江戸から明治にかけて海運を担っていた北前船をテーマに、寄港地連携、地域間交流での活性化を図る「第34回北前船寄港地フォーラムin ひがし北海道・くしろ」が6月29日、北海道釧路市観光国際交流センターで開かれた。道東で開催は初めてで、全国から自治体や観光関係者、EU各国の大使館関係者ら約500人が出席。北前船が運んだ昆布の魅力を伝える鼎談のほか、道東各地でにぎわいを見せるアドベンチャートラベル(AT)の可能性を広げる討論などが行われた。東武トップツアーズ会長で北前船交流拡大機構の久保成人副会長は「釧路、ひがし北海道は、世界的価値、その水準の資源がたくさんある地。一方で広大であることから、サラサラと見て終わる旅やツアーが散見される。北海道といえば札幌という人が多くて残念だ。道東にある本当の宝を実感できる中身を伝え、しっかり体験してもらわなければならない。テーマや物語、ストーリーを固めながら、量ではない質が高い旅を生み、経済効果、地域振興へと結び付けてほしい」と総括した。
高田屋嘉兵衛を通じて北前船の役割を探る
同フォーラムでは冒頭、秋田県の猿田和三副知事が「釧路市内を見て回ったが、米町ふるさと館を施工した工藤恒吉棟梁は秋田出身。明治時代から秋田県と釧路市は交流があり、秋田銀行も昭和39年から拠点がある。行員は遠い釧路に行く際と帰りは帰りたくない思いから2度泣くという伝説がある」と、エピソードを披露した。フォーラムに向けては、「北海道の名産である昆布や高田屋嘉兵衛の生涯を振り返ることが、改めて歴史の意義を掘り起こし、地域の活性化や発展につなげたい」と期待を込めた。
福井県の中村保博副知事はまず、元旦に発生した能登半島地震への支援について謝辞を述べた。3月16日に開業した北陸新幹線に触れ、「無事に開業ができたが、開業日は盆と正月が一度に来たかのようだった。終着駅である敦賀駅の隣である美浜町が昨日、日本遺産の認定を受けた。新幹線は敦賀がゴールでなく、大阪が終着地となる。歴史が人や物を運ぶ意味では、北前船のルートと似ている」と紹介した。フォーラムについては、「それぞれの土地の産物や文化財を自慢する場であり、受け入れる場である。違いを楽しむというネットワークが地域の活力となるはずだ」と語った。
北前船日本遺産協議会52自治体代表で岡山県倉敷市の伊東香織市長は、「前回の第33回大会では、岡山県の岡山市、倉敷市、瀬戸内市、備前市、玉野市に多くの人に訪れていただいた」と前回大会の参加への謝意を述べた。日本遺産として新たに3自治体が増えたことについても触れ、「北前船の寄港地は、今年度に福井県の美浜町、新潟県村上市、岡山県岡山市が一緒になり、日本最大の日本遺産ネットワークとなっている。北海道で生産したニシンの搾りかすは、倉敷市の紡績業の綿花の栽培で一番良い肥料となっている。交流はますますつながっていくはずだ」と話した。
島根県浜田市の久保田章市市長は、「浜田市では第30回の大会を予定していたが、コロナ禍で開催できなかったが、今回はあいさつの機会をいただいた」と謝意を述べた。浜田市とひがし北海道とのつながりについて触れ、「浜田市には北前船の寄港地である外ノ浦があるが、昆布を北海道から浜田に持ってきた記録が残っている。浜田からは石見焼で作った水瓶が送られており、釧路や根室で確認されている。来年開催予定の大阪・関西万博では、メインステージで石見神楽の上演が行われる予定である。皆さまとは、国内だけでなく、海外にも北前船を含めた日本の魅力を発信していきたい」と呼び掛けた。
北前船交流拡大機構の新田嘉一名誉会長のメッセージを代読する山形県酒田市の佐藤猛議長は、「太平洋側で初めてとなる本大会は、地域間のつながりを育ててきた本フォーラムの意味をさらに強くする。北前船がつないだ文化や品々は、北海道と能登半島地震の被災地となった北陸とも深い縁を結んでいる。人や建物の足跡は残り、今後において脚光を浴びるだろう」と、北前船の可能性を示した。
来賓からは、観光庁の髙橋一郎長官が「今回のフォーラムは、帯広、女満別、中標津の3空港からの体験が行われ、道東の新しい観光のモデルとなった」と事前に行われたエクスカーションを評価。また、大会におけるうねるような熱気、熱意、志、強い意志に驚きを示しながら、「日頃から日本の宝は、地方、地域にこそあると確信している。全国各地の観光資源の可能性、ポテンシャルには限りがない。ありのままの自然、長年地域で受け継いできた暮らしや文化、地域で生きる人の生きざまそのものが特別な価値である。それらを観光として新たな成長力と誇りに変え、次世代、未来世代に受け継いでほしい」と訴えた。
北海道の鈴木直道知事は、「北前船は江戸から明治の初期にかけて、蝦夷地、そして大阪を結ぶ開運の大動脈として、そしてこの寄港地で積み荷を売りさばきながら特産品を仕入れて運び、全国各地での経済的な恩恵、文化交流をもたらしてきた」と功績を振り返り、「わが国でのだし文化を育むほか、民謡についても江差追分、そしてソーラン節といった北海道で受け継がれている。今回は高田屋嘉兵衛ゆかりの地でのフォーラム開催となるが、北前船交流拡大機構とは連携協定の中で、各地に残されているさまざまなストーリーを伝えていきたい」と、さらなる連携、発信での協力を約束した。
日本航空の柏頼之取締役専務執行役員は、「私自身は北前船初心者だったが、会場の素晴らしさ、盛会さに圧倒されている。地域と地域のマルチのつながりを深めていくこと、そして地域と世界各地が複線、あるいは複々線でつながっていくことが日本にとってもっとも大切なことである。航空業界も貢献していく」とフォーラムへの所感を述べた。また、7月1日には航空業界の持続的な成長・発展に向けた調査研究などに取り組むシンクタンク「JAL航空みらいラボ」を設立することを紹介した。
JR北海道の綿貫泰之社長は、「私は、2009年に北海道松前で開かれた第4回の大会から参加しているが、年々大きくなっている。JR6社は鉄道でつながっており、さまざまなキャンペーンを行っているが、北海道では航空会社やバス会社とも連携している。観光列車を運行する上では、地域の自治体など関係者が駅などでさまざまなおもてなしを実施されている」と鉄道運行で関係する人たちへ感謝を述べた。また、今後においては地域の自然、食だけではなく、文化についても知ってもらえる機会を作っていく方針を示した。
全日本空輸の矢澤潤子取締役常務執行役員は、「ANAは、来年には釧路就航50周年、中標津では35周年を迎える。今夏にはANAとピーチが増便を行い、まずます日本中から、世界中から羽田や大阪を経由してこの魅力あるエリアに人と送りたい」とさらなる誘客へ力を込めた。このほか、3月に健康増進を目的に日本サッカー協会と連携して実施したウォーキングフットボール大会について説明した。
①昆布物語②高田屋嘉兵衛③アドベンチャートラベル(AT)の3部構成
同フォーラムは、3部構成でトークセッションを進行。冒頭、ファシリテーターを務めた北前船交流拡大寄稿の浜名正勝参与が、北海道では5年ぶり5回目の開催となるフォーラムについて説明した。また、元旦に発生した能登半島地震について触れ、「私は、被災地の一つである石川県珠洲市の出身だ。小さいころに遊んだ海が干上がり陸化するほか、山や田畑が崩れたままで、復興には時間がかかる。多くの人たちからの地域への応援には感謝している」と謝意を述べた。
昆布のうま味を伝えることが和食文化のさらなる発展に
「昆布物語 総集編」を題に行われた第1部では、まず昆布の老舗である奥井海生堂(福井県敦賀市)の奥井隆社長が「昆布と和食の素晴らしさ」をテーマに講演。世界の最高峰といわれる和食文化を支える昆布の魅力を多角度から説明した。奥井社長は、日本の和食文化注目される理由として、脂肪分を減らしてうま味成分を増やしているだしや、世界トップの海洋資源や水に恵まれる環境、「走り」「旬」「名残」とひとつの食材を愛でる日本ならではの1000年以上の歴史を持つ食文化などを挙げた。また、昆布だしのうま味が母乳と成分が近いことを紹介。「人類の味覚は和食を楽しむためにある。おいしさの理由を世界に伝えられれば、和食の世界での人気はさらに高まるはずだ」と訴えた。
奥井社長に加え、北海道釧路町の小松茂町長、浜中漁業協同組合の山﨑貞夫組合長を迎えた鼎談では、山﨑組合長が世界における昆布の評価の高さを伝えるとともに、海水温の上昇による昆布資源の減少への課題を述べた。 小松町長は、釧路町の若者が中心となり開発した2年熟成の昆布「黄金昆布」のだし汁を紹介。試飲をした奥井社長は、「くさみがなく、うま味がしっかりとしている」と話すとともに、かつお節との相性の良さを伝えた。
道東に残る北前船の痕跡
「高田屋嘉兵衛を辻て北前船主の大きな役割を探る」をテーマにおこなわれた第2部は、札幌大学の川上淳教授が「高田屋嘉兵衛と日露交渉」、小樽商科大学の高野宏康客員研究員が「北前船とひがし北海道のつながり」を題に講演。川上教授は、道東各地に残る北前船の痕跡とともに、高田屋嘉兵衛と関連するレザノフ来航、フヴォストフらの樺太・択捉島襲撃、国後島でのゴロウニン捕縛、国後島でのリコルドによる高田屋嘉兵衛連行事件などを説示した。
高野研究員は、昆布の流通と北前船の関わりとして、昆布はひがし北海道の特徴的な積み荷であり、幕府により交易統制されたが、天保期には薩摩藩が買い付け・輸送を富山の売薬商、船主に請け負わせて密貿易を展開したことや、昆布はニシンやサケと異なり、薩摩、琉球・中国などにおよぶ広大な取引領域が形成されていたことなどを解説した。また、ひがし北海道の北前船交易の担い手や、北前船ゆかりの地と遺産を紹介した。
“ジモト”に残すべき観光資源、鉄道旅
フォーラムの締めくくりとなる第3部では、「アドベンチャートラベルの聖地-JR(ジモトレール)を利用した格別な体験のへのご招待-」をテーマに、環境省釧路自然環境事務所の岡野隆宏所長、北海道ネイチャーセンターの坂本昌彦社長、大地のりんご代表でConnectripの道山マミ代表理事、釧路新聞社の星匠社長、北海道釧路市の蝦名大也市長の5人が登壇。司会は、JR北海道の戸川達雄執行役員釧路支社長が務めた。戸川支社長はアドベンチャートラベルを進めるために必要なこととして、①ほかにないユニークさ②挑戦③自己変革④ローインパクト⑤健康-を挙げた。一方で、道東の鉄道の状況として、釧網線が年間16億円、花咲線が年間11億円の赤字となっていることを打ち明け、「国からは3年間での抜本策を求められている。なくすにはあまりにも惜しい。地域には、アドベンチャートラベルにおける世界最高の聖地になれるポテンシャルがある。それぞれの魅力をそれぞれの地域が結び付いてつながり、そして交流して相乗効果を生んでいきたい」と話した。また、地元に根付く鉄道として、「JRはジャパンレールの略語ではあるが、われわれではジモトレールとして見ていただき、皆さまに可愛がっていただく存在としてありたい」と来場者に呼び掛けた。
岡野所長は、道東の国立公園や国定公園をわが国を代表するに足る傑出した自然の風景地として案内するほか、国立公園の来訪者や地域に約束するブランドプロミス(2023年6月決定)を説明。提供価値として、多様な自然風景と、生活・文化・歴史が凝縮された物語を知ることで、忘れられない唯一無二の感動や体験ができることを挙げるほか、ブランドメッセージ「その自然には、物語がある。」を紹介した。道東地域における自然の豊かさの象徴である希少種についても触れ、観光利用における配慮の必要性、生きている環境や他の生きものとのつながり・保全の取り組みや歴史の解説、観光の利益による環境や種の保全につながる仕組みづくりといった保護と利用の好循環を作ることの必要性を説いた。
坂本社長は、大雪山国立公園のエコツアーとアウトドアガイドの仕事を紹介した。このほか、ひがし北海道が農業王国であることや、1926年に起こった十勝岳の爆発による木材や生態系への影響など説明した。
道山代表理事は、景観・産業・宿泊が連動した新しい旅の形を提案するほか、メッセンジャーであり、セキュリティー機能を有するガイドの必要性を訴えた。また、現在造成する地域産品を軸に産業が営まれる景観や、人の暮らし、地域食材に触れられるツアーを紹介した。
星社長は、花咲線を軸とした公共交通機関と自転車を組み合わせた旅を提案。昨年に実証事件を実施した小径時点車・ブロンプトンを活用したサイクルトレインの取り組みを報告するほか、9月26~29日に催行する釧路空港を出発し、根室の納沙布岬に向かう旅を紹介した。星社長は「時代に合った手法を用いることが重要」と語った。
蝦名市長は、「釧路湿原国立公園」「阿寒摩周国立公園」の2つの国立公園を有する釧路市を、豊かな自然やアイヌ文化などの魅力を持つ、世界に誇る観光地「阿寒湖温泉エリア」、釧路湿原の生態系を維持しつつ、そこから得られる恵みを持続的に活用する「釧路湿原エリア」、駅・港・空港をゆうするひがし北海道の玄関口であり、食や観光が楽しめる「市街地エリア」の3つに分けて紹介した。今後は、観光地としての飛躍を遂げるために歴史やストーリーなどが感じられるアドベンチャートラベルを国内、世界に発信する。また、釧網線を走る「ノロッコ号」の2025年度における引退について言及。「釧網線の利用者の約6割が観光客である。乗車が旅の目的であり、地域への経済波及効果は大きい」と、JR北海道に運行の継続を要望した。
次回の大会は、11月22、23日に北陸(石川県加賀市、福井県)で開かれる。また、2025年度は秋に長野で開かれる予定。
取材 ツーリズムメディアサービス編集部