フロリダ州タンパ
7月の異常な蒸し暑さの東京から、筆者は米国のDMOの統括的な民間機関であるDestinations International(本部ワシントンDC、以下DI)の年次総会に参加するためにこれまた暑い米国フロリダ州タンパに飛んだ。筆者の所属するANA総合研究所は同機関の会員であり、筆者もこの総会には3度目の出席となる。
タンパの日中の暑さも尋常ではなく、朝のジョギングシーンでは、大方の男性は上半身裸、女性もスポーツブラだけという格好だった。筆者も走ったが、流れる汗は東京の比ではなく、Tシャツなどを着ない理由がよく分かった次第である。また雷雨が多く、ハリケーンの通り道でもある。タンパはフロリダ州の西岸、メキシコ湾の奥に位置するタンパ湾に面した商工業・観光・保養都市であり、フロリダ州にある67ある郡の一つで規模的に19番目のヒルズボロ郡の郡庁所在地でもある。ヒルズボロ郡の人口は約150万人で九州・福岡市と同じ規模である。日本でもおなじみのNFL Tampa Bay BuccaneersとMLBのTampa Bay Raysのホームでもある。ディズニーワールドで有名なオーランドはフロリダ州の真ん中くらいに位置し、タンパとは130kmくらい離れていてちょうど東京と宇都宮くらいの距離になる。
熱気に包まれた総会
DIは年次総会を北米(カナダを含む)の各都市で開催している。北米だけで州レベルから郡、市、町にいたるまで約650のDMOが所在しており、この年次総会はこうした北米を含む世界の観光地経営関係者が一同に会する場となり、会場は熱気に包まれていた。
日本と大きく異なる点は女性の参加者が圧倒的に多く年齢層も幅広い点であろう。わが国の中高年のダークスーツの男性ばかりの観光関係の会合との違いが鮮明であり、米国におけるホスピタリティ産業の神髄を見せつけられた。筆者もそうだが、そこかしこで再会を喜び合いネットワーキングをする参加者たちの姿が見受けられた。
米国のDMO は100年超の歴史があり、わが国との最大の違いは民間主導である点だ。もともと全米各地で開催されるコンベンションや商談会の誘致を目的としたコンベンションビューロー(CVB)がその源であり、今でもDMOとは言わずCVBとかディステネーションと言っている。
今年は約30カ国から1,850名が参加し史上最多となり、北米以外では日本を含む豪亜地区、欧州各国の他、ウクライナやUSAID(米国版JICA)の支援でアルメニアやジョージアからも参加しており、国際色豊かな顔ぶれとなった。
規模も内容も年を追うごとに進化しているが、大会の構成や雰囲気、米国のDMO関係者にとってのこの大会の位置付けなどについては、筆者が昨年夏の大会の様子をつづった寄稿記事 「民間の力で活性化する地域経営~アメリカの底力~」(https://tms-media.jp/posts/8852/)を参照されたい。本稿では今回参加した会合や関係者との個別ミーティングなどを通じて得た知見などを読者の皆様と共有していくこととしたい。
DMOに求められる地域との協業、説明責任と合意形成
まず、DIにおいて総会を含むさまざまな会合を通じて強く訴求している点は、DMOには説明責任があり、カバーする地域や住民といかにコミュニケーションを図り、合意形成を行い、観光が地域にもたらす価値をいかに共有化しているかという点であろう。
総会に先だちDI側のアレンジで地元タンパのDMO、Visit Tampa Bay(以下VTB)を訪問できた。設立40年の歴史をもち就任11年目のCEOのサンティアーゴ・コラーダ氏自ら1時間ほど熱く語ってくれた。タンパに郡庁を置くフロリダ州ヒルズボロ郡をカバーするVTBは非営利の団体であり、同地の観光による地域振興の司令塔として機能している。
観光産業は、ヒルズボロ郡の経済発展の重要な原動力であり、観光客による57億ドルの消費は、郡全体で89億ドルの売り上げを支え、これらの売り上げは5万9,329人の雇用を創出し、関連する所得は30億ドルを超える。雇用と収入以外にも、ヒルズボロの住民は、州税と地方税で5億3,500万ドル以上の収入を観光業から得ており一世帯にとっては955ドルの節税効果がある。これらの収入は学校や道路や輸送インフラ、公共安全面、公園などの整備に充てられているそうだ。 VTBのミッションにはタンパの魅力を世界に伝え観光客の誘致により地域に経済発展をもたらすと明記され、その経済効果について絶えず発信を行っている。そしてVTBは約900のステークホルダーと協業によってさまざまな取り組みを行っている。ステークホルダーには、ホテルやMLBやNFLの地元チームのようなメジャーな相手から、家族経営の地元レストランまでさまざまで、VTBが零細な地元事業者をサポートすべく、多くの地元の料理店のレシピを集めた本(下記写真)の出版も行い、また地域物産のみを販売するセレクトショップも運営している。
CEOのサンティアーゴ氏は仕事の大半をステークホルダーとの協業と対話、議会や行政への説明に割いていると語っていた。仕事熱心な彼は筆者の東京からのメールの問い合わせに対して現地が休日の土曜日の昼であったにもかかわらず、ものの数分で携帯から返事を寄せてくれた。
VTBではステークホルダーによってさまざまな委員会が組織され、VTBの業務を監督しサポートする体制となっている。VTBのオフィスには地元スタートアップ企業向けのワークスペースや、情報発信のための専門のスタジオまで完備されていた。地域との協業と合意形成、そして説明責任はVTBの主たる運営資金が郡政府による宿泊税収の配賦による点も大きい。宿泊税の話は後述したい。
またタンパベイのお隣ピネラス郡に位置するクリアウオーター市はビーチリゾートで有名だそうだが、やはり観光の価値をいかに地域・住民に落とし込むか対話を絶やさないそうだ。実際、観光客によって2023年実績で67億ドルのお金が落ち、そのうち30億ドルがレストランや小売店の投資に回され、109億ドルの経済効果と10万5,800人もの雇用が創出され、毎年住民ひとり当たり850ドルもの節税効果がある。さらには、主要なフェスティバルやイベントも来訪客からの旅行者税がもたらしていることを住民に対して理解を促しているとクリアウオーター市のDMOであるセントピートクリアウオーターのブライアン・ロウワック氏は語っている。
ロサンゼルスのDMOであるLos Angeles Tourism&Convention Boardにおいては、地域が経済、社会(コミュニティ)、環境面から持続的に発展が遂げられるよう、GSTC*1の地域基準に照らしながら運営を行っているそうだ。DIはこうした地域との対話と価値の共有をCommunity Shared Valueと呼び、地域や住民との合意形成の重要性を説き、観光には我が国の「住んでよし 訪れてよし」の上をいく「(地域に)訪れて・暮らして・働いて・遊んで・投資を呼び込む」力があると説き、全米市長会の賛同も経てDestination Effectキャンペーンを今年から立ち上げた。このように地域や住民とコミュケーションがとられ、観光客の誘致に対して合意形成がなされている米国の地域においては欧州や日本で取り上げられているオーバーツーリズムという事象は起こりにくいと思われる。仮にそうしたリスクがあったとしてもナショナルパークを抱えるあるDMOのように地域との話し合いのもと時間指定入場を導入し事前に回避を図っている。
ダイナミックな米国DMOの運営資金
こうした説明責任や、その説得力の背景にあるのがDMOの財源である。この財源についても触れてみたい。
既出のVTBにおいては運営資金の9割は郡政府から配分される宿泊税(Tourist Development Tax、以下TDT)である。これは宿泊をともなう旅行客にホテル料金の6%を課税し徴収している。郡全体で得られる税収の41%がVTBに配賦されている。郡全体でのTDTは2023年実績で6,600万ドル、これが人口150万人の地域における宿泊税収である。翻って東京都における宿泊税収額は令和5年予算ベースで僅か16.7億円(出典:宿泊税20年間の実績と今後のあり方 令和5年6月 東京都主税局)である。これは東京都の課税額が定額で、宿泊料金1万円以上1万5千円未満で一律100円、1万5千円以上で200円という設定になっていることに起因している。ここではその是非は問わないが、この宿泊税については筆者6月の寄稿記事を参照されたい。(https://tms-media.jp/posts/32077/)
VTBではこの税収より2,300万ドルの運営資金を得ている。VTBがエネルギッシュに活動できるのはこの潤沢な資金によるものであることは自明であろう。
運営資金についてVTBで驚嘆させられた筆者だが、今度はこの話を聞いて度肝を抜かれた。ヒューストンのDMO、Houston first(以下Hf)である。ANAのヒューストン支店長の紹介でHfのSVP(シニアバイスプレジデント)とランチミーティングを行った。ヒューストンは人口700万人の全米第4の都市であり、Hfは10年以上の時間をかけてヒューストン市の複数の機関・施設などが再編・統合され現在の形になっているそうだ。ヒューストンの宿泊税は7%、これに加えてHf自体で固定資産としてホテルやコンベンションホール、駐車場を保有している。固定資産総額はなんと10億ドル。全米のDMOで、コンベンションセンターの運営収入や駐車場の利用収入を財源としているところは多いが(固定資産は行政が保有)、Hfは自らの資産にて運営費用も捻出している。
その結果、Hfの年間予算額はなんと2億ドル! Hfはこの潤沢な資金をもとに世界に伍してコンベンションなどの誘致を行っているそうだ。同じ州内のダラスは火花を散らすライバルでもあるそうだ。
また今回DI総会にて取り上げられた話題として、この先我が国においても議論の対象となるのがいわゆるバケーションレンタル(VR)や民泊への宿泊税課税の問題である。米国ではこうした宿泊形態をSTR (Short Term Rental)と称しており、急増するSTRをいかに観光地域経営に組み込んでいくかの事例と課題の紹介がなされた。現在では推計で全米41の観光改善地区(TID)*2にてSTRも税金の支払いを行っている。カリフォルニア州のThe Greater Palm Springs Business Improvement District(GPSTBID)では50室以上の宿泊施設に加えて全てのバケーションレンタル(VR)物件6千室を対象にしている。この結果、ホテルからの収受額は22百万ドル(年間)、VRからは3百万ドルとのこと。この仕組みの構築にあたり行政はもとよりこうしたSTRのプラットフォームでもあるExpediaやAirbnbなどと協働している。同じくカリフォルニア州のSacrament Tourism Infrastructure District(STID)の場合は導入時にSTRのオーナー側が法的異義の申し立てを行い、またSTRのプラットフォーム側も収受を拒否する事態となりシステムの改善と話し合いを通じてようやく2024年より運営がはじまっている。 STRへの対応は早晩日本においても検討の俎上にあがってくると推測する。
DMOと生成AI
最後に、観光地域経営にも浸透してきているAIについて触れておこう。
本総会にてExpedia社は今年5月に発表した自社開発のAI搭載型旅行対話型アプリRomieを披露した。
コンシェルジュやパーソナルアシスタントの機能を提供し、旅行者と 一緒に世界を旅しながら、あらゆるステップで旅行をサポートする機能だそうだ。同社では今後のトレンドとして旅行の計画を立てるために生成AIを使用する旅行者が増えると予測しており、インスピレーションを求めるユーザーは自身のための旅程を計画しカスタマイズしたものを生成することができるこの機能を利用していくとみている。
また生成AIを活用しアイスクリームスタンドのデザインを行ったDMOも紹介され米国のDMOにおいても急速にAI人材のニーズが高まっており、多少観光のことが分らなくてもAIに精通している人材を採用する風潮であるようだ。
こうした数多くの議論や情報提供が行われたDI総会は3日間の会期を終え、雷鳴のとどろくなか、タンパ発祥の古い街並みが残るYbor Cityで参加者同士が来年の再会を期したフェアウェルで幕を閉じた。 来年の総会はシカゴで開催される。
*1 GSTC:Global Sustainable Tourism Criteria
国連世界観光機関(UNWTO、現UN Tourism)が国連環境計画、国連基金、NPOとともに立ち上げた持続可能なツーリズムを目指すグローバルサステナブルツーリズム協議会が策定した持続可能な観光を目指す拠り所となる基準。地域基準と観光産業向け基準がある。
*2 観光改善地区(TID):Tourism Improvement District
TIDは宿泊税が一般財源に充当されてしまう問題が所在する州内にある郡において宿泊税収が自地域の観光産業奨励に使われない問題を考慮し、地域の観光関連施設(ホテルなど)が特別に地域のDMO向けに使途限定の税を補完的に支払う仕組み。宿泊税は宿泊者が支払うが、TIDにおける納税者は宿泊事業者(引用および出典:観光地域経営でめざす地方創生 セントラルフロリダ大学 ローゼンホスピタリティ経営学部テニュア付准教授 原忠之氏)
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員