「雪まつり発祥の地」の日本遺産ストーリー
昔の人にとって、雪は屋根の雪おろしや道の雪かきなど、非常にやっかいな相手でしたが、現代の新潟県十日町市では「雪を友とし、雪を楽しむ」考えに移行し、そのストーリーは「究極の雪国 とおかまち―真説!豪雪地ものがたり」として日本遺産に認定されています。
実際、日本で雪を楽しむ冬の「雪まつり」といえば、新潟県十日町市が「現代雪まつり発祥の地」と言われており、さまざまな雪像や雪だるまが造られ、全国各地より多くの観光客が訪れています。
日本遺産ストーリーの中では、豪雪に育まれてきた十日町市の歴史と文化が、「越後布・越後縮」で代表される「着もの」、糸ののり付けに使う布海苔(ふのり)を加えた「へぎ蕎麦」などの「食べもの」、雪囲いが施される「建もの」、豊かで特徴のあるブナ林や棚田の「美」、そして「むこ投げ・すみ塗り」などの「まつり」の5つの物語として紹介されています。
この地に大量の雪が降るようになったのは、日本海に対馬暖流が流れ込んだ縄文時代中期以降ですが、縄文人も現代人と同様、雪とたたかいながらも雪の恵みを活かして暮らしていたのです。
国宝の火焔型土器が出土した笹山遺跡と十日町博物館
縄文ツアーでしばしば訪れる国宝の「火焔型土器」が出土した「笹山遺跡」も、この日本有数の豪雪地帯とされる十日町市にあります。笹山遺跡は現在、広場として開放されており、縄文時代の復元竪穴住居や、国宝の火焔型土器である指定番号1「縄文雪焔」の出土時を再現したモニュメントも建てられています。
この笹山遺跡から出土した国宝の深鉢形土器は、「十日町市博物館」に火焔型土器や王冠型土器とともに展示されています。「TOPPAKU(とっぱく)」の愛称で呼ばれるこの博物館には、縄文時代の土器文化を知ることができる「縄文時代と火焔型土器のクニ」、弥生時代から現在まで、技術革新により様々に変化しながら続く十日町市の織物文化を展示する「織物の歴史」、暮らしと関係の深い「雪と信濃川」といった常設展示があります。
十日町の「着ものがたり」と「食ものがたり」
越後では古くからカラムシの繊維でつくる「青苧(あおそ)」を使った麻織物「越後布」が生産されていましたが、江戸時代に改良が加えられ、将軍家にも愛用された特産品「越後縮」が産まれました。
雪国の冬は湿度が高いので、乾燥を嫌う青苧を扱うのに適していたとされ、また春の晴天時に糸や布を漂泊する「雪晒し」は豪雪地特有の行程で、越後布・越後縮はまさに雪国の「着ものがたり」です。
また、十日町名物と言えば、織物の糸ののり付けに使う海藻「布海苔」をつなぎに使い、へぎと呼ばれる木の器に盛り付けされる「へぎそば」が有名です。
しかし、「食べもの」を中心とした物語は、実際に「いろりとほたるの宿せとぐち」で冬の代表的な保存食「ツケナ(野沢菜漬)」や塩抜きして煮込んだ「ニーナ(煮菜)」等の郷土料理を食べながら、宿の御主人による雪国生活のお話を聞くと実感が湧きます。
「大地の芸術祭 越後妻有アート トリエンナーレ」と「美人林」
そして十日町市の「美ものがたり」観光では、雄大な柱状節理と「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」のトンネルで知られる日本三大峡谷「清津峡」と苗場山系から流れ出る釜川の渓流に点在する七つの滝つぼ「田代の七ツ釜」が代表です。
しかし、冬の十日町でも特に私の印象に残った景観は、樹齢百年ほどのブナ林が広がる「美人林」でした。私はこの「美人林」には、夏と秋にも訪れており、鮮やかな緑に包まれた夏のブナ林や黄色やオレンジ色に紅葉した葉がため池に散っている光景も素敵でしたが、スノーシューで歩いた冬の銀世界は格別でした。
そしてこの十日町の日本遺産ストーリーを理解するには、隣接する「森の学校」キョロロの学芸員である小林さんの話を聞くのが一番です。サビが建物を守る巨大な潜水艦を思わせる館内には、「日本一の昆虫屋」志賀夘助(うすけ)氏の「世界の蝶コレクション」や春夏秋冬の雪国物語を解説した資料もあり、地域を創る新しい科学館と言えるでしょう。
十日町おすすめの「美ものがたり」
「環境は人本来の姿を自身に明らかにするものである」と言われますが、十日町市には四季折々に美しい景観が楽しめる棚田が多く点在しています。これらの棚田は、豪雪のもたらす豊富な雪解け水がブナ林という「緑のダム」によって潤され、地元農家の方々の出張作業で維持管理されていますが、美味しい米を収穫するだけでなく、多種多様の生態系を守り、地滑り等の土砂災害防止の役割も果たしています。
水鏡が輝き、雲海が発生するシーズンがお勧めですが、人気のない銀世界となった風景も趣があり、十日町の棚田はまさしく日本の原風景と呼べる「美ものがたり」です。
新型コロナウイルス感染拡大によって、私たちは黙食など会話を慎むことが奨励され、人間社会に必要なコミュニケーションが忘れられつつあります。そこで、私たちは今こそ歴史を振り返り、雪を受け入れ、雪を活用するといった自然と共生し、「共感」を大切にしていた縄文人から受け継いだ「究極の雪国」に学ぶべき時だと感じました。
寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事