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かつての海岸の富士塚~東京都中央区・鐵砲洲稲荷神社~ニッポンを歩こう179

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鐵砲洲稲荷神社(てっぽうず)は東京都中央区湊にある稲荷神社。平安時代創建の古社、京橋地域の産土神である。創建は平安時代841年と言われている。そして、1624年に桜川が亀島川に合流する地点に遷座した。江戸の水路網の入口のため、全国の船乗りからの崇敬を集めた。

氏子町は、京橋から銀座の一部、明石町など17町会である。その中には、歌舞伎座や新橋演舞場も含まれる。

一方、ここの富士塚は、1790年に築造される。中央区では唯一の富士塚だ。頂上には末社鉄砲洲富士浅間神社が鎮座する。『江戸名所図会』や歌川広重の『絵本江戸土産』では本殿より大きく描かれている。そのため、当時かなりの威容を誇ったと思われる。これまで境内の中を3回移築されている。現在の高さは5.4mである。7月1日のみ登拝できる。

徳川家康の江戸入府の頃、この辺りは海の中であった。日比谷の入江から先を徐々に埋立て、開発が進んだ。そのたびに、この社は移転を繰り返してきた。この富士塚も移転のたびに縮小されている。周りがビルで覆われている現在、富士山を望むことはできない。しかし、東国で発展した富士講は、今でも、その名残を各地で信仰の対象として敬われている。

氏子、産土と地域密着の関係性は、これから先も大切につながるモノ・コトである。町を歩くと新たな発見がある。それ故、町歩きが、観光振興の原点と言われる由縁である。

(2025.01.31.撮影)

(これまでの特集記事は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=8

取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長

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