「DXする」「DXしなければ」という言葉が経営者から発せられているときは、「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)自体が目的化している可能性が高いと言えます。
「DX」の明確な定義はありませんが、総務省の令和3年版情報通信白書第1部第2節「企業活動におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状と課題」(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/index.html)では次のような定義が採用されています。
Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること。
また、「デジタル化」の段階に応じて「Digitization(デジタイゼーション)」「Digitalization(デジタライゼーション)」という言葉が用いられる場合もあります(同白書)。
Digitization(デジタイゼーション)
既存の紙のプロセスを自動化するなど、物質的な情報をデジタル形式に変換すること。
Digitalization(デジタライゼーション)
組織のビジネスモデル全体を一新し、クライアントやパートナーに対してサービスを提供するより良い方法を構築すること。
デジタル化の社会的な状況をこういった言葉で説明することは一定の意味があると思われますが、個々の企業にとって自社が今行おうとしている取り組みや、今行っている取り組みが、どのレベルに位置するのか、DXと呼べるのかといったことを議論しても企業の行動を決める上ではあまり意味はありません。そういった議論が起こる場合、その取り組みを行うこと自体が目的化する可能性が高いからです。まさに「DXする」ことが目的化してしまうケースです。
「DX」という言葉にはあまり引っ張られない方が良いと言えます。「変革」がなければ「DX」と呼べないということを意識しすぎてスタックしてしまうケースも見受けられます。構造的に先行きが困難な業界で年々業績が落ち込んでいるような場合は、まさにビジネスモデルや業態の変更まで踏み込んだ思い切った変革が求められるかもしれませんが、順調に業績が伸びている企業ではそこまでの変化はむしろリスクになってしまう可能性があります。求められる変化は個々の企業によって異なるということです。本来、個々の企業において、いかに自社を成長させれるか、持続発展できるかということをシンプルに考えて、プロジェクトの目的は設定させるべきです。いかに「売上を上げれるか」「付加価値を高められるか」「生産性を伸ばせるか」といったことです。顧客レベルで考えれば、いかに「顧客満足度を高められるか」「来客数を増やせるか」となります。情報セキュリティ強化、BCP(事業継続性対策)、コンプライアンス対応など、リスクに備えることも、将来のマイナスの価値の発生を減ずるという意味で価値があると言えます。「DX」「Digitization」「Digitalization」はすべてそのための方法であり目的ではありません。一旦システムのことは横において、自社の課題は何か、特に優先的に取り組むべき課題は何かをまず把握することが大事です。その上で、その課題を解決する方法として、今は新しい技術が次々に出てきていますので、その最新の技術を前提にして最善の方法を模索するという姿勢が必要ということです。
ただ注意すべき点は、今業績が順調だから何もしなくてもよいというわけではありません。競合他社もITを駆使して業績を上げてくるかもしれません。ITに明るい会社が業界外から参入してくるかもしれません。常に環境は変わることを前提に、継続的に自社の課題をチェックし、最新の技術をフォローする努力が必要です。
寄稿者 前一樹(まえ・かずき)ジャパンマネジメントシステムズ㈱/代表取締役社長