Act.6「裏をかいて?豊かになる」
スマホの普及やSNSの発展は観光にも大きな影響を与えた。罪よりは功のほうが圧倒的に多いが、数少ない罪のひとつは「行きたいところ、知っているところに人は行く」という当たり前のことを加速させてしまったことだろう。
たった1枚の写真がすべてを変えた・・・
誰かが投稿した1枚の写真。その写真が拡散され、多くの人に瞬時に伝わることで誰もがその1枚の写真をよりどころに旅先を選ぶ。山梨県富士吉田市の新倉山浅間公園は、タイ人がフェイスブックに投稿するまで全く観光地でもなんでもなかった住宅地の公園。富士山と桜、五重塔という組み合わせは、今では日本のキービジュアルとして世界各地で使われている。そして、そこには多くの人が訪れる。
トリップアドバイザーの日本版で長年トップにランクされているのは京都の伏見稲荷大社。朱色の鳥居が連なるさまもまた、誰かの写真が始まりだ。先週、ちらりと通りかかったが駅からの参道は人であふれんばかり。ほとんどが外国人。浴衣のレンタルにみたらし団子、楽しそうにみな行列している。彼らがなぜここに来ているかと問えば、間違いなく「みんなが行っている」からだ。
稲荷神社は、全国各地に・・・
稲荷神社は日本全国各地にあって、鳥居が連なる光景だけならあちこちにある。青森の高山稲荷や山口の元乃隅神社、このふたつは既に有名になっていて、それなりに観光客が来ているところだが、私の勤める恵比寿にだってある。伏見稲荷らとの違いは「みんなが行っていないからSNSにあがっていない」というだけだ。
旅の予約手段が旅行会社のカウンターからOTAへと移ったことも大きい。最初の検索画面は地図をクリックするか、地名を入力するかのいずれかしかない。だから知っているところにしか行けない。「紅葉の穴場」と検索すれば、結局みんなが検索した結果が表示されるか、○○の穴場というまとめサイトに当たってしまうから結局穴場ではない。
オーバーツーリズムもデジタル化が原因・・・
昨今言われるオーバーツーリズムは、デジタル化がもたらした最大の弊害でもあるのだ。かつてはお客さまの旅する気持ちに寄り添って相談に乗る、という仕事があった。でも今は自分の脳内にある数少ない地理の知識とスマホだけが頼り。だから人が行かないところにはどんどん人が行かなくなり、観光としての地域の格差は広がっていく。AIは反復経験により学習するから、残念ながらこの分野では今のところ無力だ。
だとすれば、自分で何とかするしかない。スマホとWebサイトで伺いしることのできない想像力を働かせてみよう。まとめサイトではなく、ネットで見るのは日本地図。そこには山や川、神社や寺、公園などが書いてある。人が行かなそうなところは、えてして人が行くところの近くにある。有名なところから、少しだけ外れている場所。ターゲットが決まったら、そのターゲットの名前を検索してみるといい。意外にも知られていないことがわかるはずだ。
裏をかくと、自分だけの観光地に・・・
伏見から京阪電車で30分足らず、大阪との境に近い岩清水(いわしみず)八幡宮。鶴岡八幡宮などと並ぶ日本三大八幡宮に挙げられているのに、ひっそりとしていた。ケーブルカーで上がったその先に待ち構える見事な竹林、国宝の御本社、遥か京都市内を見下ろす展望台。しかし、そこに外国人はおろか観光客は僅か。しめしめ、してやったりと思いながらのんびりとお参りをしてみる。
こうして裏をかくのは楽しい。そして自分で少し考えた分だけ、ココロが豊かになっているはずだ。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=19
寄稿者 高橋敦司(たかはし・あつし) ㈱ジェイアール東日本企画 常務取締役CDO