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東京再発見 第30章 河川舟運~見直してみよう、その利便性~(後編)

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 前回は、舟運全体の歴史と貨物輸送という観点からの舟運の衰退を述べた。そして、日本を代表する水都である大阪と東京の現状に触れ、課題抽出を試みることとした。今回は、東京に焦点を当てて、河川舟運を活用した観光コンテンツ作りを検討することとしたい。

運河ルネサンスの現状

<品川浦・天王洲>

 地元民間事業者が主体となり、水上レストラン設置による飲食事業や浮桟橋の設置を実施。また、協議会が、浮桟橋を利用した舟運イベント「しながわ運河まつり」などを実施している。本来、水上レストランは民間事業者による商業利用が難しい事例であった。しかし、観光資源として運河ルネサンス事業として、水上連ストランは認定された。また、周辺の防災桟橋などもチャータークルーズの乗降桟橋として活用されている。

<芝浦>

 地元商店会が、遊歩道上のオープンカフェ設置による飲食事業や浮桟橋の設置を実施。また、協議会が、浮桟橋を利用した舟運イベント「芝浦運河まつり」を実施している。この新芝運河沿い遊歩道のオープンカフェは、地元区の助成金制度を活用し実現に至っている。JR田町駅にも近く、夕暮れ時のランプの灯りも風情がある。

芝浦付近のプロムナード(運河ルネサンス)
芝浦付近のプロムナード(運河ルネサンス)

これからの課題

① 不定期航路と定期航路の明確化

小名木川、ミニパナマ運河と言われる扇橋閘門
小名木川、
ミニパナマ運河と言われる扇橋閘門

 東京都観光汽船を代表例とする定期航路は、本来は地域間輸送のためである。そのため、A地点からB地点への乗降を可能となっている。それ故、観光目的の団体旅行などは、浅草観光の後に浜離宮や竹芝へ移動するという行程を組み立てることができるのだ。

 一方、周遊観光を行程に組み、同一地点で乗降する不定期航路は、そのほとんどが観光目的となる。しかし、目黒川の桜クルーズなども品川浦付近から乗船し、大崎駅付近で下船できるようになると、行程に余裕ができ、幅が広がる。

 観光目的のお客さまは、東京滞在中に、いかに多くの観光コンテンツを体験できるかを望んでいる。その意味からも不定期航路のA地点からB地点への移動を可能とすることが事業の拡大につながる。

② 定期観光航路の共同運航プログラム(コンソーシアムの設立)

 沖縄・石垣港をハブとする八重山観光は、複数のフェリー運航会社がある。かつては、競合他社との同時刻発着などの競争を行っていた。しかし、乗船効率の向上を目指した共同運行プログラムの導入によって、大幅な経営改善が行われた。

 東京においても、目黒川の桜クルーズなどは、既に二十数社が参入している。全体的なお客さまの数も増えている。しかし、サービスの低下や航路における渋滞なども発生している。スムーズな運行管理、サービス機構の向上のためにも、共同運航は必要だ。コンソーシアムを構築し、経営効率を上げることが大きな課題だ。

③ 管内にある観光桟橋の経営母体の集約

 東京湾岸や河川に設置されている桟橋は、経営母体が多岐に渡っている。東京都や港湾局、各区、そして、民間事業会社の独自の桟橋などである。

 旅行会社などは、その違いを把握していない。そして、前日に宿泊しているホテルのそばの桟橋から出発できるものとして、行程を組む場合も少なくない。また、日帰りバスツアーなどでも利用できない桟橋を組み入れていることもある。効率的なコース設定や活用ルールを認知させることで、より裾野が広い舟運観光が実現するのではないだろうか。

 民間事業会社は、専用桟橋を持つことが差別化につながる。しかし、専用桟橋で乗船した後に、繁華街周辺の桟橋で下船することができれば、時間的な無駄もなくコース設定ができる。

 将来的に、桟橋を管理する組織構築も、舟運観光拡大の一助になると考える。

④ 参入事業者のボトムアップ(ガイドの養成・能力向上)

 観光業界の人手不足は、コロナ禍が明け、大きな問題となっている。

 観光目的の舟運にとっても、ガイドの力量が問われるようになってきている。貸切バスのガイド教習用指導本のようなマニュアルも欠如していると聞く。良きガイドを活用している会社がお客さまに指示されるのは明白だ。

 例えば、目黒川には、数多くの品種の桜花が咲いている。ここの説明は、乗船するガイドさん個々の努力によって、独自の説明がなされている。もし、共通のガイド教習本があれば、ボトムアップが行われ、更なる集客や満足度が高まるものと考える。

 これは、一企業だけでは難しい課題である。そのため、地域行政も絡めたガイド養成・能力向上を推進する必要がある。

⑤ 全天候型船舶の導入

 屋根のない船舶は、風や季節を感じることができる最良のアイテムである。しかし、天候不順な日には、一瞬にして最悪のアイテムと化す。

 このことを解決する手法は、全天候型船舶の導入であろう。川下り舟などには、飛沫を避けるさまざまなアイテムが施されている。雨合羽やビニール幕がその代表例。しかし、開閉屋根の導入などは、最も有効な手段と言える。東京都との連携を強化し、補助金を投入する事業として、運航船舶の設備向上も必要な仕掛けである。

⑥ 30分未満の定期ショートクルーズの実現

日本橋桟橋に停泊する運河クルーズ船
日本橋桟橋に停泊する運河クルーズ船

 大阪にあって東京にないもの。30分未満のショートクルーズの構築は、喫緊の課題である。拡大するインバウンド需要に対応するためには、1時間以上の航行はマイナスとなる。

 船旅の特性は、一度乗船すると途中で下船できないことである。この時間を活用した商談機会の創出などは素晴らしいメリットだ。しかし、時間が限られるインバウンドのニーズからは外れてしまう。

 東京の素敵な景観・体感を短時間で消化できるアイテム。ショートクルーズの開発こそ、舟運観光の未来を左右すると言っても過言ではない。どの地域をターゲットエリアにするか、これは企業秘密と言える。

⑦ 東京湾周辺の新規コンテンツ開発と創造

 次に運河ルネサンスの取り組みを更に充実させるために、河川の修復なども重要である。

 例えば、交通渋滞が激しい首都高浜崎橋ジャンクション。ここから先の古川は、河川に沈殿物が多く、浅瀬が多いと言われる。そのために、新たな舟運観光を創造できずにいる。ここの川浚いを進めていくと、麻布十番などが、新たな観光コンテンツ化できる。安全な舟の運航を作り上げることも東京都との連携は重要なことである。

高速道路の要衝・浜崎橋ジャンクション
高速道路の要衝・浜崎橋ジャンクション (真っすぐ奥が、古川、そして渋谷川につながる)

 既にコースが確立している日本橋川や神田川だけではなく、江戸風情を感じることができる東京の河川を活用する。それは、水都・東京を日本一の水辺都市へと変貌させることにつながる。また、舟から下船して、その地域の「町歩き」を体験する。この連携こそ、これまでにない着地型観光が産まれるのだ。

新たなコンテンツ作り(具体的な事例を添えて)

 では、これらの課題を解決し、新たなコンテンツ作りのためのヒントを考えてみたい。

 かつてから、「舟遊び」と言われるように、水辺に近い体験は究極の遊びと言える。屋形船は、船内で天ぷらなどを食す「宴会場」と化している場合が少なくない。しかし、本来は風や水を感じる舟遊びであったと言われている。屋形船も舟遊びの一つ。食事を採ることを否定しないが、陸上では見ることができない目線での体験こそ、舟遊びの醍醐味である。そのためのコンテンツ創造が必要である。

① インフラツーリズム

 河川沿いに立地するインフラは、なかなか触れることができない。触れるためには、船を活用する必要が生じる。そのような施設の一部ではあるが、ご紹介していこう。

・リニア中央新幹線工事に関わるの残土処理施設(目黒川)

リニア新幹線の工事残土を処理するコンベア橋
リニア新幹線の工事残土を処理するベルトコンベアの橋

 目黒川を遡上していくと川沿いにベルトコンベアが設置されている。ちょうど、品川から始まるリニア新幹線のトンネル工事で出た残土を一か所にとりまとめ、移送する施設を見ることができる。リニア新幹線が完成すると解体される期間限定のコンテンツだ。

・洪水調整池(目黒川など)

目黒川荏原調整池
目黒川荏原調整池 (洪水の際に水を逃がす施設)

 東京の中小河川は、かつては大雨によって洪水を引き起こしていた。それを回避するために、それぞれの川に調整池が設置された。目黒川には「船入場」「荏原」の二つの調整池がある。また、神田川や古川にも調整池は存在する。目黒川荏原調整池は、すぐ横を通過することもでき、水都ゆえの課題に触れることができる。

・線路専用ガントリークレーン(通称:イグアナクレーン・潮見)

線路を持ち上げる、通称イグアナクレーン
線路を持ち上げる、通称イグアナクレーン

 鉄道の長い線路を持ち上げる専用のクレーンが潮見のJR貨物越中島ターミナルに置かれている。緑色のガントリークレーンは、通称イグアナクレーン。まさしく、巨大なイグアナが立ち誇っているようにも見える。その姿は、京葉線が東京駅を出発し、潮見駅の手前で地上に出る時、左手前方に見ることができる。

 普段は、これがどういうものか理解しがたかったものである。しかし、その目的を知ると、つい目が向いてしまうものだ。

・登録有形文化財などの建造物に触れる(神田川・聖橋など)

 1955年に完成する東京メトロの御茶ノ水橋梁は、国の登録有形文化財に指定されている。神田川や日本橋川を遡上するクルーズは、そのような文化財を下から見上げることのできる。既に長い間、ツアー化されているので、その姿を見られた方も多いと思う。ただ、人気コースであるが、これからは、ガイド力の向上などが、差別化につながるものとなるだろう。

 また、有形文化財ではないが、普段お客さまが乗車しない区間を運行する新幹線の線路の下を通過するのも一興である。乗れない列車に乗りたいという気持ちは、誰しもあるもの。それが体感できると、優越感は最高度となる。

新幹線の車庫に向かう線路の下を通過する
新幹線の車庫に向かう線路の下を通過する

・橋梁巡りとかつての渡し舟(隅田川沿い)

 2021年の東京オリンピックに際し、隅田川に架かる橋梁は、すべてライトアップされた。それぞれ違ったフォルムを持ち、素晴らしい景観となる。江戸時代には、現在の千住大橋しか架橋されておらず、明治維新になっても、架橋されたものは5つしかなかった。そのため、橋がない場所には、渡し舟が運航されていた。

 隅田川を巡りながら、江戸風情の歴史や風景に触れる。こちらもガイド力の強化が必須のアイテムではある。しかし、人気コースとしてお客さまニーズにこたえることができ、ブラッシュアップにつながる。

・鉄道輸送と河川舟運の結節点(隅田川駅、東京貨物ターミナル、越中島ターミナルなど)

JR貨物隅田川駅
JR貨物隅田川駅 (トラックが止まっている場所が、かつての運河)

 河川舟運の終焉は、明治期以降、鉄道輸送が拡充したことによる。

 しかし、地域によっては、鉄道輸送と河川舟運の結節点が存在した。特に隅田川の荒川区南千住(汐入地区)は、その代表例である。巨大な敷地を誇るJR貨物隅田川駅が、現役で存在するのだ。ここは、東北や上信越地方からの貨物を集約し、都内各所に運搬する場所であった。かつては、貨物駅の構内で水路が巡らされ、列車から舟に貨物を積み替えて運送されていた。今では、その場所はアスファルトに張り変わり、トラックが横づけにされている。そして、秋葉原や汐留、築地もその仕組みを享受していた場所であった。

② 通勤手段としての舟運

 2021年の東京オリンピックの開催を前後して、実証実験として、通勤手段の舟運が検討された。

 これは、日本橋桟橋から豊洲の間を結ぶものであった。運航時間がかかるという点と毎日運航できなかったというデメリットが指摘された。しかし、通勤手段としての活用は、場所や乗船時間を勘案すれば、充分に見込めるものである。

田町駅周辺の芝浦の運河
田町駅周辺の芝浦の運河、湾岸地区への通勤にも活用ができそうだ

 江東区小名木川沿線などは、橋梁間隔が長い地域もある、そのため、南北間の移動に時間がかかる場所が存在する。また、豊洲周辺や港区、品川区や大田区の湾岸エリアなどは、運河を利用することによって、通勤ルートをショートカットできる場所もある。かつての渡し舟のイメージで、通勤手段としての舟運は、利用頻度の高いものと考える。

③ ショートクルーズコンソーシアムの構築(地域振興)

 大阪の「とんぼりリバークルーズ」成功の鍵は、地域振興に携わるコンソーシアムの構築である。船舶事業者だけでは解決できない問題を、地域行政や観光団体、地域住民などが参画することによって、大きなうねりとなったことが大きい。

 現在、東京には、このようなショートクルーズやそれに伴うコンソーシアムが存在しない。拡大するインバウンドの獲得のためには、地域が一丸となって、滞在時間を長くさせることが重要である。

 運河ルネサンスの先導する「天王洲」や「芝浦」、6つ目のエリアに選定された「豊洲」などが、その候補となり得るであろう。また、古くからの観光地である「浅草」やスカイツリーのお膝元「業平・押上」、そして、昨今人気の「清澄白河」や「門前仲町」なども可能性がある。

 そのためには、長時間滞在できるコンテンツが豊富にあることも重要である。しかし、陸上だけのコンテンツ作りでなく、舟を充分に活用した取り組みも大切なことである。

④ 船上ショップの構築

隅田川を代表する跳ね橋、勝鬨橋
隅田川を代表する跳ね橋、勝鬨橋・・・大型船が通過する際に中央部分が跳ね上がった

 さて、地域コンソーシアムが確立すると、飲食への取り組みも強化できる。これまで、京都保津川下りや福岡柳川の舟下りでは、乗船中に食べ物などを購入できる仕組みを作っている。これは、舟を使った移動式のものもあれば、店舗を構えた固定式のものもある。

 ただ単に舟に乗るだけでなく、エンターティメント性を兼ねることによって、購買意欲は高まる。インバウンド人気の高い忍者の姿や江戸時代の武士のコスチュームなどを身に着ける。このような、お客さまを飽きさせない仕組みづくりも重要だ。

⑤ 町歩きとのコラボレーション

 着地型観光の定番と言われる「町歩き」は、これまで陸上移動のみで完結していた。しかし、舟運と協業することによって、より深耕されるはずだ。目線を変えることで見えてくるものも変わる。そのために、舟運と町歩きを競演させるのだ。

 例えば、京浜東北線の王子駅付近で石神井川から分かれる音無川という川がある。現在はすべてが暗きょとなっている。音無川は、王子から鉄道の崖下を日暮里まで進み、そこから根岸の里に向かう。今は、荒川区と台東区の区界の道路の下である。そして、台東区三ノ輪で常磐線のガードにぶつかりUターン。吉原の横を抜け、山谷堀で隅田川に注ぐのだ。ここから舟に乗り、蔵前などに向かうと、まさしく、吉原でことを終えた殿方の気持ちを体感できる。

 また、松尾芭蕉は、深川の邸宅から大川を遡上し、千住で下船した。この場所で矢立を行い、長い長い「奥の細道」の旅に出立したのだ。

 このような新旧の歴史に触れるツアーも舟運と町歩きの競演によって完成する。着地型観光の幅も広がる。

利便性の向上こそ、河川舟運の未来につながる

 以上のように、河川舟運における新たな観光目的のコンテンツ作りは、拡大するインバウンドをはじめとして、国内外のお客様を満足させるだけに余りある力量と考える。

 舟を運航するための法整備はもとより、人材を確保やコンテンツを充実させていくことによって、まだまだ、舟運観光の未来は明るいと感じているところである。

荒川から小名木川に向かう小松川水門
荒川から小名木川に向かう小松川水門・・・運河への入り口だ!

 なお、今般、この記事を書き進めるにあたり、「ハンドレッドリンクス・メンバー」でもあるジール社の平野社長に「舟運」全般のレクチャーを受けた。大変興味深い話も聞かせていただいた。この場を借りて、御礼申し上げる。

 船旅が今日明日という一過性ではない、新たな観光コンテンツとして成長することを切に望んで止まない。

ジールクルージング(https://www.zeal.ne.jp)

(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8

取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長

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