観光庁は2024年7月1日に幹部人事を発表し、同日付けで観光庁観光地域振興部長に長﨑敏志氏が就任した。長﨑氏は2014年から2年に渡り観光庁観光資源課長を務めており、当時は全国の観光コンテンツの整備事業を手掛けていた。今回は8年ぶりに観光庁に戻り地域振興部長に着任した長﨑氏と、政府の観光政策に精通し、全国で観光コンテンツの開発や観光人材教育を幅広く手掛けている内閣府地域活性化伝道師で跡見学園女子大学の篠原靖准教授に、今後の観光地域振興の課題と可能性を聞いた。(取材は7月21日に観光庁観光地域振興部長室にて)
――長﨑部長が観光庁に戻るのは8年ぶりとなった。
篠原 お帰りなさい。私が知る長﨑部長は、観光庁を離れた後も全国で観光振興に携わられてきた。深い交流をされながら、多くの地域に支援をしてきた。温和な性格で観光をこよなく愛される長﨑さんには全国に多くのファンが付いており、今回の就任も待望した人が多くいる。
長﨑 そのような話を聞くと一層身が引き締まる。7月1日に着任したが、3日前にはとある場所で観光関連の会議に参加した際に、行く先々で皆様から「お帰りなさい」と言っていただいた。覚えていていただいた喜びとともに、「やってやるぞ」と心新たにしているところです。
前に観光庁に観光資源課長として在籍していたのは2014年7月から2年間だった。振り返ると、2013年には訪日外国人は1036万人となり、初めて1000万人を超えた。2015年は1974万人となり、ほぼ2000万人まで達成するとともに、アウトバウンドとインバウンドの数字が逆転する転換期だったと言える。
当時の観光庁は、ビジット・ジャパン・キャンペーンを代表するように、インバウンドの数字を上げるためにさまざまなキャンペーンで諸外国に打って出くのが主な取り組みだった。一方で、私が担当していた地域観光部門は、予算の規模が少なく、10億円ほどだった。それが2016年には60億円へと劇的に増えたが、一方で急激に増える予算をどうすれば真の意味ある形で地域観光振興に資する施策が打てるかを日々悩んでいた。
篠原先生とは当時の戦友と言うか、共に苦労をしながら取り組みを推進してきた。お帰りなさいと言っていただいたが、当時のことを思い出し、また心新たになった。
篠原 当時はインバウンドが大きく進捗した時期であり、地域の受け入れ環境をしっかりと作り上げようというまさにインバウンドの創成期だった。それから8年が経過したが、日本の観光はコロナ禍を経て大きく変容している。第4次「観光立国推進基本計画」には「持続可能な観光」「消費額の拡大」「地方誘客の促進」の3つの戦略が示されているが、日本経済を支える屋台骨としての観光、観光による地方消費を向上させる地方創生としての観光の位置付けと重要性を改めて感じている。
――長﨑部長は前職では国際博覧会推進本部事務局次長を務めていたが、万博への思いを伺いたい。
長﨑 万博に関しては、開催まで1年を切り、諸準備もまさに大詰めを迎えるところであったため、このタイミング去ることについて、残された職員に申し訳ない気持ちと、自分自身も心残りな気持ちがある。一方で、こうして観光庁で地域観光を担当することになったので、新たなポジションで万博の役に立ちたいと思っている。具体的には、来場者は2290万人を目標にしているが、2000万人強の来場者のうちの一定割合である350万人は海外からの来場者を想定している。これを実現するには、万博だけでなく、大阪関西をはじめ日本の各地を巡る新たな体験や発見をPRしていく必要がある。万博+観光と言う観点で引き続き貢献していきたい。
また、万博は、“未来社会の実験場”をコンセプトに、空飛ぶクルマや自動翻訳といった最新の技術を提示できるよう準備している。技術は日進月歩であり、どの段階までお見せできるかは未確定なところはあるが、日本の国民の皆様にも、遠い未来を見ていく取り組み機会として、ぜひ会場に来て、ご自身の目でぜひ見ていただきたい。
――劇的に8年間で大きく日本の観光は変わってきたが、現在の課題は、前回の在籍時とどう変化しているか。
長﨑 政府においては、かつて私が観光庁にいたころは、インバウンド2000万人の達成を目指すなど、人数ベース、つまり“量”の政策目標であったが、現在は、昨年策定した第4次の観光立国推進基本計画において、整理したように「持続可能な観光」、「消費拡大」、「地方誘客促進」の3つの戦略として整理がされているように、消費額や地域経済への貢献といった“量”と“質”の二兎を追うように視点が変わった。これは、わが国経済社会における観光の位置付けが高まる中で、観光立国を実現することはどういう意味があるかを政府内でより精緻に議論し、社会的意義を分かっていただける論理構成をした結果だと認識している。
3つの課題についての自分なりの考えを申し上げると、「持続可能な観光」については、今後は物見遊山的な楽しいことを生み出すだけでなく、産業として位置付けて育てていかなければならない。かつて、観光はホテル・旅館や旅行業者がけん引していたが、時代の変化の中で日本版DMOが生まれた。今後はDMOをどう育成するか、またランドオペレータ―、OTAなど新たな業種に対しても、われわれ観光庁として明確な位置付けを持ち、どのような形で業務を適正化するかなどの課題に向き合いながら、産業育成をしていかなければならない。
「消費拡大」で言うと、日本経済はここ20、30年で大きく変化している。つまり、かつては日本は貿易立国として工業製品の輸出で経済を支えていたが、昨年は5.3兆円の貿易赤字となっており、大きく産業構造が変わっている。さらに言うと、最近はデジタル赤字という言葉がよく新聞紙上でも出てくるが、「GAFAM」に代表される海外の巨大IT企業の伸長により、5兆円超の規模で海外に資金が流出している。かつてのような成功モデルは通用しなくなっており、貿易でもデジタルでもない違った形で稼ぐ力を作らねばならない。インバウンドは数兆円規模の収支改善効果が見込める“希望の星”であり、宿泊や交通費だけでなく、買い物、各種体験も含めた幅広い消費を獲得するため、地域の観光資源を磨き上げ、適正な価格で売り出す必要がある。
最後に、「地方誘客の促進」の観点で言うと、インバウンドの効果を都市部だけで止まらず全国各地の津々浦々に波及させていくことは、昨今話題になっている“消滅可能性自治体”への対策にもなると考えている。自分も地方出身だからこそわかるのだが、過疎地の問題は出生率の向上や子育て環境の改善だけでは解決しない。「故郷への誇り」と「生活を守る生業」が大前提だと思っている。その意味では、地域の隠れた価値を見出し、磨き上げ、それを商品化し、さらにそれを売り込んでいくという観光の取り組みは、現在地方部が抱える課題に対し、これ以上ない解決策だと考えます。そのためにも、私は全国各地で観光を核とした地域活性化に取り組む方々と手を取り合ってロールモデルを提示していきたいと考えている。
篠原 観光庁の本年度の予算は前年度比1.64倍の約503億1800万円となった。持続可能な観光地域づくり、地方を中心としたインバウンド誘客の戦略的取組、国内交流の拡大に向けて多岐にわたり大きく動き出している。これは、今こそ新たな観光立国の幕開けだと言える。一方で、産業構造が変わり、日本が得意分野として食い扶持にしてきた産業の多くが衰退している。冷静に考えて、今後の日本経済において何に伸び代があるかと見渡しても、やはりインバウンド消費を外貨として稼いでいくことが今後の日本の食い扶持であると確信している。
先程の話にも出ていたが、今までの観光庁の政策では、ずっと数を追ってきた面が正直あった。4000万人の目標は概ね達成できるだろうが、2030年には6000万人の大目標がある。数を追う政策から改めて観光消費の拡大を戦略的に動く事が重要であり、どこの国のどの様なお客様にお越しいただくのかの政府戦略、そしてそのお客様が地域に訪れ一番大切になるのは、地域に訪れた際に買いたいと思える商品を用意できているかが課題だ。訪問いただいた後の地域の消費戦略が双方に確立しなくてはならない。例えば道の駅をベースにした地域の生活文化を体験できるインバウンド消費を念頭においた着地型旅行商品開発や観光をベースにした地域産品のブランド戦略などが不可欠になる。
長﨑 その通りだ。地方誘客を進めるためには、まずは地域の魅力やポテンシャルを見出し、それを旅行商品に仕立てるブランド戦略を策定する必要がある。その際、地元の方だけでは当たり前すぎてわからないこともあり、第三者的な視点も必要な時もある。また、旅行商品を高質化し、正当な対価で旅行者に提供し、地元に収益が生まれるモデルを作るためには、従来の狭い観光関係者だけでなく、もっと幅広い地域の関係者の参画・協力が必要である。そのためにはDMOの仕組みを有効に活用していく必要がある。DMOの概念はまだまだ地域に浸透しておらず、まだ途上段階ではあるが、「これが日本版DMOだ」という事例をぜひ作り上げたい。
観光庁では予算の増加に合わせてさまざまな支援メニューを用意しているが、それらが有効に活用され、真に地域に役に立つよう、組織を挙げて取り組んでいきたい。
篠原 観光庁に限らず同じ自治体が言葉を変えながら複数の省庁の事業に応募をして採択されている事例を目にするが場合があるが、観光庁内では単発事業の評価では無く、自治体毎の観光政策をトータルでの評価を行う必要がある。また持続可能な観光を維持するには、いまだに集中しがちなメジャーな有名観光地への一極集中から脱却しなければならない。改めて地域が総力戦で地方の生活文化や、体験、滞在、交流の切り口で観光資源を磨き上げ、それらをマネタイズできる価値に変容させ「稼ぐ観光」として観光消費額を拡大していかなければならない。また、これを見える化させていかなければ、稼ぐ仕組みはできてこない。
長崎 支援メニューが増えたのはいいが、バラバラになっては元も子もない。観光庁の側でも各担当が縦割りにならず、地域ごとに戦略性をもって支援するようにしていきたい。
篠原 観光庁の努力もあり、DMOは順調に数を伸ばしているが、機能不全の面もある。DMOについて、現状についてどう考えているか。
長﨑 DMOに関しては、本年4月末の時点で、「広域連携DMO」10件、「地域連携DMO」114件、「地域DMO」177件の計301件と登録件数が順調に伸びてきており、形態毎にそれぞれの役割分担と位置付け整理もなされてきているなど、一定の成果は上げられている。一方で、DMOの機能が十分に最大限発揮されているかどうかについてはまだまだ課題があると聞いている。さまざまな形態、目的のDMOが設立されている中で、十把一絡げにしてDMOの設立数だけを追っても意味がない。
また、特定の地域の成功体験を重視しすぎて異なる地域に無理に当てはめようとしても、摩擦を生むことがある。地域の実情やDMOの発展状況に応じた丁寧な育成が求められている。解決手法が人材派遣なのか、経済的な支援なのかはわからないが、おそらくは、“これをやればうまくいく”といった単純なものではない。篠原先生をはじめ長年この問題に取り組んでおられる方のアドバイスや意見を聞きながら、自分の役割を見定めていきたい。
篠原 地域ごとに全て事情が異なる。私が地域で一番感じるのは、観光産業全体で賃金が上がっていく仕組みができていないということ。地域観光においても稼ぐ力の中で、高単価でも泊っていただき、消費を増やさないと、結果として地域の人たちの給与は上がらない。年収300万円近くで頑張っている人たちも多いが、やはり限界がある。地域全体で観光をベースにした稼ぐ仕組みが確立し、産業構造が変われば本来のDMOの役割が認知され担う優秀な人材も確保できる。
長﨑 おそらく高価格化のためには、高付加価値化も併せて組まないと、持続可能な成長モデルは築けない。最近はやりの“ステルス”値上げは観光の世界では決してあってはならないと思っている。もちろん、高付加価値化をするということは、当然コストがかかるし手間も増える。一方で、頑張って作ったものをお客様にすごいと評価されれば、携わってきた方も努力が報われたと思いさらに高みを目指すようになる。青臭いことを申し上げるかもしれないが、私はそういう好循環を生み出したい。
篠原 私は観光学部で教鞭をとり学生たちを観光人材を業界に送り出しているが、最初はお客様から褒められたり、感謝されたりしてやりがいを持つが、5、6年たつと他産業で働く同級生との賃金格差が浮き彫りとなったり、厳しい就業環境に気づき、結果としてマインドが離れ、業界から人材が流出してしまってはお互いが不幸になる。
長﨑 おっしゃる通りだ。やりがいの切り売りでは若い人材はどんどん去っていく。観光庁として賃金について直接口をはさむことはできないが、職員の努力とその満足感だけに頼らず、成果に報いる好循環が必要だと思います。幸いDMOは幅広い関係者が集まる枠組みであり、他の参画者の待遇などもいやがおうにも目や耳に入る。そういった流れを通じ全体として待遇や賃金が改善する方向に導いていきたい。
――観光庁の支援事業はここ数年かなり充実してきた。
篠原 今まで観光とは無縁だった地域が改めて地域資源を見つめ直し、観光の視点で地域の顧客価値を想像しながら受け入れ態勢の整備をしていこうという自治体は間違いなく増加している。今年度において、観光庁の事業の中でも特に注目されている事業として、観光資源課が行っている「地域観光新発見事業」がある。この事業には私も事業設計から関わっているが、1次・2次を合わせて719件が採択されて今実際に動き出している。
長﨑 地域観光新発見事業は、地域の観光資源を活用した地方誘客に資する観光コンテンツについて、十分なマーケティングデータを生かした磨き上げから適時適切な誘客につながる販路開拓および情報発信の一貫した支援を実施するもの。国内外の観光客の地方誘客を促進するため、インバウンドに限らず国内観光客の地方誘客に資する観光コンテンツの造成を行うことができる点が特徴となっている。そして、観光消費を創出するための仕掛けづくりを行い、本事業を契機に、地域において観光的価値を高め、稼げる観光を目指していただきたいと考えている。
昔話ばかりして恐縮だが、私が観光資源課長を務めていた頃は、予算を確保しても、地域の方が観光庁をパートナーとして認識して頂けていなくて、申請が集まらず苦労していた。日本全国を行脚しながら、このような事業があるからと説明して回った記憶がある。もちろん、地域の側でも観光資源を商品化するマインドがまだなかったという面もあろうかと思う。そう考えると今は状況が全く異なっており、予算規模も格段に大きくなり、また全国各地から多数の申請が上がってきており、倍率は想像を上回るぐらい高くなっている。
篠原 同事業においては、観光資源課の豊重巨之新コンテンツ開発推進室長が補正の準備段階から告知の準備や、1日でも公募の期間を長くしようと尽力されていた。担当者を含めた観光庁全体の情熱が大きくなってきており、また攻めの姿勢があったからこそ今の舞台に上がってきた。
長﨑 より良いものを支援することは、観光庁の職員のやりがいにもつながっている。同じ苦労をするなら、互いに情熱があったほうがいい。地域の方々によるわれわれへの協力に対してはありがたく感じている。
――希望に満ちた船出と言ってよく、観光立国が動き出している。しかし、その裏側には課題も山積しているはずだ。日本全国を含めた国内外の観光関係者にメッセージを。
長﨑 コロナ禍がほぼ収束し、われわれ観光庁の取り組みも新たなステージに入っている。インバウンドの数は極めて順調であり、2024年に関しては過去最高の3500万人が視野に入っている。旅行消費額についても、堅調に推移している。
一方で、コロナ前と比べて、東京、大阪、京都、名古屋といった都市圏への集中が益々高まっており、日本全国に好循環を行き渡らせることは喫緊の課題である。より一層観光資源を磨き上げ、さらに高付加価値化、それに対する正当な価格設定で好循環を作りだし、成果や効果を日本各地に波及していかなければならない。われわれ観光庁としても、より地域に入り込み、また運輸局であるとか、組織のフル動員をしながら地域に自信をもって取り組みをしてもらう機運を高めていきたい。
ちょうどよいタイミングで、ライドシェアの関係など2次交通への課題、対策の話が出てきている。今は、地域の足の解消を図るため、運輸局が館内を行脚して足の確保について地域に尋ねる取り組みを行っているところだ。生活交通だけでなく、観光の2次交通という関係も当然あるわけで、このような機会を使いながら、地域の声を聞くだけでなく、われわれの取り組みであるとか課題認識を理解していただく取り組みも行っていきたい。
これからは、具体的な成果を積み上げていく段階に来ている。私が行いたいのは、制度も大切だが、私の前任も含めて観光庁の関係者の方々がこれまで注いできた努力を開花させること、それを肝に銘じて取り組んでいきたい。今後全国各地にお伺いしたいと思っているが、この記事をご覧になられる方におかれては、面会する際には観光庁の長﨑はこんな奴だと思ってぜひ率直な意見や要望をぶつけていただきたい。
どうか共に新しい日本の観光の未来を夢見て、誇るべきわが郷土、故郷を築き上げていきましょう。
篠原 パワーあふれる長﨑部長の観光戦略のもと観光立国を推進する全ての人々が団結し、新しい日本の観光の未来を築いていきたい。
聞き手 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通