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【後編】ガストロノミーの聖地 サン・セバスチャン、スペインを観光地経営の視点でひもといてみる

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前編(https://tms-media.jp/posts/61309/)は、ガストロノミーの聖地と言われるスペインのサン・セバスチャンの変遷について紹介した。後半では、サン・セバスチャンが観光地として発展した要因とどのように観光地経営を行っていくか、その戦略などを伝えていきたい。

観光地として発展の要因は

サン・セバスチャンが食の都、ガストロノミーの聖地と評されるようになったのには、いくつかの要因があると言われている。前述のとおり風光明媚な海岸リゾートではあるが、同地のテロワールが育んだ豊かな食材と食文化があること。ピンチョス、バスクチーズケーキや、チャコリといった微発泡のワインは当地ならではだ。バルにずらりと並んだピンチョスは観光客に人気だが、地元の人々の日常生活にも深く根付いている。

サン・セバスチャン市内のガストロノミック・ソサエティ

地元の人々は仕事帰りに同僚とバル一軒でグラスワインを一杯とピンチョスを一皿つまみ、さらにもう一軒はしごして、同様に一杯と一皿をつまんで潔く家路に着き、自宅で家族と夕食を楽しむのだそうだ。一軒で何杯も何皿も注文するのは観光客だけだそうだ(笑)。

こうした食文化にさらにミシュラン店のようなハイエンドのレストランも集積しバラエティ豊かな食の街が形成されていったことが大きい。地元には約200年前からガストロノミック・ソサエティという会員制クラブが100以上存在している。会員は男性だけで自らクラブ内の厨房で料理し、社交場でもあることから、筆者も家族とともに友人がメンバーであるクラブに招待された際には、友人の手料理を楽しんだ(友人の奥様も一切調理には手を貸さない)。昔は、女性の同伴も許されなかったそうである。こうした街全体で食のこだわりがあることも見逃せない。

友人と筆者(筆者撮影)
友人と筆者(筆者撮影)

また、食材が調理からサービス、提供される空間(レストランやバル)、プロモーションそして受け入れの体制整備(ホテルなど)までガストロノミーツーリズムとして一気通貫なバリューチェーンが構築されていることが大きい。

加えて、サン・セバスチャン市や市を抱えるバスク州政府の支援もあり、バスク・カリナリーセンター(BCC)という料理分野に特化した専門大学・大学院が設立されたことも大きい。料理教育の質の向上と人材育成は無論のこと、食に関わる研究開発も積極的に行っており、食品科学、栄養学、フードデザインなどの分野でイノベーションの追求と新たな食のトレンドを生み出している。

また、ガストロノミーツーリズムの専攻もあり、食と食文化における観光地域経営についても人材を輩出していることだ。BCCは国連世界観光機関が強く推進しているガストロノミーツーリズムの理論的支柱であり、毎年行われる国際会議は隔年で必ずサン・セバスチャンで開催される。サン・セバスチャンはこのような要因をうまく捉え、ガストロノミーと文化と観光を複合的に互いに循環して共鳴しあうエコシステムを作り上げていったといっても過言ではない。そこには行政によるサン・セバスチャンの観光戦略の存在があった。

バスク・カリナリーセンターBCC(筆者撮影)
バスク・カリナリーセンターBCC(筆者撮影)

サン・セバスチャンの観光戦略

それでは、サン・セバスチャンの観光戦略2023-2027を見ていこう。

(出典)Sustainable Tourism Plan DONOSTIA/SAN SEBASTIAN 2023-2027

https://press.sansebastianturismoa.eus/images/prensa_agentes/pdf/PLAN_DIRECTOR_VISIT-BIZI_2023-2027_EN.pdf?_gl=1*s9mwex*_gcl_au*MTk2ODY3NDg3Mi4xNzQ4NjUwODQ1*FPAU*MTk2ODY3NDg3Mi4xNzQ4NjUwODQ1

まず、2022年までの足取りを振り返りサン・セバスチャン市はこう結論づけた。

来訪客数を増やすことはしない と。

2015年以降、日帰り客は50%増加し、2017年以降の5年間で30以上のホテルが新設され客室数は36%増加し、2023年時点で1355もの民泊やバケーションレンタルのような宿泊施設が存在しているが2017年に比べて8.4%増加した。またガイド付きまたはフリーの大型団体旅行者が顕著に増えてきており、また来訪する65%が自家用車を利用しているなど、こうしたことから旧市街地を含む住宅街にも旅行者の過剰感がでてきている。

こういった事象を踏まえて2023~2027年の計画では持続可能な観光モデルの開発を目指しており、もはや観光客の数が質よりも優先されることはないと明言している。その目的は、戦略的な客層をターゲットにすることで、観光が提供する機会を維持するとし、公共空間が適切に管理され、街のアイデンティティが強化された適切なデスティネーションなくして、質の高い観光はありえないと言及している。

いわば持続可能な観光管理への重点的移行を目指しており、サン・セバスチャンという都市や住まう住民の価値、アイデンティティの維持発展や気候変動問題への対処といった課題に取り組むことを示している。

こうした取り組みで重要なのが住民感情の調査だ。米国のDMOなどでは当たり前のように取り組んでいる。調査によるとサン・セバスチャンの住民の85%が全体的に観光は住民にとって有益であるとし、70%が観光の重要性と市の経済への貢献を評価しているが、一方で65%の住民が「観光客はすでに天井に達している」と答えた。2023-2027年計画では求めるべき来訪者像をこう定義している。

<訪れてほしい来訪者・形態>

体験を求める人々:デスティネーションを深く知り、その本質を理解し、そこに住む人々と一緒に暮らしたいと願う訪問者。

伝統的な訪問者:ドノスティア/サン・セバスティアンに溶け込み、地元での体験を求める人々。

環境に対する私たちのコミットメントを共有する尊敬すべき訪問者

ドノスティア/サン・セバスティアンを訪問し、楽しみ、探索する際に、持続可能で尊重できる方

付加価値の高い観光:価値のある訪問を生み出し、都市へのストレスが少ないタイプの観光活動:MICE観光、美食観光、文化観光、プレミアム観光など。

ターゲットとする訪問者、 都市にとっての戦略的市場からの訪問者:地元、地方、国内、
フランス、イギリス、アイルランド、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、北欧
アメリカ、カナダ、メキシコ、日本、韓国。

<好ましくない来訪者・形態>

 大型クルーズ船、パーティー観光、暴飲暴食、太陽とビーチ

 適応しない旅行者:自分たちの習慣に合わせることを要求し
現地の習慣に合わせることを要求し、現地の経験を共有し、溶け込もうとしない人たち。

 大規模で刹那的な団体旅行客::ほとんど、あるいはまったく接触することなく通過し、街を圧倒する。

そして数より質を、利益より繁栄を、性急より深慮にもとづくアプローチを優先すべきとし、1.社会、環境、経済における持続可能性、2.住民と旅行者、産業間のバランス、3.住民、来訪者、地域の生活の質、4.バスク地方のアイデンティティ、伝統、ユニークさなどの本質を重視、5.住民、来訪者、官民による参加と協働-に重点を置いている。そのうえで以下のようなロードマップを策定している。

1.宿泊施設を規制する。

2.年間、地域全体での来訪者の平準化と拡大(特定地域・シーズンへの集中の緩和) およびガイドツアーの人数を制限する

3.市街地における交通事情の改善~住民・旅行客のみならず物流などの事業者との適正な道路利用の整備、環境に配慮したルートでの市内へのアクセス化を図り、都市計画に移動動態や駐車場の稼働などの情報を組み込む。ツアーグループのバスを規制し、持続続可能な交通手段(電車、バス)の利用の促進を図る

4.旧市街地などの特別保護 旧市街の飽和地帯宣言を維持し、いかなるホテルや宿泊施設の新規開業も認めない。ホスピタリティと小売業のための公共スペースを管理する条例を制定し、すべての活動が同じ場所に集中しないように、ゾーンを多様化する。

5.都市独自の文化 アイデンティティ、信頼性を維持 ユニークなホスピタリティと小売業を支援するための施策の創設、ユニークな遺産と都市景観を保護し、視覚的汚染を防止するための措置

6.バスク語を重視 サン・セバスティアンの観光部門において、バスク語の知識と使用を促進する。

7.マスマーケットから決別し戦略的市場を選択 MICE、文化観光、ガストロノミー観光、プレミアム観光、_シティ・ブレイク観光(*) *シティブレイク観光とは、週末や数日程度の短い休暇を利用して、都市を訪れ、観光や文化体験を楽しむ旅行スタイル

8.テクノロジー 持続可能な観光監視所の設立、デジタル化             

9.市民の参加と協働 ドノスティア・サン・セバスチャン観光協会と市議会の全部局(モビリティ、経済開発、環境、都市計画、バスク語、など)との連携を促進する。住民意識調査の実施                                

10.観光税の創設 筆者注 2025年時点ではまだ導入されていない

 11.持続可能性の促進 観光部門に循環経済の原則を適用し、カーボンフットプリントの測定と相殺、プラスチックや食品廃棄物の使用回避など、環境への影響を軽減するための対策を実施する。

旧市街(筆者撮影)
旧市街(筆者撮影)

もうおわかりだろう。この計画には 来訪者数、旅行消費額や経済効果といった数値目標、KPIの記載は一切ない。

市民生活の質(QOL)、観光客と観光産業のバランス、環境・社会・経済の持続可能性の維持・向上こそがサン・セバスチャンを魅力ある観光地域であり続けることを確信しているからであろう。観光先進地域は自らの持続可能な発展に向けてさらに前進している。ここまでつづっていて、筆者もまたサン・セバスチャンを訪れたくなった。

※メインビジュアルは、朝のサン・セバスチャン(筆者撮影)

寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員 

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