前編(https://tms-media.jp/posts/40719/)は、今回の国連世界観光機関(旧UNWTO)ワインツーリズム国際会議の舞台となったアルメニアについて、また同機関がいかにワインツーリズムを重視しているか、その背景や会議の様子を伝えながら、会議の重要なキーワードでもある地域の物語を紡ぎ磨き上げることの重要性などを説いた。後編では、ワインツーリズムの基盤整備、持続可能な取り組みやZ世代へのアプローチなどワインツーリズムの今をお伝えしたい。
ワインツーリズムのインフラ整備・計画の策定と導入
USAID(アメリカ合衆国国際開発庁)が支援しているボスニア・へレツェゴビナにおけるワインツーリズムの基盤整備は2007年から行われ、政府と民間が共同で取り組んでおり複数のフェースを経て現在の形になっているそうだ。アルメニア同様に歴史遺産も巻き込んだ取り組みとなっている。基礎となるワインルートを形成する取り組みの説明がなされた。
ステップはワインツーリズムのプロダクトづくりとマーケティング&プロモーションプランの両面からのアプローチであった。
また、フランスでワイナリー支援を長年行っている専門家はいわゆるルーラル地域(田舎)におけるワインツーリズムが果たす役目をこう評している。
葡萄畑やワインセラーのみならず移動手段やホスピタリティ、地域ビジネス、公共サービスのすべての整備に目を向けなければならず、ワインルートの整備においても、単なる移動手段の整備やホテルなどの宿泊施設だけではなく、行政も巻き込み地域住民と旅行者双方に対してのパブリックセイフティ、ヘルスケアの整備は必須である。何より地域に歓迎されることがもっとも大事であり、忘れがちなのはローカルコミュニティであるということを強調していた。そのためにブルゴーニュ地区においても宿泊税を地域住民と旅行者双方に便益があるインフラ設備やシャブリのワインルート整備に充当しているとのことであった。また、この専門家はワインツーリズム体験をワイナリーやセラーを訪れるにとどまらない体験価値とするイノベーションと伝統の融合について10の視点で整理してくれた。
こうした視点をもとに実際にフランスの各地において以下のステップで導入・推進を図っているそうだ。
すなわち、①課題の認識②トレンド分析とマーケット分析③戦略的なポジショニング④ホスピタリティとワイン体験のデザイン⑤経済的可行性評価⑥投資計画、シナリオの開発⑦流通戦略とパートナーシップの構築⑧開発とインフラ計画⑨人材の採用と教育⑩計画の実施と評価のトラッキングのステップーで進めていくとのことで、これはワインツーリズムのみならず、わが国における観光地域づくりでインバウンド誘致計画策定などでも対応できる内容であった。こうした手順を実際にリゾート地であり南フランスの海岸地区の宝石と呼ばれるSaint-Tropez(サントロペ)におけるワインツーリズムの体験価値向上に導入したそうである。同地はもともとリゾート地域であり、さまざまな観光資産をもっているが、以下のような実際の手順をとったそうである。
ワインツーリズムにおける持続可能性
ワインツーリズムにおいても持続可能性、気候変動への対応は喫緊のテーマであり、ワークショップではさまざまな事例の紹介が行われた。筆者が驚いたのは、マーケットインの発想で敏感な消費者に対応すべくこうしたアクションを取るのではなく、ワインのつくり手が環境や気候変動に極めて敏感で、自ら同業者と手を組みエコフレンドリーな環境負荷を低減させたワインづくりにシフトしているそうである。筆者はフランスの専門家に近年の世界的な潮流を鑑みて、行政からの指導や支援のもとに行われているのか質問したところ、もともとブルゴーニュのワイン生産者は力もあり、言うことを聞かず、そもそも気候変動や土壌に対する思いは誰よりも強く、自らの意思でこうした取り組みをはじめているとのことであった。
具体的にはオーガニックやバイオダイナミックな農法への転換、化学肥料や農薬を使わないなど。グリーン認証を自ら取得、エネルギーや水資源の管理強化、廃棄物の低減とリサイクルなどだそうで、この動きは必然的にワインツーリズムにも連鎖しており、生産者が増えているのと同様にエコフレンドリーなワインツーリズムが増えているそうでサイクリングやウオーキング、電気自動車の導入、エコフレンドリーな宿泊施設の提供などに広がっている。この動きは、次に記すZ世代へのアプローチにもつながっていく。
Z世代とワインツーリズム
本会議ではそもそもアルコール消費の少ない未来の主要ユーザーであるZ世代に対してどうアプローチをしていくかについても焦点をあてた。
もともと成長するワインツーリズムにおいてZ世代(1997-2012生まれ)の一世代前にあたるミレニアム世代(1981~1996年生まれ)がワインの主要消費者となっている。ミレニアム世代は価格重視のワインを好み、没入型のワイン体験に強い関心を寄せており、ワインツーリズム市場における主要な消費者でもあり、予算が限られているにも関わらず体験にお金をかける傾向があるそうだ(Grand View Researchより)。
Z世代も体験型の旅行への関心が高く、お金はないがプランは大きいそうである。だが、お酒をあまり飲まず、Z世代に関するワークショップではさまざまな意見が出された。近年、酒類メーカーはノンアルコールや低アルコールのワインを投入し、消費者ニーズに応えようとしている。そもそも、ワインやワインツーリズムを考える上で本当に必要なものはこうした低アルコール飲料などではなく、そのワイナリーやヴィンヤードがもつ歴史や文化、成り立ちなどが本物で、そこに本当の物語があるかどうかが重要であり、従来のようにテイスティングや自然景観とのマッチングだけではなく、Z世代が極めて敏感である気候変動への取り組みなども加えた本質価値の提供が大事であるとの意見が出された。
近年は、このストーリーテリングにおいて過剰な商業化による体験価値の標準化といった弊害も出ているなか極めて本質を突いた議論であろう。Z世代を加えて飲まない人間も楽しめるワインだけではないさまざまな体験(陶芸など)の提供が大事であるとの意見が出された。またZ世代に対応するにはZ世代の採用が不可欠との意見も出された。そしてワークショップを代表して10代の女子大生がまとめの発表を行ったのも今回の会議にふさわしい光景であったといえる。
参加者とのインタラクティブな取り組み
2023年のガストロノミーツーリズムの会議から新たに導入された手法である。
本会議の責任者である国連世界観光機関のサンドラ氏がさまざまな課題に対して聴衆に一言(ONE WORD)でいうならばどう? と質問を投げ掛け、QRコードで読み取ったフォーマットに入力していくと、聴衆のコメントの数が多いものは大きなフォントとなる仕組みである。何点か紹介したいと思う(画像はUN〈国際連合〉本会議公式サイトから)。
本会議はセッションとワークショップ、マスタークラス(実地見学とワークショップ)と2日間にわたって開催された。ノアの箱舟が漂着したといわれているアルメニア人の心の故郷アララト山(現在はトルコ領)のふもとに広範囲に点在する葡萄畑を眺めながら、世界各国からの知人や新たに知己を得た友人たちと杯を重ねたのは言うまでもない。
※メインビジュアル「アルメニア人のシンボル アララト山とヴィンヤード」(筆者撮影)
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員