海流の話の続き
第19章(対馬・越前・越中)では能登半島にぶつかる対馬海流について書かせていただきました。日本海に突き出たような能登半島西側には対馬海流がぶつかり、さらに北に向かって流れ、シベリアの沿岸からはリマン海流として南下し、再び能登半島東側にぶつかります。海流がぶつかり合う佐渡島周辺などの海域は海の幸の宝庫です。また、南北から流れる海流に乗って江戸中期からは北前船が行き来したことは皆さんもご存じの通りです。
能登半島の西側に位置する小松(こまつ)は、高麗津(高麗の津=港)ではないか、という説を書きましたが、能登とはアイヌ語の半島や岬を意味する「not」から来たという説もあります。アイヌの居住地だった東北海道には納沙布(ノサップ)岬、野付(ノツケ)、宗谷にはノシャップ岬などがあり、能登(ノト)とはアイヌ語が語源だとわかります。アイヌの人々が住んでいた家(チセ)の間取りと石川県白山山麓の古い民家(出作り民家)の間取りがよく似ているという記録も読んだことがあります。
海流が繋ぐ物語。興味深いですね。海流にまつわる話はまだまだありますが、このへんで。
ふくろうの話
5月中旬に阿寒湖畔を訪れて久しぶりにアイヌコタンへ行ってみました。朝早かったので屋内劇場阿寒湖アイヌシアター「イコロ」などは閉まっていて、通りも閑散としていました。何とも目立つのがふくろうです。コタンの入口のゲートにも、民芸品店が並ぶ坂道にも、「イコロ」の入口にも大きく羽を広げたシマフクロウがいます。シマフクロウはアイヌ語でコタンコロカムイ。コタンは村、カムイは神なのでコタンコロカムイとは村を守る神でした。
アイヌの人々にとってシマフクロウは神のような存在だったことはわかりますが、天然のシマフクロウを私は見たことがありません。天然記念物であり、国内希少野生動植物の指定を受けているシマフクロウが生息する環境は、北海道にはすでに限られているようで、環境省のホームページを見ると現在北海道で確認されているのは約100つがいとのこと。
ローマ神話の知恵を司る女神ミネルヴァの肩に英知の象徴としてふくろうが止まっています。ふくろうは神の使いの鳥だ、と世の東西を問わず古代の人々は同じように感じたのでしょうか。
国立公園内の話
阿寒湖畔に建っていた阿寒湖荘が施設老朽化により昨年、90年の歴史に幕を閉じました。今年跡地に行ってみたらがれきの山。国立公園内にホテルや旅館を誘致する環境省のモデル事業の地区に選定されたと聞きました。何年か後にリゾートホテルができるそうです。知床で海難事故があり阿寒湖へのお客様も減っていた時、ホテルスタッフが周辺の広大な森を歩くプランを作ったことがありました。これで少しはお客様が増えると期待した矢先にその森にアカゲラたちが巣を作り始め、折角のプランを中止にしたことがありました。アカゲラの子育てを邪魔しないためです。自然を守っていく環境省のレンジャーや地元の方々の姿勢に感動したものです。

私たちが見ているのは人工的な観光地、観光施設なのでしょうか。原生林が残る阿寒湖畔の通称「光の森」、シマフクロウも棲息している知床半島の一部地域など残された自然を守ってこその観光、ツーリズムであり、日本が見て欲しい「光」だと思うのです。今回の計画は環境対策は万全とは思いますが、私のような者には温泉があって泊食一体の旅館で十分だし、1990年代のリゾート法を思い出してしまうのは私だけでしょうか。
稚内のメープルシロップ
最後に美味しい、稚内産の「坂の下メープルシロップ」のお話です。生産者は稚内生まれの若者、斉藤嘉仁さんと仲間たち。坂の下とは稚内市西浜地区の通称で、目の前に利尻島が望める斉藤さんの実家がある地域です。その裏山に自生するカエデの木から樹液を採取し、シロップ作りまでを手がけているそうです。真に日本最北端の地のメイプルシロップでホームページを見ると稚内で作る苦労がわかります。

斉藤まさよし氏の写真紀行(表紙)
この「坂の下メープルシロップ」を私は今年初めて2本、購入しました。少しづつパンに塗って味わっていますが、純度が高く本当に美味しいです。
稚内の食べ物と言えば、カニなどの海鮮系ですが「坂の下メープルシロップ」が新しい稚内の逸品になりそうです。
嘉仁さんのお父上は『ボーダーツーリズムの記録 1997-2022』写真集などで知られる日本で一人だけの国境写真家(ボーダーカメラマン)である斉藤マサヨシ(正良)さん。ボーダーツーリズムの魅力を画像やエッセィなどで伝えていて、私も何度かボーダー地域へご一緒させていただきました。
息子さんが地元で稚内の新しい魅力づくりに励んでいるのです。嬉しい限りです。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=17
寄稿者 伊豆芳人(いず・よしひと) ボーダーツーリズム推進協議会会長