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「誰もが」ってなんだ?―ヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡県長泉町)にて

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 新幹線三島駅から車で約20分の立地にある「ヴァンジ彫刻庭園美術館」。多彩なクレマチスが咲く美しい庭園に併設されたこの美術館は、イタリアの彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの作品を館内と庭園内に展示している。ここで、スペインで開発された視覚障害者向けのスマートフォン専用アプリ「ナビレンス」が導入されていると知り、3月に視察させていただいた。観光庁のユニバーサルツーリズム促進事業に3年ほど携わったことをきっかけに、高齢者、障害者向けサービスの技術革新に関心を持ち、新たな試みを体験するようにしている。

美しい庭園と作品
美術館の入り口のナビレンスの「タグ」
(久保田准教授撮影)

 「ナビレンス」は、無料でダウンロードできるアプリで、通路や展示作品の近くに設置されたカラフルな模様の正方形マーク(「タグ」という)をアプリが読みとると、音声で情報を得ることができるものだ。

 今日、スマートフォンを日常的に使用している視覚障害者は少なくない。「ナビレンス」アプリを立ち上げて手に持って歩いていれば、タグに近づくだけでアプリが反応し、道案内や作品の解説音声が流れてくる。近づいた方向も感知するので、右、左といった方向の指示も的確だ。スマートフォンには音声だけでなく文字情報も表示されるので聴覚障害者にも便利である。

 設置者にとっては、情報を埋め込んだタグを紙に印刷してラミネート加工などで補強する程度で運用できるため、手軽で設置位置の自由度も高いとのこと。同館を視察した博物館も今年から導入しており、よくできたサービス(アプリ)であると実感した。

「タグ」に近づくとスマートフォンが音声と
文字で誘導、解説(久保田准教授撮影)

 しかし、ヴァンジ彫刻庭園美術館では、「ナビレンス」以上に驚かされることがあった。ここは、庭園の静かな美しさとは対照的に、刺激的で常識を揺さぶられる場所だったのだ。

 同館では、展示作品である多くの彫刻に触ることができ、「見えていてもいなくても」「触れて観る」ことに注目してユニークなプログラムを企画してきた。美術館、博物館の多くは、作品保護の観点から展示物に触ることはできないのが普通だが、ここでは「誰もが」彫刻を触って楽しみ、「見ただけ」ではわからない感触を体験できる。晴眼者は、日頃いかに視覚に頼り、見ただけでわかった気になっていたかと気づかされ、そんな鑑賞を通じて自分の内面に向き合うことになる。ユニバーサルツーリズムを説明する時、「誰もが」とよく言うが、そこに健常者は、晴眼者は、入っているだろうか?

ヴァンジ彫刻庭園美術館では、展示作品である多くの彫刻に触れる

 ということで、さらに詳しく紹介し、一人でも多くの方に訪問いただきたいのだが、実はその前に、現在同館は休館中であるという残念な事情をお伝えしなくてはならない。2002年、私立の庭園美術館として創立、運営されてきたこの美術館は、これまで静岡県東部地域の文化や芸術を担う施設のひとつとして活動を行ってきた。しかしながら、コロナ禍の影響などから、今後単独で運営を続けることが難しくなり、現在、地元静岡県への委譲についての検討がなされている。

 そこで先日、同美術館が主催する「休館中の特別イベント 鑑賞・観光・感動-彫刻庭園美術館のユニバーサルな可能性について考える2日間(5/28・6/4)」にゲスト登壇し、「ユニバーサルミュージアム」を提唱している国立民族学博物館の広瀬浩二郎氏と、富山国際大学の一井崇准教授とともに、ツーリズムの観点からみた可能性の大きさと存続を提言してきた。

 ヴァンジ彫刻庭園美術館は、静岡観光のハイライトといえる富士山や伊豆とのルートをつくりやすい立地にあり、かつ「ユニバーサル」の解釈に関する先進性を備えている。

私たちが目指すべき「ユニバーサルな社会とは?」

 人が旅行したいと思う動機の中には「うつくしいものにふれたい」「未知のものにふれたい」といった知的好奇心があり、年齢が上がるにつれてそのような気持ちは高まる(出典:公益財団法人日本交通公社「旅行年報2022」)。そんな旅の目的地として、また私たちが目指すべき「ユニバーサルな社会とは?」を問う拠点となりうる同館の存続と発展を心から願っている。

庭園にある作品「壁をよじ登る男」 手前にナビレンスのタグと白杖使用者を誘導するラインガイドがあるが、空間と調和している(久保田准教授撮影)

久保田美穂子(くぼた・みほこ)亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科准教授

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