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コロナを経て移り変わるホテル・旅館のシニア調理人材の受給バランス

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 観光や旅客の業界では、以前から比較的、年配の人材の活躍が多かったことは、業界内の方であれば体感的に理解されていることだろう。正確に言えば、若い人材も多く、シニアも多い業界で、職種や組織、エリアによって、若い人中心のところもあれば、年配寄りのところもあるという状況だった。

 しかし、少子高齢化とそれによる人材不足の影響は、他の業界同様、観光業界でもシニア人材の需要の高まりを招き、さらにコロナ禍が落ち着くと、コロナ前以上の需要高騰となっている。それはもちろん、コロナ禍による入国制限などで外国人人材の受け入れに水を差された影響で、シニア人材が選ばれた側面もあるが、それ以外にもシニアだからこそ期待される部分もある。今回はそうしたコロナ禍前後の観光業界における、シニア人材の需要と期待の変化についてまとめる。

実は身軽なシニア人材だからこその期待感

 私たちシニアジョブは、50歳以上に特化して就職の支援を提供している。観光業界とその周辺業界については、今でこそ幅広い職種の求人を扱うことができる求人メディアサービスを2022年夏に開始したため、客室係、フロント、添乗員、送迎ドライバー、バス運転手、さらに支配人に至るまで、多種多様なシニア向け求人を扱っているが、もともとは観光業界向けの対応職種が少なかった。2022年以前は人材紹介と人材派遣のサービスのみを提供しており、そこで観光業界が紹介先・就業先となるのは、わずかに調理師・料理人があるのみだった。

 シニアの転職・再就職では若者のような在籍期間や成長を期待できないことも相まって、即戦力であることが重視される。そのため、戦力か否かが判断しやすい専門職・技術職のほうが、総合職や管理職などよりも有利だ。調理師・料理人も技術職であり、しかも、内容によっては標準化も機械化も難しく、経験と才能によって身につけるしかない技術もあるため、高い技術と経験を持った人材は、体力が続く限り、年齢に関係なく重宝される。

 さて、人材市場はシニアに限らず、都市部ほど求人数も多く、求職者数も多いのであるが、観光業は当てはまらない。就業場所は地方の、しかも都市部でなく僻地のことさえあり、優秀な人材を就業場所周辺だけで集めることは難しい。山奥、岬の突端、離島など、観光地・リゾート地は必ずしも都市部や住宅街から近いとは限らない。

 そこでシニアが重宝される。

 単身でどんな就業場所でも働ける「身軽な人材」というと、若者をイメージするかもしれないが、高レベルの熟練者で、しかも身軽な人材となるとシニアが圧倒的だ。子供が独り立ちした人や、独立・退職などこれまでのしがらみから開放された人の中には、転居や単身赴任を厭わず、身軽に赴任する人も多い。

コロナ禍によるホテル・旅館のシニア調理人材ニーズの変遷

 このように人材のマッチングがなされやすい、シニア人材と観光業界それぞれの特性をつかんでいた私たちは、実はコロナ前に取扱職種としてホテル・旅館の調理師・料理人を加える準備をしていた。当時も増え続けていた外国人観光客が、東京オリンピックや大阪・関西万博でさらに増え、人材需要もさらに増すことが予測できたからだ。

 しかし、コロナ禍によってさらなる人材需要どころか、自粛と休業の風潮となり、私たちもホテル・旅館向けシニア調理人材の正式取り扱いを凍結した。

 風向きが変わったのは、延期された東京オリンピックが開催されたあとの2021年秋だ。観光業の他の職種については細かい動向を把握していなかったが、調理の職種については気づいた時には既に人材不足が顕著になりつつあった。これは、コロナ禍で休業・離職を余儀なくされた飲食系の人材の一部が復職しなかったためだ。

 私たちは急ぎ、同年11月にはシニア調理人材の紹介を正式に開始し、たちまち問い合わせとマッチングが盛んになった。やはり、ホテルや旅館のレストランの料理長や部門のトップを任せられるような経験と技術を持った人材を、地方・都市部を問わず、年齢に関係なくほしがった。

 ところが、ニーズ、つまりホテルや旅館の求人はさらに増えていったものの、2022年の夏には人材の応募が早くも追いつかなくなってくる。経験豊富でトップを任せられ、しかも、地方の赴任が問題ないシニア人材なのだから希少なのは当然かもしれない。枯渇とまでは言わないが、有力な人材の多くがマッチングし終えてしまったのだ。

 この頃のシニア調理人材の応募者は、例えば老親の介護などを抱え、勤務時間は平日の日中のみ、夜間も土日もできれば避けたい、勤務地は自宅周辺のみという人などが多くなった。こうした方の場合、地方のホテル・旅館どころか、都市部のレストラン・飲食店や、病院・介護施設、食品製造工場でもハードルが上がってしまう。

2023年は再び有力シニア調理人材が転職市場へ

 このように、一時期は人材の供給が狭まり、需要が満たされない状況も一部に見られたホテル・旅館のシニア調理人材採用であるが、2023年に入ると供給側の活発化も見られるようになった。

 その傾向は、一概にまとめられるものではないが、離職中の人材が再就職するケースよりも転職が多いようであることから、コロナ禍が落ち着いた2021年秋以降に採用した人材が再流動しているのではないかと思われる。または、やはり2021年頃から再開していた飲食店などでは、このタイミングで再編が起きている可能性もありそうだ。外国人観光客の流入が本格的になっていることを受け、ホテル・旅館等での採用や条件面の向上が本格化しているとも仮説立てられる。

 いずれにしても2023年のホテル・旅館の調理人材採用は、2022年に一旦有力人材の現象したところから再び活発化している。自ら専門店を開いたり、有名店の責任者だったりしたような有力人材が、遠方のリゾート地等に赴任するケースが増えており、就職支援を提供する立場としてだけでなく、一人の旅行客の立場でも目が離せない。

寄稿者 中島康恵(なかじま・やすよし)㈱シニアジョブ代表取締役

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