過疎と過密
子どもの頃、首都東京の過密は大変な問題でした。人口密度(今は死語?)が高いのは後進国(これも今は死語)だ、早急の解決が必要だと報道されていた記憶があります。当時、過密都市東京は通勤地獄。全国の交通事故死は1万人を越え、交通戦争。1970年代の日本は、地獄と戦争があったのかと、今の若い人は驚くでしょうね。
私は大学2年生の夏休みに寝袋1つ持って北海道を旅しました。当時、国鉄だった宗谷本線美深駅から乗ったローカル線「美幸線」が赤字で廃線が計画されていることを知りました。美しい名前なのに残念だな、と思ったのと同時に、通勤地獄に苦しむ東京との違いに驚き、卒論を「過疎と過密」にした記憶があります。
東京で過密解消のためのインフラ整備が進んでいた頃、地方からの人口流出、静かなる有事は始まっていたのです。
竹富町
今回は沖縄県竹富町の話なのですが、無人島は人口密度0だな、と思っていたら学生時代のことを思い出してしまいました。
さて、沖縄県竹富町は9つの有人島と7つの無人島から構成されています。行政機能の中心である役場は石垣島にあり、有人の島々とは船で結ばれています。一番近い竹富島までは15分、一番遠い波照間島までは80分。島間の航路もありますが、竹富町に限らず、八重山諸島の生活航路はユーグレナ石垣港離島ターミナルをハブとするハブ&スポークで結ばれています。
竹富町の有人島の中には日本の最南端波照間島があります。波照間島については第6章で紹介しましたが、訪れる旅人にとっては幸せな空気に包まれる、天国に一番近い島のようです。島のほとんどが亜熱帯のジャングルで、東洋のガラパゴスとも呼ばれます。また、天然記念物の「イリオモテヤマネコ」が生息する島としても知られている西表島も竹富町にあります。島の産業はさとうきび、パインアップルなどの農業、肉用牛の生産などがありますが、中心は観光などの第3次産業で生産額の70%近くを占め、雇用も産んでいます。
竹富町は人口3,800人ちょっと。その島々にコロナ禍前は100万人、コロナ禍後の昨年は78万人の観光客が訪れました。人口の200倍強です。
第6章 波照間島の記事は、こちら(https://tms-media.jp/posts/15361/)
感謝と困惑
竹富町の観光振興基本計画の理念、つまり、ありたい姿は「島の個性を保全・継承する持続的な観光まちづくり」。サスティナブルな町の発展を目指す、至極もっともな理念です。竹富町の島々は、私たちのように島を訪れて数日で帰っていく旅行者にとっては天国のようなところです。しかし、離島特有のオーバーツーリズムにも悩まされています。
元々、竹富町には圧倒的に水洗トイレが不足していて、駐車場も不足、Wi-Fi等の電波が繋がらない場所も多いというインフラの整備不足の課題がありましたが、そこに人口の200倍の観光客が訪れているのです。
島民が船に乗れない、生活エリアでのマナー軽視などの本土人気観光地でも見られるオーバーツーリズム現象に加えて、地域医療の逼迫、時おり起こる山や海での遭難者の救助活動など、離島特有の現状が加わっています。
もちろん、観光客が訪れることで船便の本数が維持され、島の観光産業が成り立っていることも島民の皆さんはよくわかってもいます。だからこそ、感謝と困惑が入り混じり、悩みも深いのではないでしょうか。
ご承知の通り、石垣島や西表島、その周辺の島々は西表石垣国立公園にあります。美しい島々や海を守り、後世に伝えていかなくてはならないことは言うまでもありません。国立公園の域内で、観光が主要産業である竹富町は「数」に頼らない観光を推進していくという、誠に重要な課題に真剣に取り組んでいます。
これからの地域ブランディング
DMOが日本で紹介された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」から10年。新たな地方創生の基本構想が検討されているようです。一方で、オーバーツーリズムという大きな課題が表面化してきました。全国で住民割引、入場制限、住民向けファストパスなど、さまざまな対策が検討され、実施されようとしています。観光立国の理念「住んで良し、訪れて良しの国づくり」に基づく大切な取組です。
この10年、地方自治体では観光戦略を練り、多言語対応の公式観光ホームページで地域の美しい風景、美味しい食べ物、歴史・文化などを発信して観光客誘致に努めてきました。マーケティングのノウハウやITリテラシー(情報活用力)が求められる。所謂、地域ブランディングです。
私はこれからの発信内容にはオーバーツーリズムの現状、訪れる人々へのお願い、そして、持続可能な地域でありたい住民の思いをもっと盛り込むことが必要だと思っています。根気よく発信を続ければ、多くの訪日外国人を含む観光客には思いが伝わると思うのです。持続的な観光地づくりのための地域ブランディングです。
竹富町観光の光芒も持続可能な地域でありたい住民の思いとともにあるのだと思います。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=17
寄稿者 伊豆芳人(いず・よしひと) ボーダーツーリズム推進協議会会長