わが国においても、地域観光経営の主体としてDMOやDMCが登場して久しい。無論その言葉が登場する以前から、地域の事業者が垣根を越えて集まって知恵を出して汗をかいてきた徳島県の祖谷温泉の大歩危・祖谷いってみる会など、全国でさまざまな取り組みがなされてきた。しかしながら、わが国はどちらかといえば、国の主導でDMOの制度を作り、その枠組みの中で予算を付け、観光地域経営を支援・指導しているのも現状である。言葉は悪いが、制度の通りに進めないと、予算も情報も下りず、DMOとしての認定もされないこともある。加えて、往々にして国の中央官庁の場合、各部局の担当官は2、3年で交替する。他省庁からの出向者のみならず、基礎自治体からの出向者が2年間程度の任期でその業務を担うこともあり、全国の各地で取り組んできたこれまでの経緯、情報や地域と国との人的ネットワークが継承されず、1度関係や情報が分断されるとその修復に多大な労力を要する事例も聞こえてくる。
こうした中、筆者は米国の民間組織でDMO統括団体であるDestinations International(本部はワシントンDC、以下DIと称す)の年次総会に参加するため、7月中旬に米国テキサス州ダラスに飛んだ。実は、筆者の所属するANA総合研究所は同団体のメンバーでもあり、筆者がDIの会合に参加するのは3回目となる。
わが国の観光の系譜をみると明治以降は鉄道の敷設を担った鉄道院~鉄道省が需要喚起で観光振興を担い、その流れで地域に観光協会が設立され、プロモーションを担ってきたケースが多く見られる。一方で米国の地域観光経営の主体は、まさに民間の発意で設立されたDMOである。全米で見本市や、コンベンション誘致を担ったコンベンションビューローが発展し、現在のDMOへの組織を変えてきている。なお全米ではDMOとは呼ばず、Destination とかCB(コンベンションビューロー)とかCVB(コンベンション・ビジターズビューロー)という呼称が一般的である。全米にはこうしたDMOやCVBが600以上設立されているが、いわゆる州単位でのDMOは少なく、市や群、町といったレベルで組織が機能している。まさにおらが町のDMOなのだ。
こうした組織が集まって、現在のDIの礎となる団体がセントルイスに設立されたのが1915年である。DIは現在では14か国、600の団体、5,000名の専門家が名を連ねている。民間による観光地域経営をサポートする組織がDIということだ。今年の総会には、わが国からはANAの他にメンバー企業・団体が2社、加えて最大手の鉄道会社の北米事務所からもオブザーバーで参加した。
コロナ明けということもあり、まさに大盛況で総会のチケットは売り切れ。北米の参加者がメインではあるものの26カ国から1300人が、7月の日中の気温が40度を超える、焦げるような街ダラスに集まった。
何がそこまでDMOやCVBの人たちを駆り立てるのか。筆者が改めて肌で感じたのは、まさに全米各地をはじめとする地域経営の現場で日々模索している実務者から経営トップまでの1年に1度の交流の場であるということだろう。仕掛けも堅苦しいものではなく、オープニングはR&Bのグループが体を揺らしながら、そこにCEOが登壇し熱狂の渦に巻き込まれる。会場誘導係も真っ赤なポロシャツをきて体をくねらしており、参加者からは歓声と足踏み、拍手が巻き上がる。これまでの地域観光経営の貢献者をたたえる殿堂入りの表彰式では皆がスタンディングオベーションで祝福し、30人の30歳以下の次世代のDMOリーダーともいうべき30under30の発表なども行われた。まさに熱をおびた大イベントであり、お祭りでもあるが、加えて学びと人脈形成の場である。
会期中は、ネットワーキングの機会がありとあらゆるところで設定され、随所で連絡先を交換し、意見交換をしている。筆者はエアラインの研究所にいるわけだが、食事やセッション会場で隣り合わせになると自己紹介から始まり、彼らはさまざまな質問をぶつけてきた。また、会場ではさまざまなテーマに分かれてセッションが開催される。同じ時間帯(スロット)に3、4カ所の会場で個別のテーマをもとに議論や質疑応答が繰り広げられる。筆者はDIとも会合を持ったが、日本で直面する課題は実は全米でもたくさんあるそうで、DIはさまざまな解決のヒントや事例のアーカイブを持っておりメンバーに提供している。DIは、地域の合意形成やDEIなどのテーマごとのコミュニティの活発化を促し、地域の合意形成をメインの議論とする会合なども開催されている。これに加えて、充実しているのがやはり民間の事業者の存在だ。動態情報を提供する会社や、DMO運営に必須の観光DXのデータやプレゼン機能を提供する会社など、多数のありとあらゆる会社が出展し会期中に様々な商談を繰り広げている。
こうした地域経営に携わる実務者から経営層までのネットワークと情報・教育、新しいリソースの取得の機会を提供するのが民間による民間のためのDIだが、まだ日本では知名度が低い。加えてわが国の自治体の関係者と話をした際に、全米のDMOは日本とは全く別物であることから、参考にはならないかもという話も聞いたが、少なくとも100年超の歴史のある全米の観光地経営の苦労話やノウハウは聞いて損にはならないだろうと筆者は考える。
DIは、一方で観光地経営の今後に焦点を当て、どのようなトレンドを予測しているのか、今後進むべき経営課題の順位付けはどうか、MMGY Nextfactor社(本社カナダ)と共同でFuture Studyを策定しているが、今年の総会で2023年度版も発表された。世界の観光関係機関、企業、アカデミアからなるアドバイザリーボードとともにまとめたレポートである。今年は英語に加えて、スペイン語と日本語版も発表するとのこと。改めてこの内容は別途紹介したいが、概略をお伝えすると、50のトレンドのうち、上位は、「①人工知能は加速度的に普及していく」「②顧客はユニークで本物の旅行体験をますます求めている」「③コミュニティは、地元住民と訪問者のためのデスティネーション、製品、体験の開発にさらに関与することを期待している」「④目的地は、経済、社会、環境への影響を含め、持続可能性/再生をより広範囲に検討している」「⑤業界、コミュニティ、政府の連携が強化され、目的地の競争力とブランドが向上」の5つだ。50のストラテジーのうち、上位は、「①現在の資金水準を維持するために収入源を確保する」「②顧客のための本物の体験の開発に焦点を当てる」「③観光と経済発展のより良い統合をする」「④コミュニティの目標、価値観、クリエイティブなエネルギーをもとにブランドを構築する」「⑤デスティネーションおよび製品開発においてより大きな役割を担う」だそうだ。
ちなみに前回版にはANAの上席執行役員で欧州・中東担当役員を務めた中村晃氏がアドバイザリーボードに名を連ねた。
3日間の会期は熱を帯び熱とともに終えたが、夜の懇親会のドレスコードはステートフェア(アメリカの町のお祭り)をテーマに短パン推奨で、気取らないところ、これもまたアメリカの草の根の地域の団体の集まりだからであろう。
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員