前編(https://tms-media.jp/posts/73676/)では、ブルガリア・プロブディブで開催された第9回ワインツーリズム国際会議の概要と、ワインテイスティングから“体験型”へと進化するワインツーリズムの姿を紹介した。後編では、その流れをさらに掘り下げ、アートや建築、ガストロノミーとの融合が生み出す新潮流、そして会議で発表された世界初のワインツーリズム・ワールドレポートが示す主要ポイントについて伝えていきたい。
アートとワインツーリズム
ワインを味わうだけでなく、訪問客にとって思い出深い土地となるよう、ワインツーリズムでは多様な試みが行われている。そうした中で、ワイナリー自体を革新的な建築物として位置づけ、建築とともにその土地のワインを楽しませる取り組みも紹介された。前出のイタリア・ルネッリ家が保有する聖フランチェスコの生誕地アッシジに近いワイナリーでは、その土地の神秘的な力に感銘を受けたイタリアの高名な建築家が「大地から出現する要素」「自然の強さを想起させる」壮大なドームをブドウ畑に出現させている(Tenuta Castelbuono, UMBRIA)。

また筆者が数年前に訪れたアルゼンチン・メンドーサのワイナリーBodega Triventoでは、ワインをおいしく味わってもらうためには目でも楽しんでもうらおうと、オーナーは収集した多くの絵画とのマリアージュを試みていた。

10月に別件で訪れた米国・サクラメントでは、広大な旧製糖工場の跡地に周辺の14のワイナリーが合同でテイスティングルームや樽貯蔵庫を構えている。そこではワイン&ミュージックのイベントが数多く開催され、30台以上のフードトラックが並ぶなか、多くの訪問客がワイングラス片手に音楽を楽しんでいる様子を、音楽家でもあるワイナリーのオーナーからも聞いた。

そしてワインとアートを語るうえではプレート上の芸術、まさにガストロノミーとの融合であろう。意外と感じるかもしれないが、ワインツーリズムにおいてワインペアリングメニュー(筆者注:料理に合うワインというより、ワインに合う料理)が考案されたのは新しい。こう語るのは2024年にニューヨークタイムズで“The52 Places to go in 2024(訪れるべき52の場所)“のひとつに選ばれたフード&ワインスタジオのオーナー、ピラー ロドリゲス女史(Pilar Rodriguez)だ。
https://courrier.jp/news/archives/353147/
彼女はチリのコルチャグアヴァレーのサンタ・クルーズに厨房を構えている。20年ほど前に欧州からの来訪客をもてなす際に、弟と一緒にワインに合う料理のペアリングをすれば良いと始めたそうだ。今回本人から聞かされたが、筆者は2019年に同地を訪れた際に彼女の調理とは知らずに素晴らしい料理を堪能していた。チリは南北に長く海岸線を有し山脈や砂漠があり、コーヒーとチョコレート以外のほとんどがとれる国だ。彼女は皿のうえに自分の国を載せたいと思ったそうだ。彼女にとって料理はキャンバス(Culinary Canvas)であり、ワインツーリズムは土地のアイデンティティと文化を体現したフレイバー(料理)につながっていると語る。
彼女の語り(筆者抄訳)を紹介したい。「テロワール(土壌)は単に土壌だけではありません。土壌、天候、ワインの製造方法などです。非常に多くのワインのスタイルがあり、料理やメニューをつくる前に、私はワインを試飲します。それが完璧なのです。試飲するだけでなくメニューのどの位置にワインを置くか、これが大事です。
この土地のシャルドネがあります。非常にウッディで重くクリーミーなシャルドネです。これにどのように合わせていくか。コルヴィナ(※筆者注 ニベ科の魚で日本では、シログチ、イシモチ、オオニベなどの呼称あり)の料理です。有機栽培をしている女性から仕入れたネギがあります。これとアボカドでソースを作り、キヌアをイカスミで和え、コルヴィナを調理します。そのためとても柔らくジューシーでシャルドネのクリーミーさとのつながりを生み出しています。

(中略、筆者注:その後、スパイシーなカベルネ・フランに合う料理を楽しんでいただいた後は)そして、バランスの取れた甘さと新鮮さをもたらす酸味で際立っている遅摘みワイン、リマネンのセミヨン・レイトハーベストと組み合わせるデザートを提供します。ピスタチオのクレームブリュレ、青りんごのソルベ、そして青りんご、セロリ、フェンネルを注入したシロップを添えたキウイとセロリのサラダで構成されています。アイデアは口をさっぱりさせ、新鮮でサクサクとした繊細な野菜のプロファイルをもつデザートにすることでした」。
世界初の世界ワインツーリズムレポート(概要)の発表 ~ワインツーリズムは儲かる!~

今回の会議の目玉としてドイツのGeisenheim大学が国連世界観光機関、国際ブドウ・ワイン機構(OIV)、Great Wine Capitals、WineTourism.comと協力して策定された世界ワインツーリズムレポートの概要が発表された。100ページにおよぶこのレポートについては、今回は以下に簡単に紹介し、別途詳細にお伝えすることとする。
調査対象 世界47か国1,300以上のワイナリー(日本では未調査)。
・ワインツーリズムの取り組み
88%のワイナリーがワインツーリズムに取り組んでいる。
ワインツーリズムに取り組んでいないワイナリー:「今後取り組む 26%」「たぶん取り組む 52%」「取り組まない 22%」「取り組まない理由は時間不足、スタッフの不足」
・ワインツーリズムの内容
「ワインテイスティング 79%」「セラー見学 68%」「ブドウ畑見学61%」がコアな構成要素であり、71%のワイナリーが上記2つを提供している。またワインと料理のペアリングが非常に重要な役割を果たしている。
・ワインツーリズムの収益性
60%以上のワイナリーがワインツーリズムは収益性があるとし、その他30%が損益分岐点を超えていると回答。
・ワイナリーの売上における構成比
平均25%、大規模ワイナリーでは17%、中規模21%、小規模28%
・年間の来訪者数
平均1,000人(欧州)、4,000人(海外) 最大規模で25万人
・来訪者のプロフィール
45-65歳が最大の構成比であり25-44歳がこれに次ぐ。ワインフリーク(愛好家)はわずか6%
・注目すべき4つの点
若い旅行者が増えている、サステナビリティ、料理、ワインを学ぶ
・ワインツーリズムの課題
消費量減、経済環境の悪化、嗜好の変化、健康志向、地域開発(の遅れ)、労働力不足、気候変動
・今後のトレンド
カリナリー(料理)&フード、個人的でニッチな体験、ローカルで本物志向、
サステナブルでエコフレンドリー、自然と生物多様性、SNSの活用
会議はまさに再会と新たな出会いの場 ~Reunion & New Networking~
毎回、国連世界観光機関が主催する会議は、往々にしてアクセスの良い場所では開催されない。今回もブルガリアの首都から陸路での移動を余儀なくされた。
こうした場所にやっとの思いでたどりついた世界27カ国の300人はすぐに打ち解け、会議やワークショップ、現地視察など濃密な3日間を過ごした。旧知の国連世界観光機関の職員たちや、以前の会議で一緒だった連中と再会を喜ぶとともに、また新しい出会いも数えきれない
ミラノ出身で、トリノとコルティナ・ダンペッツォで開催される冬季オリンピックの関係で先日も日本を訪れたという、スイスの湖畔で暮らす同年代の参加者とは、定年後はどうするのか、といった話で盛り上がった。また、会議のオフサイトでの本音トークも重要な時間である。
一方、ブルガリアの大学で教鞭をとっている教授は、「ブルガリアには5,000年のワイン造りの歴史があるものの、かつてはオスマン帝国支配下にあり、さらに旧ソ連の管理下では自由にビジネスを展開できなかった。ソ連の呪縛から解放されたこの30年でようやくワインビジネスが本格的に動き始めたと言える。国をあげてワインツーリズムに力をいれているが、若い学生たちがワインツーリズムをはじめとするワインビジネスに興味を持ち取り組むためにも、きちんとマネタイズ(収益化)仕組みを整えることが不可欠だ」と語っており、強く印象に残った。
今回の会議でも国連世界観光機関の事務局長、ズラブ・ポロリカシュヴィリ氏も参加していた。会議冒頭のスピーチでは、筆者が日本から参加していることにも触れてくれた。彼も本年12月で8年の任期を終えて退任し、UAE出身の新事務局長が2026年1月からこの組織の指揮を執ることになっている。
ズラブ氏からは、「11月の年次総会(筆者注 10月時点の会話、総会はサウジアラビアで開催、ここでズラブ氏の正式な退任が決まった)には来ないのか?」と聞かれた。彼とも8年以上の長い付き合いがある。マドリッドの本部で同機関と日本側で双方3、4名で、予定をオーバーする2時間超のミーティングでも顔を突き合わせた仲であり、離任前に再び会って直接言葉を交わせたことは筆者にとっても感慨深かった。
次回のワインツーリズムの国際会議の開催地は発表されず、ブルガリアからさほど遠くない国(筆者注、推測だがギリシャかトルコ?)での開催だそうだ。


※メインビジュアルは、プロブディブのワインフェスティバル(筆者撮影)
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員