天王洲・キャナルサイド活性化協会は、観光地域づくり法人(DMO)として天王洲アイルの観光促進に取り組んでいます。天王洲アイルの観光を推進する地域DMOとしてどのように活動していくのか。そのプロセスやミッションについて、第10回の連載になります。前回は、天王洲アイルの交通の利便性と、観光資源の多角化に向けた取り組みを紹介しました。これにより、地域ブランディングの基盤が築かれていることを述べました。
今回は、天王洲アイルの観光商品組成に向けた具体的な取り組みについて掘り下げます。地域の特性を最大限に活かし、観光資源としての価値を高める実践的な活動が進められています。

水辺とアートのまち天王洲アイル
天王洲アイルは、1980年代に当時では珍しく民間事業者が主導で再開発され、当初は「トレンディスポット」として多くの来訪者でにぎわいました。しかし、都心に新たな複合型都市が誕生する中で、徐々にそのにぎわいは薄れ、20年ほど前からは高層ビルが立ち並ぶ機能的なオフィス街へ変貌しています。当初から運河に囲まれた特性を生かし、水辺のボードウォークやまちの中にアートの構築物を設置するなど、美しい景観を備えた魅力的なまちとして設計されていますが、オフィス街として機能的に発展する中で、水辺の景観やアートはあまり注目されず、運河沿いは寂しい場所となっていました。

天王洲アイルのにぎわい創出への取り組み
天王洲アイルでは、水辺の特徴を活かした運河沿いの水辺開発に取り組み、ボードウォークや水上施設などが整備されています。2015年には、天王洲・キャナルサイド活性化協会が設立されました。協会の活動により、水辺の魅力を引き出し、「アートのある島」としての価値を高め、天王洲アイルのにぎわいを創出する取り組みを継続することで、「水辺とアートのまち天王洲」として、独自のブランディングを確立しています。
具体的には、夜間の魅力的な景観を作り出すために水辺にライトアップを施し、幻想的な演出をしました。また、定期的なイベントの開催により運河沿いに人々が集まる場所へと変化しています。さらに、天王洲を観光地とするため、観光商品を組成してきました。

天王洲運河から東京港へ平船クルーズ周航
2016年7月、天王洲運河の桟橋から出発する東京港クルーズが運航を開始し、天王洲アイルの初のアクティビティ商品として注目されました。このクルーズでは、水門を抜け、運河を航行して東京港へと出ると、レインボーブリッジ越しに広がるパノラマの景色に圧倒されます。また、品川ふ頭に停泊する大型貨物船やコンテナ積み降ろし作業を行うガントリークレーンの迫力も楽しめ、船から見渡す東京港の景色は、非日常的な体験を提供します。
次のクルーズでは、船上で生演奏や大道芸人によるパフォーマンスが行われ、乗船者を楽しませました。クルーズのコース、ガイド、料金の見直しを行い、春・夏・秋のシーズンごとに定期的に運航を重ねることにより、地域住民の口コミやSNS、フライヤーの拡散によりクルーズの認知度が高まりました。さらに、東京海洋大学との連携により水素燃料電池推進船(らいちょうN)クルーズといった教育的要素を取り入れた新しいクルーズも話題となり人気を集めました。現在、天王洲のクルーズは定着した人気の観光商品となっています。

「東京屋形船ナイトクルーズ・エンターテインメント」周航
2019年、外国人旅行者をターゲットに、江戸文化を継承する屋形船を特別にカスタマイズした「東京”屋形船”ナイトクルーズ・エンターテインメント」を運航しました。少人数でも気軽に乗船できる乗り合い船で、伝統的な日本料理、ユニークな日本文化体験などのプログラムに加え、美しい夜景を背景にプロのカメラマンによる写真撮影など、日本での思い出づくりをテーマに運航しました。欧米、アジア、東南アジア、オーストリアからの乗船客で盛り上がってきたところ、コロナ禍により運航は中断せざるをえませんでした。
今後は、多くの国の旅行者に再び楽しんでもらえるように、新しいコンテンツを盛り込んで、さらに魅力的な内容にバージョンアップした屋形船クルーズを運航していく予定です。

天王洲アートツアーの商品化
2019年、天王洲アートフェスティバルを契機に、天王洲の屋外アート作品を巡るアートツアーの商品化に向けた取り組みが始まりました。当初は、天王洲アートマップを片手に、スタンプラリーのように個人で自由にアート作品を巡る回遊型の商品設計を考えていました。しかし、ビジターでも参加しやすいように、コースをあらかじめ設定し、歩いてアート作品を巡るツアーを運営しましたが、所要時間は約90分となり、参加者の体力的な負担が大きく、アートツアーをより快適にするための工夫が求められました。
その結果から、徒歩から電動車いすやキックボードなどのモビリティを利用することにし、所要時間は45分程度に短縮されました。また、ガイドサービスを均一化し、多言語対応を実現するために、観光DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆使したガイドサービスを開発しました。この取り組みにより、ツアー参加者に安定的に満足度の高いサービスを提供し、アートツアーは観光商品として完成しています。

観光商品化への課題
天王洲アイルの魅力的な観光商品として、クルーズやアートツアーが新たに登場しました。しかし、これらの商品が広く認知されるまでには、多くの時間と費用が必要であることを痛感しています。さらに、観光商品のマネタイズを実現するためには、商品設計の段階から戦略的かつ慎重なアプローチが求められます。私たちは、観光商品を話題づくりも兼ねて組成しましたが、観光商品として自立して運営していくためには、抜本的な見直しが必要であるという経験を積みました。そして、観光商品が市場において持続的に支持されるためには、常に商品のアップデートが必要であると認識しています。
特に、既存の観光商品をインバウンド向けに変更させることは、商品の大幅なカスタマイズが必要になります。そして、過去に認知度を高めた観光商品であっても、インバウンド向けにゼロからPR活動を行う必要があることを学びました。
また、オペレーション面では、できるだけ人手をかけずに効率的な仕組みを構築することが極めて重要です。当協会が提供する観光商品は、会員企業であるパナソニックグループの協力を得て、観光DX(デジタルトランスフォーメーション)を積極的に活用しながら商品開発を進めています。アートツアーおよびクルーズは、アバターによるバーチャルガイドと有人ガイドを組み合わせたハイブリッドツアーとして運営されており、デジタルとリアルを融合させた新しい体験を提供しています。

天王洲アイルを着地型観光地へ
現在、天王洲アイルは、東京のウォーターフロントに位置し、静かな環境のなかで、運河沿いの散策、アート、文化に触れることができるスポットとして注目を集めています。このエリアは、運河の美しい風景や、洗練されたアート作品、文化施設などが点在しており、訪れる人々に新たな魅力を提供しています。今後、国内外からの観光客を天王洲アイルに来訪させる観光商品として、観光クルーズやアートツアーが挙げられます。これらのツアーを通じて、観光客はいつでも天王洲アイルに足を運ぶ機会が得られ、まちの魅力を楽しめます。
また、天王洲アイルでは、商業イベントや展示会などの催しが往々にして開催されています。これらのイベントを目的に訪れる来訪者に対して、天王洲アイルでの滞在時間を増加させるためには、単にイベントを楽しむだけでなく、周辺の施設や体験を組み合わせる戦略が不可欠です。来街者の滞在の質を高めるため、エリア内でのさまざまなアクティビティや施設を横に展開させることが重要となります。
例えば、天王洲アイルには、多数の屋外アート作品や美術館、ギャラリーが点在しており、現代アートを楽しめる施設を巡るツアーは、アートをより深く理解できます。また、イベントや展示会の後に水辺のレストランやカフェでリラックスした時間を過ごす仕掛け作りも重要です。水辺の優雅なひとときは、来訪者に非日常的な体験を提供し、特別な時間を過ごしたいと思うニーズに応えます。
このように、天王洲アイルでは、観光客が単に一過性の観光地として訪れるのではなく、滞在を通じてより深い体験を得られるような魅力的なコンテンツを提供することが求められています。観光商品を組み合わせて提供することで、訪れる人々にとって天王洲アイルは単なる目的地ではなく、心に残る特別な場所となり、リピーターを生むことを目標としています。

天王洲アイルの魅力をかきたてる
天王洲アイルを観光客にとって魅力的な目的地にするためには、水辺の美しい景観とアートの融合を活かした観光地としての特色を打ち出すだけでなく、さらにレストランやショップ、アクティビティ体験などの施設やサービスの充実も重要な要素です。これにより、訪れる人々が単に観光するだけでなく、長時間滞在し楽しめる場を提供できます。
例えば、レストランやショップのラインナップ、さらには季節ごとのイベントやワークショップを開催することで、天王洲アイルならではの魅力を創り出すことが可能です。天王洲アイルならではのアートや文化体験、また、水辺でくつろぐ特別な時間により、観光客に新たな発見や魅力を提供し、定期的に訪れたくなるような目的地にすることができます。このような戦略的な取り組みにより、天王洲アイルを観光客にとっての「定番スポット」として位置付けます。
また、公共交通機関以外の移動手段として、舟運を利用したアクセスも大きな魅力となります。舟を使って天王洲アイルへ訪れる体験や、天王洲アイルから他の観光地への移動手段として舟を活用することは、他の地域にはない特別な体験として、注目を集めます。
私たちは、多様な観光資源を組み合わせ、戦略的なPR活動にて、天王洲アイルを「着地型観光地」として確立することを目指します。そのために、住民、オフィスワーカー、行政、大学との地域連携や協力がもっとも重要なことです。観光地域づくり法人(DMO)の役割として、天王洲アイルの持つ魅力を最大限に引き出し、天王洲らしい特徴を創ることで、定期的に訪れてもらう「天王洲アイル」になることを戦略として展開します。
寄稿者 三宅康之(みやけ・やすゆき) (一社)天王洲・キャナルサイド活性化協会 / 理事長