
1月26日、東京・丸の内で開催された「ユニバーサルツーリズムの輪」情報交換会に、全国37団体・約60名の自治体職員や観光事業者が集った。そこで浮き彫りになったのは、バリアフリー対応宿泊施設も移動支援サービスも各地に存在するが、それらが「宿泊→交通→観光→飲食」という一連の旅行体験として接続されていないという構造的課題だ。人口減少と高齢化が進む中、ユニバーサルツーリズムはもはや福祉施策ではなく観光戦略そのものである。自治体・観光局に求められているのは、ハード整備を超えた「人材・情報・連携」の設計であり、成功事例を待つのではなく、小規模実証から育てる政策領域として捉え直すことだ。
点在する先進事例が、旅行につながらない理由
バリアフリー対応宿泊施設は増えている。移動支援サービスも各地で立ち上がっている。観光施設のハード整備も進んでいる。
しかし、それらが「宿泊→交通→観光→飲食」という一連の旅行体験として機能していない。宿泊施設が対応していても、そこまでの移動手段が確保されていない。観光施設がバリアフリー化されていても、その情報が利用者に届いていない。
この「つながらない先進事例」という状況は、ユニバーサルツーリズムが依然として「福祉的配慮」の枠組みで語られ、観光政策・地域経営の中核課題として位置づけられていないことの表れである。
人口減少社会における観光戦略としてのUT

ユニバーサルツーリズムが注目される背景には、単なる社会的包摂の理念だけでなく、極めて実務的な要請がある。
第1に、市場規模の観点である。高齢化の進展により、何らかの配慮を必要とする旅行者は確実に増加している。内閣府の調査によれば、65歳以上人口は2025年時点で約3,600万人を超え、総人口の約30%に達している。加えて、障害者手帳所持者は約964万人(2023年時点)。これらの層を「特別なニーズを持つ少数派」と位置づけるのではなく、「マス市場の一部」として捉える視点が必要だ。
第2に、観光消費の観点である。高齢者や障害者の旅行は、家族や介助者を伴うケースが多く、旅行単価が高くなる傾向がある。また、オフシーズンの需要創出にも寄与する。人口減少・国内旅行市場の縮小が見込まれる中で、ユニバーサルツーリズムは「新たな需要層の開拓」ではなく、「既存需要の取りこぼし防止」という現実的な戦略として機能する。
第3に、持続可能性の観点である。観光地の持続可能性を考える際、環境負荷だけでなく「誰もが訪れることのできる地域であり続けること」が問われる。ユニバーサルツーリズムの推進は、地域のレジリエンス(回復力)を高める投資でもある。
ハード整備を超えた「人・情報・連携設計」の重要性
ユニバーサルツーリズムの推進において、物理的バリアフリー化(スロープ設置、多目的トイレ整備など)は当然必要だが、それだけでは不十分である。
情報交換会の場で繰り返し指摘されたのは、「人的支援の不足」「情報の非対称性」「事業者間連携の欠如」という3つの課題だった。
たとえば、車いす利用者が観光地を訪れる際、施設のバリアフリー情報はあっても、「実際に介助が必要な場面で誰に頼めばいいのか」「駅から観光地までの移動手段は確保されているか」といった実務的な情報が不足している。また、宿泊・交通・観光施設がそれぞれ個別に対応していても、それらをシームレスにつなぐコーディネート機能が存在しないケースが多い。
ここで求められるのは、「人材育成」「情報集約・発信」「地域内外の連携設計」という3つの施策である。
人材育成については、旅行介助士や観光ガイドへのユニバーサル対応研修、宿泊・交通事業者向けの接遇研修などが考えられる。重要なのは、「特別な対応」ではなく「標準対応の一部」として位置づけることだ。
情報集約・発信については、バリアフリー情報の一元化、利用者目線での情報提供(写真・動画の活用、当事者の声の掲載など)が有効である。東京都が進める「東京観光バリアフリー情報ガイド」のような、実際の移動経路を示す情報整備が参考になる。
連携設計については、DMOや観光協会が中核となり、宿泊・交通・観光施設・介助サービス事業者をつなぐプラットフォームを構築することが求められる。単なる情報共有ではなく、「この地域では誰もが安心して旅行できる」という信頼を生み出す仕組みづくりが鍵となる。
成功事例待ちではなく、「育てる政策領域」として
ユニバーサルツーリズムは、完成したパッケージを導入すれば機能する分野ではない。地域の特性、既存の観光資源、事業者の体制によって、取り組むべき内容は異なる。
だからこそ、「小さな実証・モニターツアー・事業者間連携」から始める現実的アプローチが有効である。
具体的には、以下のようなステップが考えられる。
- 現状把握:地域内の宿泊・交通・観光施設のバリアフリー対応状況を調査し、情報を可視化する
- 小規模実証:特定のルート・施設を対象に、モニターツアーを実施し、課題を洗い出す
- 事業者間連携:宿泊・交通・観光施設が連携し、「つながる対応」を設計する
- 情報発信:実証結果をもとに、利用者目線の情報を発信し、需要を喚起する
- 人材育成:現場スタッフ向けの研修を実施し、対応力を底上げする
重要なのは、「完璧な環境を整えてから受け入れる」のではなく、「できることから始め、利用者の声を聞きながら改善する」というプロセスである。
自治体・観光局が踏み出すべき次の一歩

ユニバーサルツーリズムは、福祉部門だけでは推進できない。観光政策・地域経営の中核に位置づけ、複数部署が連携して取り組む必要がある。
自治体・観光局が今、踏み出すべき一歩は以下の3つである。
第1に、庁内・組織内での位置づけの明確化。ユニバーサルツーリズムを「福祉施策」ではなく「観光戦略」として位置づけ、観光部門が主導する体制をつくること。
第2に、地域内の事業者・団体とのネットワーク構築。宿泊・交通・観光施設・介助サービス事業者などが情報共有し、連携できる場をつくること。
第3に、小さな実証から始めること。モニターツアーや特定ルートでの実証実験を通じて、課題を把握し、改善のサイクルを回すこと。
「ユニバーサルツーリズムの輪」のような全国的なネットワークも、各地の取り組みを接続し、知見を共有する場として機能しつつある。こうした場を活用しながら、自地域の文脈に合った形で一歩を踏み出すことが、今求められている。
まとめ
ユニバーサルツーリズムは、もはや「取り組むべきか」ではなく、「どう取り組むか」が問われる段階にある。
人口減少・高齢化が進む中で、誰もが訪れることのできる観光地であり続けることは、地域の持続可能性に直結する。ハード整備だけでなく、人材育成・情報発信・連携設計を一体的に進めること。成功事例を待つのではなく、小さな実証から育てていくこと。
その先に、「誰もが旅をあきらめなくていい社会」と「持続可能な観光地経営」の両立が見えてくる。
投稿者:逢坂忠士(おおさか・ただし)ユニバーサルツーリズム総合研究所 特任研究員/旅行介助士
観光政策・地域経営の視点からユニバーサルツーリズムの推進に取り組む。各地のモニターツアー・実証事業に参画し、現場知と政策知の接続を試みている。