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「稼働率8割がちょうどよい」というナゾ。

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 あくまで私見ながら、ホテル業界にいるとナゾの暗黙知に出会うことがあります。

 「ホテルは80%程度の稼働率がちょうどよい」「ホテルは8割稼働くらいが最も効率的である」

 この「80%」「8割」を聞いたことのあるホテル業界人(宿泊部門の方に限られるが)がどれだけいらっしゃるか分かりませんが、特に私が耳にしたのは、いわゆる事業再生コンサルタントが講演やご指導されている場面で、繰り返し聞いた記憶があります。その受け売りなのか、不動産業の方からも聞いた記憶もあります。

 私は最近、「8割とはどこから来たのか」「どのような経験値なのだろうか」と感じるようになりました。

 なぜか。

暗黙知「80%が~」から来る「なぜ80%?」への疑問

 私もとうとうホテル業に25年以上も身を置いたので、私にもなんらかの「長年の経験と勘、直感による暗黙知だ」といえるものが身に付いているといいなと思うようになりました。一方で、その暗黙知に「80%が~」が得られてなく、「なぜ80%?」の疑問はさらに深まるばかりなのです。

 仮に100室のホテルだとします。売り上げは、室数×単価です。

 客室の80%(80室)を使っての売り上げが、100%(100室)すべてを使ったときの売り上げに並ぶために必要な単価は、120%ではなく、125%も必要になります。単純に2割アップでは足りません。

 唯一無二の希少なホテルでなければ、競争相手が必ず存在するでしょう。もちろん、まったく同じスペックのホテル同士が競争するということは現実にはないですが、机上で競争したとしましょう。

 全室を使って売り上げを積み上げようとする競争相手のホテルに対して、同スペックにも関わらず2割5分増し(25%増し)の単価で販売していたのでは、「完敗」してしまうのではないでしょうか。消費者が無条件に2割以上も高い商品を選択するとは思えないのです。

 もし競争相手が早々に売り切ってしまうようなミスプライシングしたときは、悠々自適に、残りの市場を独り占めできるでしょうけど、ミスを何度も繰り返さない相手に対して売り上げは完敗することにならないでしょうか。競争相手がいない場面でも、理屈上で対等な相手に勝てない人が、現実社会で上位の相手に勝てるわけがなく、むしろ下剋上にあうことを予想します。

 ここで必ず現れるのが、「最大にするのは売り上げじゃない、利益最大だ」マンです。ほぼ確実に、売り上げよりも利益だと主張される方が出てきて、私も「それはステキな作戦だ」と心引かれてしまいます。そして、「ホテルというのは8割程度の稼働のときに利益最大になるようにするものであり、10割稼働を目指すと効率性が落ちるものなのだ。それが経営だ」とご教授してくれるのです。

 そうなのだろうか? 一般的に、ホテルの宿泊とは装置産業の最たるもの。固定費比率が高く、変動費比率が低い。損益分岐点を越えてからの利益率が極めて高いことについて論をまたないでしょう。

 言い換えれば、最後の2割は極めて利益率が高く、その最も「おいしい部分」を残してしまっていて、それがどうして「全部使うよりも8割のほうが効率は良い」ということになるのでしょうか。なんだか、おかしいと感じるのです。それに、主な変動費である旅行代理店手数料やリネン費などを差し引いた7割近くが利益になるであろう部分を売らずして、「コストの最適化・コストセーブで補う」というのも無謀のように思います。

The Onefive Villa Fukuoka客室
The Onefive Villa Fukuoka客室

合理的で有効な根拠はあるのか

 すこし視点を変えて考えてみます。

 ホテルは装置産業と書きました。故に、巨額の初期投資が必要です。その投資を、ホテル運営者自らのバランスシートで行うのはあまりに効率が悪く、ホテル運営はホテル屋が、ホテル不動産は不動産屋が、餅は餅屋が、といった役割分担をする時代です。複数のステークホルダーが存在します。

 ホテル運営者としては、スポンサーでもある投資家の期待にいかに応えられるかがホテル運営者の競争力の源泉ともいえます。客観的に合理的な判断の下に、かつ説明責任を果たして、です。

 仮に、投資資金100億円を運用してほしいと考えている投資家がいるとします。

 ある運用担当者は、「経験上、8割運用がちょうどよい」「資金の8割に留める投資効率が最も良い」と主張。別の担当者は、「100億円すべてをしっかり運用して最大利益を狙う」と主張しているとしましょう。

 両社の運用実力に明確な差がないのであれば、投資家は投資家の決めた100億円を運用してほしいのだから、当然に後者を選ぶのではないでしょうか。仮に前者を選んだとしても、運用されない2割を別の運用担当者にお任せするのだと思います。

 100室のホテルを運用目的で所有する者も同じで、ホテル運営という名の資産運用担当者が、「100室のうち80室でちょうどいい」という者と、「100室すべてを使って運用する」という者では、後者のほうに期待するのが合理的な判断のように思うのです。そして「100室不要というなら80室のホテルを準備しようか?」と言われるでは、とも心配になります。

 もし私が投資家であれば、100を預けているのに80しか運用してくれない者に対して、その担当者の経験則だけでなく、合理的で有効な根拠を示すように求めるのではないかとも思います。

 巨額な資金をホテルという現物資産に形を変えて運用するという視点において、「8割稼働がちょうどよい」という主張が通る余地は無さそうですが、一方で、保有することが目的・超長期運用であるので施設が長持ちすることが大事ということであれば、そもそもお話しの前提が違うし、きっと余裕資金の運用なので会社としても安泰でしょう。しかし、私が「稼働は8割が最適」とよく聞いたのは、事業再生の場であったので、やはりおかしいという無限ループから抜けられないでいます。

 8割稼働で最適度最大を実現できるのであれば、次は、残りの2割分も最適化して10割稼働で最適度最大を実現することが求められるのでは? プロなんでしょう? というのは意地悪なことなのでしょうか。

 ただ、「稼働率8割がちょうど良いのだ、シランケド」。こう言ってもらえると、なるほどと腹に落ちます。

寄稿者 北﨑堂献(きたざき・たかのぶ)ワンファイブホテルズ㈱代表取締役社長/いちご㈱ホテル事業部長

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