カリブ海に浮かぶプエルト・リコ
読者の皆さんはプエルト・リコと聞くと何を思い浮かべるだろうか? 映画「ウエスト・サイド・ストーリー」でプエルト・リコ移民のAnitaが歌い上げるAmericaの“Puerto Rico, You lovely island, island of tropical breezes, Always the pineapple growing, Always the coffee blossoms blowing” を筆者は思い浮かべた。亜熱帯気候で気温は通年で25度前後、ラム酒の生産地でもあり、同地で生まれたピニャコラーダは有名なトロピカルカクテルだ。大西洋とカリブ海に囲まれた島の海岸線の長さは480kmに及んでいる。
プエルト・リコとは豊かな港という意味だ。人口は320万人だが、アメリカ本土で暮らすプエルト・リコ人は500万人を超える。500年以上前にスペイン人が上陸し植民地化したが、19世紀末の米西戦争でスペインが米国に敗れ米国の領土となり、現在は米国の自治連邦区となっている。公用語は英語とスペイン語。プエルト・リコ人は、米国のパスポートを所有するが合衆国大統領選挙の投票権は与えられていない。一方、米国人はパスポートを持たずにプエルト・リコに入国できる。ニューヨークから約4時間、マイアミからだと3時間弱のフライトでたどり着ける米国人にとってはハワイより近いリゾートでもある。
博識である米国セントラル・フロリダ大学 ローゼン・ホスピタリティ経営学部の原忠之先生に教わったが、スペインから出帆した船は同国領であるアフリカ西岸に浮かぶカナリー諸島を経て、時計周りで海流に乗りこの地にたどり着き、戻りはそのまま時計周りに米国東海岸を北上しスペインへ戻れるそうである。従いプエルト・リコ人のスペイン語はカナリー諸島のスペイン人のそれと極めて近いそうである。同諸島出身の元国連世界観光機関でカウンターパートだった友人にこの話をしたところ、この話を裏付けるように、同地からプエルト・リコへの移住者がとても多いと聞いた。
プエルト・リコのDMO
この地で筆者の所属する(株)ANA総合研究所がメンバーとなっている米国DMO統括団体であるDestinations International (以下、DI)が主催したアドボカシーサミットが10月に開催され、筆者は同地に飛んだ。アドボカシーとは英語では擁護する、支援するという意味だがDIにおいては観光地域経営における住民との対話、行政への働きかけを通じた合意形成を指している。筆者は2024年から同機関のアドボカシーコミッティの委員に日本人として初めて選出されている。
なぜプエルト・リコなのか? DI組織とも関係が深いプエルト・リコのDMOであるDiscover Puerto Rico (以下、DPR)は、米州におけるDMOの中でも際立った取り組みが評価されてケーススタディとしても扱われており、DMO関係者ならば訪れるべき地であった。2017年のハリケーン被害のあと2018年7月に設立されたDPRは消費者や関係者にとってプエルト・リコがどのような位置にあるかを理解する必要があり、組織設立と同時に徹底的な定性的・定量的調査を行ったそうだ。
その目的は、認知度のベンチマーク、デスティネーションのブランドイメージと競合状況の特定、旅行ペルソナと市場セグメントの決定、望ましい旅行体験の理解であり、その成果は2022年の広告キャンペーンに打ち出された。カリブ海の典型的なセールスポイントである海、ビーチ、温暖な気候から意識的に離れ、代わりに島の人々と独特の文化に焦点を当てた「Live Boricua(ボリクア)」キャンペーンである。この取り組みは評価され、米誌Fast Companyの2023年の世界で最もイノベーティブな企業(トラベル&ホスピタリティ部門)に選出された。以下は同誌が授賞の理由としてあげた内容である。
(以下引用)これは、スペイン人が上陸するはるか以前からこの島に住んでいた先住民タイノ族がつけたプエルト・リコの元の名前に基づくものだ。現在では、プエルト・リコ人の生まれや子孫を指す口語的な言葉でもある。休暇を過ごす観光地では、ニューヨークやロサンゼルスから一流のマーケティング・チームをヘリコプターで招き、広告素材を制作させることがよくあるが、DPRはまたもや内側に目を向けた。キャンペーンの監督と写真撮影に3人のボリクア人女性を起用し、音楽や衣装から強調された食べ物や目的地に至るまで、マルチメディア制作のあらゆる面でプエルト・リコ人を起用した。プエルト・リコの2022年の旅行者数は、総宿泊収入は2021年から56%増加し、ホテル料金も57%上昇した。それと同じくらい重要なのは、「ライブ・ボリクア」が島の住民や幅広いディアスポラにとって誇りの源となっていることであり、プエルト・リコの先住民の歴史にとって意義深いものであることだ (引用終わり)。
https://www.discoverpuertorico.com/live-boricua
また、TV番組「Sounds Like Puerto Rico」が2021年に3つのエミー賞を獲得している(第45回エミー賞)。
DMOを改めて定義したアドボカシーサミット
そろそろ本題に入ろう。このサミットには米州(北米および中南米)、そして日本から約180人が集まった。半数がDMOのCEOであり、8割がマネジメントクラスという構成だった。また、彼らを支える調査やデータ分析、マーケティング会社からトップを含む業界で名だたるキーパーソンが多く参加した。というのもこのアドボカシーサミットは、日頃から行政や地域住民をはじめとするステークホルダーと接している彼ら、彼女たちにとってここで得られる知見やケーススタディは最も欲しているものであるからだ。
DMO先進国である米国においては、DMOは独立した観光地経営組織であり、プロの経営者や財務やマーケティング、コミュケーション、データアナリストなどが日々の運営にあたっている。KPIで自ら経営する地域に観光による消費がどれだけ生み出され地域経済や雇用、税収に還元されるかは当たり前の指標であり、彼らにとっては観光による地域住民のQOL向上も大変重要なポイントだ。また、サミットが開催された10月下旬は11月の米国大統領選を目前に控えており、選挙における政権移行は地域で行政と密接に接しているDMOにとっては他人事ではない。その経営において重要なパラダイムシフトが起こる可能性がある(実際に州、地方議会レベルにおいて色々な変化が起きたそうだ(DI委員会報告より))。
米国に限らず世界を見渡すと、2024年1月~11月の米国大統領選まで約40以上の国政選挙が行われた。DMO組織にとっては、既存のステークホルダーとの関係を強化し、さらに新しい議員や役人などに対して地域社会における観光の価値について、DMOが日々行っている業務について説明、教育する義務がある。観光産業に理解を示し味方になってもらう必要があるのだ。こうしたなか、改めてDMOの役割を定義し目的や使命、コアバリューなどを振り返ることは意味のあることであり、DMO先進国の米国において現状に満足せず経営者自らが整理・確認していく点にその力強さを見た。
DIはこのサミットにあわせてレポートもリリースしており(Defining 21st Century Destination Organization)、後半は、その内容を紹介しながら話を進めていくこととしたい。はじめにそもそものDMOが立ち上がったいきさつを改めて紹介していく。
*なお日本においては観光地域経営組織をDMOと称しているが、米国においてDMOは観光地経営組織のひとつであり、文中では読者が認識しやすいようにDMOの表現もするが、ここではディスティネーション・オーガニゼーション として記載する。ディスティネーション・オーガニゼーションはデスティネーション・マーケティング・オーガニゼーション(DMO)、デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション(同じくDMO)、コンベンション&ビジターズ・ビューロー(CVB)、観光局、スポーツコミッション、映画やメディア作品をデスティネーションに誘致するオフィスなどを指す。
※メインビジュアルは、プエルト・リコ サンファン市内 (筆者撮影)
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員