埼玉県の小川町をご存知だろうか? 人口約2万7000人、池袋駅から東武東上線で約1時間、里山に囲まれた首都圏近郊の小さな自治体である。国宝級の名所旧跡があるわけでなく、この町を目的地に訪れる観光客はあまりいない。そんな町に江戸時代から続く老舗の割烹旅館「二葉」がある。二葉は、筆者が現在、勤務する会社の子会社であることから、この1年半ほど仕事で小川町をたびたび訪れることとなった。そして、意外なことに、小川町を知れば知るほど、同町の「スローシティ」としての魅力、地域が持つ観光素材磨き上げを通じての可能性と潜在力を感じるようになった。
その魅力と可能性を仲間にも知ってほしいと考え、本年10月上旬、TBSのSDGs担当役員の井上波氏、中国やフランスでの公邸料理人を務め和食による地域創生に活躍中の工藤英良氏、バングラデシュと日本の交流に尽力する田辺剛史氏の3名をお連れして小川町への日帰り旅行を企画した。関越自動車道の嵐山小川インターチェンジを降りて一般道を15分ほど走ると小川町の中心部にある割烹二葉にたどり着く。江戸時代から続く老舗割烹の現当主の八木社長の案内で歴史ある建造物を見学した。二葉と江戸末期の剣・禅・書の達人山岡鉄舟との深いつながりを聞き、その後、名物「忠七めし」のランチを食した。
昼食後は、独自の優れた有機農業モデルで日本中にその名を知られる霜里農場を訪問。徹底したサステナブルで循環型の農業、生活スタイルそのものを目の当たりにした。実際、当日も農場の理念に賛同し、ボランティアとして手伝いに来ている方々が農作業に汗を流している姿があった。その後、当地名産の一つである和紙を紹介する小川町和紙体験学習センターを見学。そして、締めくくりには、オーガニックワインを造る「武蔵ワイナリー」を訪問した。ブドウ畑、醸造所、そして店舗を見学させていただき、土壌作りから生産・販売まで徹底してオーガニックにこだわるワイナリーが埼玉県にあることを知り、皆一様に驚いていた。
このように、都市近郊圏に放射状に広がる「都会でも観光地でもない地域」の中に素晴らしい、サステナブルな「スローシティ」があることは、インバウンド客はもとより日本人にもあまり認識されていないと思う。ニッポンが持つ観光資源のポテンシャルの奥深さと地域の底ヂカラを感じさせてくれる話である。筆者は中国北京市での5年間にわたる駐在時代に中国の地方都市や都市近郊を見てきたが、こういった魅力と潜在力を感じた記憶はない。世界を見てきた3名の同行の皆さんも小川町の潜在力と可能性に感銘を受けていた。
さて、小川町の現在および将来を考えるとき、これまでの「成功要因」を更に磨き、尖らせることが必要かつ重要であろう。その代表的な要因については、筆者は以下2点を御紹介したいと思う。
1.小川町において地産地消型の町づくりが盛んな理由の一つに、「よそ者の存在」と「よそ者に優しい」懐の広さがあると感じる。霜里農場長の金子宗郎さんにしても、武蔵ワイナリーの福島有造社長にしても県外出身。近年、若者の小川町への移住希望者が増えており、若者人口が増えつつあるというニュースも注目を集めている(*)。是非、外に開かれた地域の風土・文化を大切にし、多くの「よそ者」を引き付けそのエネルギーを更に活用して欲しい。そして、そのための行政の取り組みも継続強化して欲しいと思う。
(*)宝島社『田舎暮らしの本』「2023年版住みたい田舎ベストランキング」首都圏で若者世代・単身者部門2位)
2.他地域に誇れる有機農業野菜、オーガニックワイン、日本酒、歴史といった資源、これらを組み合わせた「ガストロノミー(食と文化)」の町づくりを進化・深化させていくべきではないだろうか。有機野菜やオーガニックな酒造りはどうしても少量生産になり、地産地消が基本で東京への出荷等困難となりがちである。であればこそ、「ここでしか味わえない」を売りに、付加価値をつけて町内で提供することで首都圏からの誘客や消費につなげていく。そのためには、現在、有機野菜、お酒、歴史的な文化遺産等、個々で頑張っている生産者や資源を連携、統合させ、小川町ならではの「ガストロノミーモデル」を構築する。小川町と山岡鉄舟のゆかりはもとより、近隣の深谷市と渋沢栄一、寄居町と安岡正篤の御縁等、周辺自治体にも歴史的遺産は多く、これらを組み合わせたミニ広域連携モデル作りも可能性を秘めていると思う。
最後に、課題についても認識しておく必要があるだろう。各地域が観光業をベースに町づくりを行う際に、いずれも「宿泊施設不足」「インバウンドや観光振興に知見、経験をもった人材難」「インフラ整備のための予算不足」といった問題に直面する。
ここで諦めてしまう自治体も多いと思うが、そもそもがサステナブルなスローシティを目指す上では、「大量集客・消費」型のモデルは無用。無理せず、インバウンドを含め首都圏からの日帰りモデル、サステナブル研修ツアー、群馬・長野県等へのバス観光の立ち寄り需要等をターゲットとしていくことで、地域経済への貢献は十分できると思う。また、人材難について言えば、首都圏の多くのシニア「高度キャリア人財」の活用も考えられよう。リモートを中心に週一回程度でのサポートでも十分活躍いただけると思う。さらには、「サステナブルな町づくり」への協力を、近辺に進出しているホンダ、オリックスといった大手企業に依頼し、 「民間の力」を最大限引き出していくことも有用であろう。
進化した「小川町モデル」が、他の都市近郊型の地域の町づくりへの参考となり日本全体への活性化に活きるよう、これからも微力ながら町を応援していきたいと考えている。
※表紙画像:武蔵ワイナリー訪問の様子
寄稿者 江利川宗光(えりかわ・むねみつ)㈱良知経営 取締役 専務執行役員