Act.2「いきあたりばったりは豊か?」
「日本人は行列が好き」とよく言われている。TVで紹介されたカフェやラーメン屋、日本初出店の海外のスイーツ屋、自分の番が果たしてくるのだろうか、と不安がることもなく楽しそうに並ぶ光景は昔から変わることは無い。
旅もしばし行列することが目的になることがある。インターネットとSNSの登場が間違いなくその流れを加速させた。旅先のおすすめを誰かに相談することがなくなった現在、行先を決めるのはその人の脳内にある限られた情報、それはスマホに流れてきた誰かの写真や動画や口コミ。だから旅先は誰もが行きたがる場所に集中する。「〇〇を食べに行く食べに旅に出る」と同時に思う人の数は、パンフレットやTVの旅番組を見て出かけていたあの頃とは格段に違う。だから間違いなく行列になり、同じものを提供しているはずの2番手の店との列の長さはまるで異なる。
唯一の旅の目的が、とある場所のランチだったとして、行列して昼食にありつくまでに数時間かかったとすればあなたはどう思うだろう。それもまた旅の楽しみ、と笑って過ごせるだろうか。ましてや、延々と並んだ挙句、自分の前の人で本日終了、となったらば。2015年3月に金沢まで開業した北陸新幹線。開業時は新たに開業した各駅にランチ難民観光客が続出した。新幹線の輸送力は大きい。海鮮丼も白エビも寿司も、みな店が早々と暖簾を下すはめになった。観光客を受け入れるためには十分にコメを炊いて、とあちこちに言い歩いたのを覚えている。
事前予約が当たり前に
観光においてコロナ禍がもたらした数少ない福音は、「事前予約」という顧客のニーズに合わせることができる観光事業者が増えてきたことだ。観光施設の入場券を買うために行列し、やっと買えたと思ったら今度は買ったばかりの入場券の半券をもぎ取られるためにまたゲートに並ぶ。なんでこんなこと、する必要があるのだろうとずっと思っていたが、これらも急速にオンラインでチケットが買えるようになってきた。しかもキャッシュレス。事前に入場者数が把握できる、現金を数える手間が減るなどメリットは計り知れない一方で、まだまだ行政やDMOが管理する施設は昔のままのところも多い。
新幹線で昼前に地方の駅に到着予定のお客さまのキモチ。まずはその地の名物を一番の有名店で食べたい。そのあとは〇〇(観光施設)へ行きたい。でも〇〇の入場は午後4時まで。間に合うだろうか。駅前から〇〇まではタクシーで15分くらい、でもこの町でそもそも首尾よくタクシーは捕まるだろうか。宿には18時までにチェックインしないと夕食の時間に間に合わない。更に宿まで行くタクシーは…と不安を抱えながら旅している。
結局のところ、アプローチとなる飛行機や新幹線と宿以外、旅のほとんどの素材が行き当たりばったり。だからちっとも豊かな旅にならない。予約ができたり、できなくても整理券をWebで引くことができるなどさまざまなサービスは導入されているけれど、地方で観光客向けに提供されているものはまだまだ数少ない。人の流れがますます特定の地域に偏ると予言せずにはいられないのは、こうして旅人のキモチになれば当たり前に思う「高いお金を払ってでも並びたくない」ということに対応できる場所が限られるからだ。
テーマパークのファストパスが全廃され、一方で追加料金を払うプランですらなかなか先の予約が取れない現状を見るにつけ、いきあたりばったりのお客さまの行列で「うれしい悲鳴」などという状況を喜んでいていいのだろうか。
寄稿者 高橋敦司(たかはし・あつし) ㈱ジェイアール東日本企画 常務取締役CDO