板門店
韓国でのボーダーツーリズムと言えば、やはり板門店ではないでしょうか。私が訪れたのは20年ほど前のこと。「朝鮮戦争の休戦協定が署名された軍事境界線である」。その程度の知識を持ってソウルからのバスツアーに参加しました。
韓国旅行のオプショナルツアーとして参加された方も多いと思います。ソウル市内から片道バスで約1時間。バスに乗っていたら武装した兵士が乗り込んできてパスポートチェックを受け、非武装地帯に入ると国連軍のバスに乗り換えたり、「北朝鮮の兵士を撮影するポーズをするな」等いくつも注意事項を聞かされ、それなりの緊張感があったことを思い出します。
一方で、警備する兵士がプレーするショートホールを「世界で一番危険なゴルフ場」とガイドが笑って説明していた時代でもありました。当時はボーダーツーリズム(国境観光)という言葉は知りませんでした。しかし、思い起こせばその緊張感も含めて観光プランとして「完成」されていたように思います。
イムジン川
感動したのはイムジン川を眺めることができたことです。イムジン川は北朝鮮を発し、非武装非帯近くを南西に黄海まで流れ下る大河です。
そして、北朝鮮で著名な方が作詞・作曲し、歌い継がれている「リムジン江(臨津江)」という歌があります。その歌に日本語の歌詞を付けて、大ヒットした「帰って来たヨッパライ」に続いてフォーク・クルセダーズが発表したのが「イムジン川」でした。1967年のことですが、日本での発売直後に発売禁止になってしまったのです。
その理由、経緯の真実はわかりませんが、「戦争を知らない子供たち」と自らを唄った日本の世代には時代を象徴する歌であり、出来事であったことを覚えています。
板門店にあるレストラン「臨津閣」の展望台からイムジン川の川面を水鳥が群がり飛ぶ姿を見ることができ心から感動しました。この曲の一番の歌詞「イムジン河 水清くとうとうと流る 水鳥自由に むらがり飛びかうよ」の通りだったからです。
身近なボーダー体験
板門店観光は国際情勢や南北の緊張度合によって中断されることもあるようです。しかし、それもボーダーツーリズムならではのこと。国境線を自分の目で見て、世界情勢を肌で感じることができます。国境を実感することができない日本人にとって、ボーダーツーリズムの貴重な体験になるではないでしょうか。そして、「イムジン川」発売禁止について調べれば、1960年代の日本国内の社会情勢や「空気」のようなものも知ることができるのです。
古都扶余
さて、もう25年以上前になりますが、韓国三国時代の古都扶余を訪れたことがあります。旅の詳細は省きますが、大型観光バス2台に分乗したツアーの企画者・添乗員として、ソウルから訪れました。
百済は高句麗・新羅と抗争を続け遷都を繰り返していました。そして、660年、唐・新羅の連合軍に攻撃されて滅亡したときの都が扶余です。
城跡である扶蘇山に登り、眼下を流れる白馬江、そして悲しい伝説が残る落花岩も見ることができました。落花岩とは辱めを受けることを恐れた百済の宮女たちがチマ(スカートのようなもの)を着て、白馬江に身を投げた姿が花のようだったことに由来します。
時空を超えたボーダーツーリズム
その白馬江こそ私たちが知る白村江です。当時の日本が百済からの要請を受けて大軍を送り、白馬江のはるか海の近い河口で唐・新羅の水軍に大敗した「白村江の戦い」は、あまりにも有名です。その史実を知り、扶蘇山から白馬江を眺めた時、さらに彼方の対馬海峡を進む倭水軍まで見えるような不思議な感覚を持ったことを覚えています。
シリーズ化されていたこのツアーは、その後対馬も訪れ、参加者は韓国展望所から釜山の町並みを見ることができました。地元の人も驚くような雲一つない冬晴れの日。川のようにキラキラと流れる対馬海峡を眺めながら、長い歴史の中での対馬と朝鮮半島との船の行き来、人々の往来に思いをはせることができました。
朝鮮通信使
対馬海峡を挟んだ交流のひとつがユネスコ「世界の記憶」にも登録されている朝鮮通信使です。朝鮮通信使の最初の寄港地は対馬でした。江戸時代、使節を乗せた船が釜山を出航する姿を対馬では肉眼で確認できたそうです。流れの激しい対馬海峡に乗り出す船の船首を大きく西に向け、海流に流されながら対馬に着いたそうです。
朝鮮王朝から日本へ派遣された外交使節団である朝鮮通信使の役割の解釈は、日本と韓国では少し違うようです。どう違うのか?対馬海峡を挟んだ出来事の解釈を比較してみるのもボーダーツーリズムの楽しみ方のひとつなのです。
余談ですが「イムジン川」が発売中止となったフォーク・クルセダーズ。失意の中で自らが作詞作曲した歌を発表しました。
その題名は「悲しくてやりきれない」。今でも歌い継がれている名曲ですね。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=17
寄稿者 伊豆芳人(いず・よしひと) ボーダーツーリズム推進協議会会長