Act.5「窓の外を見て豊かになる」
「左手に富士山がきれいにご覧いただけます」機内でこのようなアナウンスを耳にすることがあるだろう。飛行機から見る富士山はとても美しい。しかし、機内を埋める乗客のうち、それを見ることができるのはほんのわずか。左手に見えていれば右手の人は絶対に見えないし、窓側以外の人も翼の上の座席の人も見えない。
元旦の初日の出フライトのように「見える」席だけを売るならいざ知らず、人によってはその放送をなんとも切ない思いで聞いているに違いない。
旅の楽しさを左右する車窓の景色
それくらい、移動中に窓の外を流れる景色は旅の楽しさを左右する。学校で習ったとおりの日本地図の姿を上空から見るのは何とも言えないひとときだ。しかし、ひょっとしたらずっと雲しか見えないかもしれず、多くの人がその恩恵にあずかれない飛行機よりは車窓を愉しめるのは圧倒的に鉄道列車だろう。
東海道新幹線なら…
東海道新幹線なら普通車はE席が富士山側の窓側だ。車内放送で富士山を紹介することはまずない。しかし、車内の誰かが、場合によっては誰もがスマホやカメラを取り出すからすぐわかる。かつて、海外向け日本のキービジュアルは富士山の下を走る新幹線だった。その風景と同じ景色を今まさに眺めている。
ニューヨークのマンハッタンやドイツのノイシュバンシュタイン城、かつて、旅行会社の店頭に貼られていたポスターそのままの風景に出会う感動を覚えたことを思い出す。
初めて新幹線に乗る外国人にとっては、本当にワクワクする瞬間に違いない。
伊豆へ向かう「踊り子号」なら…
在来線の東海道線から伊豆へと抜ける特急「踊り子」号は、海沿いの絶景が連続する。海に面しているのはA席。かつて、旅行カウンターの社員研修では、踊り子号では空いている限り、必ず、A席からとるように、そして、それが海に面した窓側であることをドラマチックに語るよう指導していた。
小田原を過ぎて最初に車窓に広がる相模湾。晴れていれば間違いなく歓声があがるはず。そして、お客さまは思うだろう。「あ、あのカウンターのお姉さん、いいこと教えてくれた」と。
旅にまつわるささいなウンチク(Travel tips)
かつて、街中にある旅行会社のカウンターでは、パック旅行や切符の手配にあわせて、こうしたささいなことをお客さまに語り、そのことでお客さまの旅を豊かにしていた。
今やこうした仕事が消え、誰だかわからない人の口コミや知恵袋に頼らざるを得なくなった分だけ、昔より旅は豊かになっていないのではないか。車内も機内も昔より窓の外に目をやることなく、一心にスマホやタブレットに向かう人々の姿を見るにつけ、そう思う。
意外と美しい、北へ向かう東北・上越新幹線!
富士山、実は、東北・上越新幹線でも見ることができる。荒川を超えた大宮周辺がねらい目だ。そして、冬が特に美しい。北へ向かっているはずの新幹線から見える富士山を見たことはあるだろうか。
今はもう旅マエに誰も教えてくれなくなってしまった Travel tips. 自分で見つける愉しみを味わうために、少し窓の外を見てみてはいかがだろうか。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=19
寄稿者 高橋敦司(たかはし・あつし) ㈱ジェイアール東日本企画 常務取締役CDO