行会社や関係機関も含めた大洲とのネットワークを構築するという観光交流情報基盤整備事業だった。

ひじかわ遊覧/JAL麗らか四国キャンペーン
ひじかわ遊覧/JAL麗らか四国キャンペーン

そのエネルギー源が何であったか。当時のまちづくり会社(大洲市TMO)として国内旅行業2種の資格取得をしたことが功を奏し、大手旅行会社のJTBに2004年のイベント開催時から取り組んでいた「案内人」の養成について理解をいただいたことだった。

今でも交流のある当時の担当者からは、「京都の二番煎じのような案内なら、大洲ではなく京都へお客様を送る」と、大変厳しい指摘を受けた。ちょうど緊急雇用などの施策を活用して観光案内人養成事業をしていた時で、この時の指摘は、後の案内人の資質向上と案内そのものの主たる目的共有に大変役立った。

案内風景/JAL麗らか四国キャンペーン
案内風景/JAL麗らか四国キャンペーン

さらにANA主宰の「感動案内人」に当時一緒に仕事をしていた案内人が登録されたことも引き金となって旅行業法に基づく案内人帯同も含めた旅行商品契約が成立したことだった。これら一連の動きは、それまで「ボランティアガイド」としてお客様に帯同していたスタイルが、次第に「案内人」として「旅行会社としての立場になって楽しいツアー演出をし、大洲の印象度を高めることでお土産を購入していただく」という旅行会社との良好な関係を生み出した。

2016年

「えひめ町並み博2004」から10年以上の刻を経て「おおず歴史華回廊案内人俱楽部」が行政主導で誕生した。他地域にない新たな取り組み。それは「ボランティアガイド」から「案内人」へとスタイルを変えることにより、個人・団体旅行としての価値を高め、地域貢献するというもの。

最大の難関は「案内料」としてお客様1人あたり300円(当時)の案内料を旅行会社からいただくということのハードルを越えられるかということだった。これには大分交通(当時は社名が違っていた)が夏場のツアーで実証実験すると言う提案があり、これに成功したことで業界で拡がりツアー帯同の案内人制度が動き始めた。

10周年のおおず歴史華回廊案内人俱楽部
10周年のおおず歴史華回廊案内人俱楽部

今年2月で10周年を迎えたおおず歴史華回廊案内人俱楽部では、認定試験制度も充実し内外から受験希望者が増えて、地域そのものの印象度アップにも大きな貢献をしている。私が現職時代に関わってきっかけを作るのに10年。俱楽部としての機能とレベル向上に10年。いよいよこれからが地域の伝導師としての本番を迎える。

大洲城での宿泊などで話題性にも事欠かない今日の城下町大洲。国の名勝指定を受けて令和7年度の来館者も七万人近くになるという臥龍山荘。衰退気味の伝統文化を除けば観光地として受ける視線からはクォリティの高さを求められる。

案内人もさることながら、多くの方々へ「大洲」の情報を写真で見せるとき、その写真素材は誤魔化しのないものでなければならない。インバウンドで賑わう田舎町。この状況でどれだけ日本人観光客を引き寄せられるかが次の10年での課題であり、そのためにどういう手を打つか。地域間競争に負けないことは、人口減少をクリアする一つの方法ではないかとも思われる。

がんばれ、後輩諸君!

(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=14

寄稿者 河野達郎(こうの・たつろう) 街づくり写真家 日本風景写真家協会会員

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