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東京再発見 第28章 あじさい咲き誇る山上の古社~文京区白山・白山神社

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旗竿とのコントラストが素敵
旗竿とのコントラストが素敵

 平安時代中期の948年に加賀一宮・白山比咩神社を勧請。現在の本郷1丁目に創建された白山神社。江戸時代、元和年間に徳川秀忠の命で、現在の小石川植物園に移築された。しかし、徳川綱吉の屋敷造営のため、1655年に現在の地に遷座された。「白山」という地名の由来である。そのため、綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた神社だ。以降、徳川将軍家から庇護を受け続け、守られてきた。

 そして、明治初期に准勅祭社に指定され、小石川の鎮守となる。東京の鎮護と万民の平安を祈願されたお社に選ばれた。東京十社と言い、白山神社もその一つである。

目を奪われる、彩り鮮やかなあじさい

 いつの頃からか、隣接する白山公園を含め、約3000株のあじさいが咲き誇るようになった。そして、毎年6月中旬には、文京あじさい祭りが行われる。また、まつりの期間中に、神社に隣接される白山富士が公開される。富士塚の頂きには浅間神社があり、山全体が満開のあじさいで彩られている。

白山富士・・・浅間神社の鳥居越しに
白山富士・・・浅間神社の鳥居越しに

 週末には境内に数多くの屋台も出店され、数多くの参拝客が、色とりどりのあじさいを満喫している。あじさいだけと思われがちの白山神社。孫文が座ったとされる石が残り、記念碑が建てられている。また、京都・松尾大社の分霊を勧請した関東松尾神社もあり、酒造の神様として奉られている。ほかにも小さなお社が祀らていて、ミニ神社巡りのようである。そして、昨今有名となっているのが、金色の目をした狛犬だ。

山上の下町

お酒の神様も祀られている
お酒の神様も祀られている・・・関東松尾神社

 東京の町は、小高い山と谷の連続である。山の上はお屋敷町であることが多い。白山の地も山上である。しかし、ここは下町のような雰囲気を醸し出している。周辺に古くからの私立学校も数多くあり、学生服を着た子供たちが登下校の際に闊歩していることに起因するのかもしれない。学生が多いことで、コストパフォーマンスが高い食事施設が多いことにも理由があるのだろう。

 あじさいが咲き始めると、テレビや新聞、SNSで毎日のように白山神社の文字を目にする。それも、朝方の番組であったりすると、その日の参拝客が増えるのだ。やはり、平日は年齢層が高い。特に午前中は、その傾向が強い。富士塚は、午前10時に開門されるのだが、長蛇の列になる。上りから下りまで一方通行ではあるが、これを目的にして訪れる方々は、山頂での滞在時間が長い。

ずらし旅・・・平準化の勧め

 個人的ではあるが、あじさい祭りの時期を避けて、来訪する方が、ゆっくりと愛でることができると思っている。特にあじさい祭りの前週は、ほどよく開花したあじさいに触れることができると感じている。また、境内に屋台も出ていないので、写真を撮るにしても邪魔者が映らないと思う。

手水越しに見える風景
手水越しに見える風景・・・
あじさい祭り期間中は見ることができない

 自然相手の観光は、そのピーク時が最良の時期であることは間違いない。かつては、直接電話をして問い合わせたりしていたことが、SNSなどで数多くの人が報告をしてくれる。そういった意味からも、最良・最高の景色を見るチャンスは格段に増えている。

 近隣住民が、期間中毎日のように訪れ、その素晴らしい姿を愛でる。これが本来の形なのだろう。しかし、遠方からのお客さまは、天候などの条件を勘案し、訪問回数は一度きりという場合が少なくない。限定的な訪問ではあるが、少しだけピークをずらすことによって、より良い観光環境を得ることができる。

 ずらし旅とは、良き言葉である。JR東海の誰が考えついたのか、チャンスがあったら、お会いしてみたい。

(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8

取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長

(色とりどりのあじさいをご覧ください)

本来の参道、石段に咲くあじさい
本来の参道、石段に咲くあじさい
鉄砲百合とともに
ゆりの花とともに
光が差し込む白いあじさい
光が差し込む白いあじさい
木々の緑と同化して・・・
木々の緑と同化して・・・
語りかけてくるような感覚・・・
語りかけてくるような感覚・・・
青い色が映える
青い色が映える
社殿前に力強く
社殿前に力強く
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