大分県の湯布院町湯平温泉にある小さな旅館「山城屋」が、コロナ禍を経験して見付けた大切な宝物。そして、これから益々グローバル化する観光業界の取り組むべき課題について回を分けてご紹介します。
来る前から情報として知っている
前回は、インバウンドの受け入れ体制整備を目的とした「インバウンドに優しいおもてなし認定証」のお話をしました。
これは自己採点式の申請で、判定項目のうちご自身の業務に該当する項目の70%以上をクリアした場合に交付される認定証です。
主な目的として、この認定証を施設内に掲示することにより、訪れたお客様へアピールすると共に、施設管理者自身の意識改革と改善意欲を高めることである旨のご説明をしました。
しかしながら、せっかく取得した認定証を、お客様が「来てみて初めて知った」のでは実にもったいない話です。
「来てみて初めて知る」のではなく、「来る前から情報として知っている」ことの方が数倍の価値があると思うからです。
では、どうすれば「来る前から情報として知る」ことができるのか?
そのためにはインターネットの力を活用するしかありません。
訪日観光メディア「MATCHA」(マッチャ)
外国人客が日本を旅行しようとするときに、あらかじめ観光情報についてリサーチするインターネット上のサイトがあります。
そのサイトの中でも草分け的な存在が、訪日観光メディア「MATCHA」です。
MATCHAは、世界240以上の国・地域から月間340万人以上が訪れ、660万PVという驚異的なアクセス数を誇る日本最大の訪日観光メディアです。
観光、グルメ、文化、便利情報など、日本に関する魅力的な記事を10言語で発信し、記事だけでなく、旅マエの宿泊、ツアー、Wi-Fiなどの予約から、旅ナカで使えるクーポン券の発行なども行い、いわゆる「訪日観光プラットフォーム」として、日本旅行を総合的にサポートしています。
私たちは、この「MATCHA」へ、訪日外国人への有益な情報として、「インバウンドに優しいおもてなし認定証」の認定施設を一覧化して掲載して貰えないかと考えました。
実は、当初、この件についてダメ元でご相談をさせていただいたのですが、私たちの取り組みの趣旨を十分にご理解いただき、快くお引き受けいただけることになったのです。
情報発信の画期的ツールの活用
私たちが「受け入れ体制の整備」として始めた「インバウンドに優しいおもてなし認定証」は、MATCHAという強力なメディアにご掲載していただけたおかげで、世界中のお客様に広くアピールすることができ、また、そのことにより、認定施設の管理者自身も、さらなるおもてなしの向上に励むきっかけとなることができました。
一方で、次に重要なことは、「情報発信の強化」です。
「知られていないことは存在しないことと同じ」というのは、マーケティングの世界でよく言われる言葉ですが、いざ情報発信に取り組む場合、選択肢があまりにも多くて迷ってしまう方も多いのではないでしょうか?
公式ウェブサイトの公開はもちろんですが、その他にもFacebook(フェイスブック)やInstagram(インスタグラム)、Line(ライン)などのSNS。GoogleビジネスプロフィールやTripAdvisor(トリップアドバイザー)などの口コミサイトの活用など情報発信のツールは数多くあります。
いずれもグローバルに情報発信が可能ではありますが、問題は言語対応と更新頻度です。
あらゆる国の方から見られる(あるいは見てもらえる)ことを想定した場合、なるべく多くの言語で情報発信することがベストではありますが、現実的には、その翻訳に掛かる労力や外注費用は大きな負担となって二の足を踏むことが多いのではないでしょうか?
とある自治体の観光コンテンツを紹介するサイトの場合、先ずは日本語で公開した記事を基に、英語や韓国語・中国語などへ翻訳を外注し、各言語ごとに別々のサイトで更新と運用を行っているようです。
当然、そこには翻訳作業に伴う更新費用が都度発生します。また、新たな日本語の記事を公開しても、その他の言語のサイトはその後の更新手続きが完了してからの公開となるため数日から数カ月のタイムラグが生じることになります。
つまり、リアルタイムでの多言語サイトの更新ができない状態なのです。
そうなると、おのずと更新頻度自体も限られますし、結果的に情報の陳腐化も避けられません。
そこで注目されているのが、先にご紹介した㈱MATCHAの新たな取り組みである自動多言語化投稿システム「MATCHA Contents Manager(マッチャコンテンツマネージャー)」通称「MCM」なのです。
情報は作成と同時に6言語で発信
訪日観光メディア「MATCHA」は、多くの外国人社員も有し、日本各地の観光情報や外国人旅行者にとって有益な情報を独自取材し世界へ発信していますが、この「MCM」というシステムは、従来のように記者が書くのではなく、対象となる観光地や観光施設が自ら記事を作成して公開することができるのです。
「MCM」の記事作成手順は極めて簡単です。アカウントを取得後、先ずはアカウント情報と自施設のスポット登録を行います。
次に管理画面上で記事の作成を行うのですが、同じように記事を作成する「note」(ノート)と使い勝手が似ています。
文章だけではなく、写真や動画、他のサイトへのリンクなど自由に作成することができ、施設周辺のおすすめスポットの紹介など使い方次第で幅広い情報発信が可能となります。
さらに、日本語で作成された記事は、同時に英語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・韓国語・タイ語に自動翻訳され、全6言語で世界へ発信されます。
翻訳精度は極めて高いのですが、よくある固有名詞等の誤訳については「直接入力」機能により修正も可能となっています。
もちろん、一旦公開した後でも、必要であれば記事の修正は可能ですし、削除も可能です。
また、公開された記事のURLをご自身のSNS(Facebookなど)にリンクすることもできますし、交通アクセスに関する記事であればメールに添付してお客様へあらかじめお知らせすることも可能です。
使い方はアイデア次第で無限大
一般的に、記事として作成し投稿する場合、先ずはできるだけ多くの人々の関心を引く話題から入ることが多いと思います。
例えば、桜や紅葉など観光名所の見どころや、安くて速い交通アクセス、郷土料理などを紹介して、最後に関連して自施設のPRをするというパターンです。
まずは記事を読んでもらうことが優先ですので、この方法は記事作成の定石といえますが、逆に自施設の紹介を先にしてしまうと、その施設によほどの関心がない限り人は読まないと思われます。
私の経営する旅館山城屋もMCMを活用していますが、記事を作成する場合は、やはり、この定石を心掛けています。
最終的に自社のPRに繋げて集客力を上げることが目的ではありますが、なかには、PRというよりも事前の必要情報として「本当に伝えたいこと」を記事化する場合もあります。
例えば、当館の貸し切り温泉の利用システムについての記事があります。
(リンク:https://matcha-jp.com/jp/12162)
こちらの記事は、冒頭に次のような紹介から始まります。「旅館に宿泊するうえで一番の楽しみは温泉ですよね。それも、できればプライベートで存分に利用できる客室付き露天風呂が最高です。ですが、そういうお部屋は通常かなりお高い料金を求められるのではないでしょうか? 宿側もメンテナンスなど維持費もかかりますので致し方ないのが実情ですが、実は客室内にお風呂がなくても完全にプライベートで利用できる方法があるんです。カップルはもちろん、ご家族だけでも大丈夫。もちろんお一人様でも結構。しかも予約無しで!」
セオリー通り、最初は一般的な旅館の温泉に関する話題から始まりますが、この記事で本当に伝えたいことは、当館の「お風呂の利用システム」なのです。
「当館には客室にお風呂はありません。客室の外に4つの家族風呂があって、どれも滞在中は無料で貸し切りでご利用いただけます」
このような説明をすると、よくある質問として、「予約の必要はないのですか?」や、「カップルで入ってもいいのですか?」「男湯・女湯にわかれていないのですか?」といったことを聞かれます。
その都度、「お風呂の内側から鍵を掛ければ完全にプライベートで利用できます」「男湯・女湯の区別はありません」「もちろん、同性同士でもOKです」といった返答をさせていただいています。
しかも、お目当てのお風呂が今空いているかどうかは、客室テレビで確認することができますので、客室にいながらにして空室状況がチェックできます。(ドアに鍵が掛かればセンサーでテレビの表示を切り替えられる仕組みです。)
このようなシステムは便利ではありますが、なかなか言葉では説明しづらいものです。
そこで、あらかじめ前述の記事を作成しておいて、そのURLを質問された方のメールへ添付して、「こちらをご覧ください」という案内をしています。
このように、お客様へ確実に伝えたい情報をあらかじめ「記事」として作成しておいて、そのリンクを送ることで説明の省力化を図ることができるのです。
このほかにも、作成した記事のプレビュー画面をスクリーンキャプチャーして画像化し、パンフレットへ加工することも可能です。
逆に言えば、パンフレット作りを前提として、記事としては公開せずに翻訳後のプレビュー機能のみを利用することもできます。
このように、使い方次第で非常に利用価値の高いシステムです。
このシステムの利用については、無料版と有料版がありますが、最初の記事3本または3カ月間までは無料。4本目の記事からは1本公開につき、2万9000円(税抜)が課金されます。(2024年3月現在)
これは、あくまでもMATCHAのサイト上で「公開」した時に課金されますので、下書きの段階では課金されません。
つまり、システムそのものの利用は、今のところ無料で制限なく使えるということです。
私たちは、この優れた情報発信ツールを、インバウンド全国推進協議会会員の皆さんへ推奨するとともに、「インバウンドに優しいおもてなし認定証」の新たな認定施設の方へもアフターフォローの一環としてサポートさせていただいています。
「受け入れ体制の強化」と「情報発信」はまさに”車の両輪”です。
このどちらが欠けても片手落ちであり、本連載のタイトル「二度三度来たくなる観光地作り」としては不十分であると言わざるを得ません。
観光業を営む私たちは、常にこの両方のバランスを念頭に置いて進化し続けなくてはならないのです。
寄稿者 二宮謙児(にのみや・けんじ)㈲山城屋代表 / (一社)インバウンド全国推進協議会会長