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【前編】ガストロノミーの聖地 サン・セバスチャン、スペインを観光地経営の視点でひもといてみる

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サン・セバスチャンの変遷

筆者は先日、東北地区の日本人であれば知らない人はいない街を含む17市町村の首長や事業者で構成された観光の協議会で講演をする機会があった。依頼されたお題は「海外の観光資源を活用した成功事例と、〇〇地域*の可能性について」(*地域名はあえて伏せる)。 思案した結果、スペイン・サン・セバスチャンを事例として取り上げてみることにした。

筆者は公私にわたり6度ほど同地を訪れ、現地の知人・友人も多い。同地で開催された国連世界観光機関主催のガストロノミーツーリズムの国際会議(2020年)では、スピーカーとして登壇する機会にも恵まれた。外地でも日課のような朝ランで観光客が行かないような場所にも足を伸ばし、現地の友人から案内された場所も多い。食の都、ガストロノミーの聖地として、わが国のみならず世界中で食通ならば一度は訪れてみたいこの街を、観光地経営の視点からひもといてみたい。

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グーグルマップ(出典)

サン・セバスチャンはバスク自治州キプスコア県の県都。フランス国境に近いスペイン北東部・ビスケー湾に面した人口18万人の海辺のリゾート地であるが、港湾都市であることから水産加工業に加え、後背地の丘陵では農業や畜産業が盛んである。また、スペインワインの一大銘醸地のリオハは車で3時間弱に位置している。

この街には合計18のミシュランの星がついたレストランが10店舗あり、人口あたりでは世界で2番目だそうだ。もちろんハイエンドなミシュラン店だけではなく、多くのバルやレストランがあり、昼夜を問わず多くの人々がワイングラスを片手にピンチョスをつまみ歓談している。

サン・セバスチャンの街並み(筆者撮影)
サン・セバスチャンの街並み(筆者撮影)

歴史的には中世以降、港湾都市として栄えてきたが、スペイン独立戦争さなかの1813年に英国・ポルトガル軍が街を焼き払い壊滅的被害を受けた。しかしながら、結果的に都市が再整備され新古典主義のパリ様式を取り入れた美しい景観を備えた洗練された街並みに変貌した。その後、スペイン王室が夏の離宮をサン・セバスチャンに構えたことにより本格的な海岸リゾート地へと変貌を遂げていく。

1950年代には国際映画祭も開催され現在に至っている。またサーファーにとっては垂涎のスポットでもあり、海岸の丘陵地帯にはスペイン西部の巡礼地サンチアゴ・デ・コンポステーラに至る巡礼道が今も残っており、犬を連れた地元民やトレッカーに人気だ。

サン・セバスチャンから隣町パサイアに続く巡礼道(筆者撮影)
サン・セバスチャンから隣町パサイアに続く巡礼道(筆者撮影)

サン・セバスチャンの食文化はこの地域の自然・気候・風土に根ざしたいわゆるテロワールに深く影響。ビスケー湾から獲れる豊富な魚貝類と後背地で生産される野菜やチーズ、肉、ワインなどが、料理人の感性とともに新たな魅力を引き出し、同地が生んだ3人のミシュラン3つ星のスターシェフが街全体を引っ張っている。1998年にはスペイン初となるサン・セバスチャン・ガストロノミカ(料理学会)も設立されていく。知人に聞くと、彼らは自らのレシピや調理方法を惜しみなく開示し地元の料理のレベルを上げていったそうである。

3人のレジェンドの一人 Arzak(アルザック)氏の店の厨房にて。オーナーシェフ・二代目で娘さんでもあるエレナ・アルザック氏が筆者と家族を厨房に招いてくれた 
3人のレジェンドの一人 Arzak(アルザック)氏の店の厨房にて。オーナーシェフ・二代目で娘さんでもあるエレナ・アルザック氏が筆者と家族を厨房に招いてくれた 

観光地としてのサン・セバスチャン

観光大国スペインにおいてサン・セバスチャンは来訪者数でみると、10位の約103万人(2024年)。宿泊数は213万人(前年比9.5%増)。ダントツの来訪者数を誇るバルセロナ、マドリッドからみると一桁少ない。交通アクセスは、マドリッドやバルセロナから鉄道で4時間程度で、空路の場合は近隣には、グッケンハイム美術館で有名なビルバオに国際空港があり欧州の主要都市との直行便が就航している。そこからバスで、1時間程度でたどり着く(ちなみにサン・セバスチャンにも小さな空港があるがプロペラ機の就航で国内線が主体)。ホテルの数は48、計3,059室(2022年)あるが、うち5つ星と4つ星で全体の74%を占めている。3,000室規模の客室供給数でみれば、ホテルのランクは別にしても、わが国に置き換えても人口10~20万人程度の都市と同程度ではないだろうか。堅調な需要を見越して、2023~2025年にはホテルの客室数が約19%増えるという。来訪者の約6割は外国人であり、近隣のフランスや英国から訪れる人が多い。

*1 https://en.eustat.eus/elementos/ele0023100/ti_visitor-numbers-and-overnight-stays-at-hotel-establishments-in-the-basque-country-rose-by-21-and-34-in-2024-setting-an-all-time-record/not0023170_i.html

https://assets-eu-01.kc-usercontent.com/6bb3df3c-b648-01ae-2357-22fa5c7d5f19/7f57be95-e562-44a6-b801-f22a9249551f/Christie%20Co%20Spanish%20Hotel%20Market%20-%20Urban%20Destinations%20YTD%202022.pdf

筆者が改めて感心するのは、観光地としてきちんとデータを集め公開していることだ。サン・セバスチャンにかかわらず、米国の小さな街のDMOでも当たり前のことである。

サン・セバスチャン観光協会(DSST:Donostia San Sebastián Turismoa)のホームページにある2023~2027年のサン・セバスチャンの観光計画をみてみよう。ここに紹介されているデータは2022年時点のものだが、観光がGDPに占める割合は13.9%、1万5,000人の雇用を創出している。観光による経済効果は2億44百万ユーロ(約400億円)で、旅行者1名あたりの観光消費は975.1ユーロ(160,891円、1ユーロ165円で換算)となっている。

(出典)Sustainable Tourism Plan DONOSTIA/SAN SEBASTIAN 2023-2027

https://press.sansebastianturismoa.eus/images/prensa_agentes/pdf/PLAN_DIRECTOR_VISIT-BIZI_2023-2027_EN.pdf?_gl=1*s9mwex*_gcl_au*MTk2ODY3NDg3Mi4xNzQ4NjUwODQ1*FPAU*MTk2ODY3NDg3Mi4xNzQ4NjUwODQ1

前半では観光地としてのサン・セバスチャンの変遷について語ってきたが、後半では観光地とのしての発展の要因や戦略について説明していきたい。

※メインビジュアルは、ピンチョスが並ぶバル 出典©Donostia San Sebastián Turismoa

寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員 

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