江戸から明治にかけて日本各地の港町を結び、物資と文化を運んだ北前船。その歴史を軸に、寄港地連携と地域間交流による地域活性化を議論する「第36回北前船フォーラム in 信州まつもと」が11月21日、長野県松本市のホテルブエナビスタで開かれた。今回は北前船ゆかりの沿岸部から遠く離れた“内陸の地”での初開催で、テーマは「令和に呼び覚ませ、塩の道~海洋と内陸の経世済民~」。全国から自治体首長、観光関係者、伝統工芸・食の事業者、学識者、企業関係者ら約370人が参加し、海と山、沿岸と内陸という二つの文化圏を架橋し、北前船が築いた歴史的ネットワークを令和の地域政策・観光戦略へどう生かすかについて、活発な議論が交わされた。
総括を行った観光庁元長官で東武タワースカイツリー会長の久保成人氏は、「歴史を未来へつなぐために欠かせないのは、中央からの一方向の発信ではなく、地域が本来備えている内発的な力を見つめ直し、互いに結び合うネットワークだ」と指摘。さらに「かつて北前船が海と内陸を直接つなぎ、多様な文化や産業を育んだように、地域が地域と対等につながる構造を取り戻すことが重要だ。内陸の松本で本フォーラムを開いた意義は大きく、海と山、沿岸と内陸が新しい形で結び直される象徴的な契機となった」と述べ、北前船文化を基盤とした地域連携の広がりに大きな期待を示した。

内陸初開催、「塩の道」で海と信州を結ぶ
開会における主催者あいさつでは、長野県副知事の関昇一郎氏が長野県知事の安倍修一氏に代わり登壇し、「全国各地からこれほど多くの皆さまにお越しいただき、心より感謝申し上げる」と述べた。その上で、これまで海沿いの地で開催されてきたフォーラムが初めて内陸で開かれた意義に触れ、「瀬戸内から北前船が運んだ塩が『塩の道』として信州へ届き、暮らしを支えてきた歴史がある。海と内陸は本来、緊密につながっていた」と強調した。また、今回のフォーラムが生む地域間交流について、「人と人、地域と地域が出会い、つながることが新しい発展の土台になる」と述べ、人口減少や社会情勢が厳しさを増す中で「地域のネットワークこそが日本の原動力になる」と期待を寄せた。

続いて長野県松本市長の臥雲義尚氏は、全国からの参加者に感謝を示しつつ、信州と北前船をつないできた歴史的背景に言及した。「信州の名産である味噌や酒、漆器、絹といった産業は、日本海側の港から運ばれた塩や海産物との交易によって大きく発展してきた」と述べ、海と内陸の間に古くから存在した経済・文化の交流の深さを強調。さらに、松本を中心とした広域の自治体首長が実行委員会として参画していることを紹介し、「沿岸と内陸、地方都市同士があらためてつながり直す場として、このフォーラムが未来への一歩となることを期待したい」と語った。また、「山高く水清くして風光る」という言葉を引用し、北アルプスを望む松本の風景に触れながら、「この地での開催は、海と山、歴史と現代をつなぐ象徴的な機会になる」と歓迎の意を示した。

開会あいさつに立ったANA総合研究所副社長で北前船交流拡大機構理事長代行の森健明氏は、「ようこそ信州へ、そして私のふるさと松本へ」と述べ、全国からの参加者に謝意を示した。森氏は、これまで北前船寄港地の港町で開催されてきたフォーラムが初めて内陸で開かれた意義に触れ、「北前船の広域ネットワークは本来、海だけでなく内陸とも深く結びついていた」と強調した。さらに、松本開催の背景には地域連携研究所の立ち上げなど、寄港地以外の自治体も含めた広域的な連携の取り組みがあることを紹介し、「今回の開催は、北前船ネットワークの新たな広がりを象徴するものだ」と述べた。

日本航空(JAL)執行役員で北前船交流拡大機構副会長の西原口香織氏は、全国からの参加者に感謝を述べた上で、「2007年に酒田市で始まった北前船フォーラムが36回を迎え、ここまで発展してきたのは、各地が培ってきた文化の力と関係者の尽力のおかげだ」と振り返った。今回の松本開催については、「海に面していない信州で北前船を語ること自体が象徴的であり、“塩の道”を通じて海と内陸が結ばれてきた歴史を考える機会になる」と指摘。また、JALとしても「国内外への発信に積極的に取り組む北前船交流拡大機構とともに、文化を軸とした地域創生を支えていきたい」と述べた。

海から内陸へ、寄港地文化が示す「地域間交流の再構築」
北前船日本遺産推進協議会からは4人が代表してあいさつ。秋田県男鹿市長の菅原広二氏は、ユネスコ無形文化遺産に登録されたナマハゲ文化に触れ、「ナマハゲは秋田県全域にある文化ではなく、男鹿が独自に守り継いできた精神文化だ」と紹介。誰の目があるかに関わらず続けられてきた行事であることを示し、「地域の覚悟と誇りが文化を支えてきた」と強調した。さらに男鹿と北前船の関係について、「古来、日本海交易を通じて文化や技術が流入し、地域の生活・価値観にも深い影響を与えてきた」と述べたうえで、「北前船の精神は『互いに補い合う地域間連携』にある。今後も寄港地ネットワークの一員として、新しい交流の形をつくっていきたい」と語った。

続いて登壇した石川県輪島市長の坂口茂氏は、能登半島地震後の復興の現状を踏まえ、「輪島塗という文化は、単なる工芸の枠を超え、北前船文化圏で磨かれ受け継がれてきた『精神の結晶』である」と述べた。震災で工房や生産基盤は大きな被害を受けたが、「技術を失ったわけではなく、むしろ文化への誇りが次の復興の力になる」と力を込めた。また、「北前船の交流史は、沿岸のまちが互いに助け合い発展してきた歴史そのもの。全国の皆さんと連携しながら、輪島から新しい文化再生のモデルを発信したい」と語り、文化を軸とした復興への強い決意を示した。

新潟県佐渡市長の渡辺竜五氏は、佐渡が持つ圧倒的な文化層の厚さに触れた。「金銀山、能、酒づくり、漁業、鬼太鼓、自然景観と佐渡ほど多様な文化資源が凝縮している地域は珍しい」と述べ、これらは北前船寄港地としての歴史が培った『文化の蓄積』であると説明した。さらに、「北前船は物資だけでなく、人・技・文化を運んだ。その交流の軸を寄港地同士で再構築し、海から内陸へ広がる文化ネットワークを取り戻すことが、日本全体の活力にもつながる」と述べ、佐渡としても連携の中心的役割を担う意欲を示した。

北海道函館市長の大泉潤氏は、北前船交流拡大機構の会長としての立場も交え、松本開催の象徴性を語った。「瀬戸内から運ばれた塩が千国街道を通り松本へ届き、内陸へ広がっていった塩の道の歴史は、沿岸と内陸が互いに補完し合っていた証拠だ」と述べ、北前船文化が海だけでなく内陸にも深く根付いていることを強調した。また、「北前船ネットワークの価値は、地方同士が直接結びつく『水平連携』の構造にある。東京を介さず、地域と地域が対等に挑戦できる環境こそ日本の未来を形づくる」と語った。最後に、「このフォーラムをきっかけに沿岸と内陸の連携がさらに広がり、全国の自治体が自立的に支え合うネットワークを築いていきたい」と締めくくった。

交通・観光から見た「新たな広域連携」
来賓として登壇した日本旅行社長の吉田圭吾氏は、同社の創業120年に及ぶ歴史を紹介し、1908年に長野向けの貸切列車旅行を日本で初めて実施したことに触れた。「鉄道は、地域と地域をつなぐ『陸の北前船』としての役割を果たしてきた」と述べ、北前船フォーラムの意義と近代交通の精神が続いていることを示した。また、「北前船フォーラムが、鉄道・航空・海運を含めた広域的な交流モデルへ発展していくことに期待している」と語り、観光産業から見た地域連携の未来像を提示した。

開会式では最後に、北前船交流拡大機構専務理事の浅見茂氏が登壇して全国から参加した自治体・企業を紹介。沖縄からの参加者にも触れながら、「北前船ネットワークは、地方同士が結びつき、さらに世界へ広がる潜在力を持つ」と述べた。また、「地域の文化や産業を互いに補い合いながら、広域連携を進めることこそ北前船の精神であり、現代でも活かすべき日本の強みだ」と締めくくった。

寄港地から内陸へ、北前船文化が描く広域交流の原点
第1部の基調講演では3氏が登壇し、寄港地から内陸への交流、古代史に見る地域ネットワークの連続性、そして移動がもたらす新しい価値の創出という、それぞれの切り口からフォーラム全体の問題意識を立体的に描き出した。

基調講演の最初を務めた近畿大学名誉教授の胡桃沢勘司氏は、「寄港地から内陸へ」と題し、北前船の航路が単に沿岸部だけでなく、古くから内陸部にも文化・物流を運び込んでいた事実を紹介した。胡桃沢氏は、寄港地ごとに残る民俗文化や言語の類似性を示し、「北前船の動きは『海のシルクロード』とも呼ばれる広域文化圏を形成していた」と説明。さらに、塩・昆布・海産物が山岳地帯へ運ばれ、各地域の食文化や行事に深く根付いていった過程を示し、「寄港地と内陸は決して分断された世界ではなかった」ことを強調した。そのうえで、「北前船の交流軸を現代でどう捉え直すかが、地域の未来像を左右する」と述べ、今回の松本開催の象徴性を改めて提示した。

古代史が示す「地域間ネットワーク」の必然性
続いて登壇したANA総合研究所会長の功刀秀記氏は、「地域の古代史で日本各地をつなげよう」と題し、日本列島が古代から広域的な文化圏として結びついていた事実を紹介した。功刀氏は、古代の街道や祭祀体系、海産物・鉄・塩の流通などを例に挙げ、「地域は本来、行政区分とは関係なく、有機的につながる『文化の航路』を形成していた」と説明した。さらに、「北前船による交流は、こうした古代からのネットワークが近世で成熟した姿だ」と述べ、古代史と北前船文化との連続性を強調した。単なる物流だけでなく、技術や文化、価値観までを運ぶ総合的な交流の仕組みとして、日本各地の多様な文化を育てたと指摘した。最後に、「現代の地域連携も、歴史の中にすでに存在したつながりを読み解くことで必然性が生まれる」と述べ、古代史に基づく地域ネットワークの必然性と北前船文化の連続性について、現代につながる大きな示唆を与えた。

しなのの国から、懐かしくて新しい移動が地域の価値を高める
基調講演の最後には、国土交通省総合政策局モビリティサービス推進課長の星明彦氏が登壇し、「しなのの国から~懐かしくて新しい世界をつくる~」と題して講演した。星氏はまず、「地域の価値は移動で決まる」と述べ、交通インフラと観光・日常生活が一体となり地域経済を支える構造を説明。中山道・北国街道など信州の街道ネットワークを例に挙げ、「歴史的交通路は、現代のモビリティ政策と親和性が高く、観光・移動サービスの再構築に活かせる」と指摘した。さらに、交通と観光の相乗効果を示しながら、「北前船が担った『人・物・情報の流れ』を、現代の技術と組み合わせることで、地方の成長可能性は広がる」と述べた。最後に、「海と山、沿岸と内陸の連携は、令和の地域づくりにこそ必要だ」と締めくくり、今回のテーマとの呼応を示した。

地方が描く「高付加価値インバウンド」の戦略と実践
第2部では、「地方における高付加価値インバウンド観光の推進」をテーマに、研究者、行政経験者、宿泊・観光事業者が多角的な視点から議論した。モデレーターを務めたのは清泉女子大学学長の山本達也氏。パネリストには、観光庁元長官で運輸総合研究所理事長業務執行理事の和田浩一氏、自遊人代表取締役の岩佐十良氏、扉ホールディングス代表取締役の齊藤忠政氏の3名が登壇した。

冒頭、山本氏は自身が二拠点居住という形で松本と東京を往復している経験を紹介し、「自然と都市文化が近接する松本は、今後の日本を象徴するような都市モデルになりうる」と指摘した。基調講演で語られた「海と山」「沿岸と内陸」という対比軸を踏まえながら、「地方都市の価値は、歴史・文化・自然環境をいかに高付加価値として束ねるかにかかっている」とし、このパネルが第1部の議論を実践レベルに落とし込む機会であると強調した。

国の視点から見る「地方インバウンド戦略」の課題と転換点
和田氏は、国のインバウンド政策の流れを踏まえながら、近年の訪日外国人の動向が「東京・京都・大阪といった従来の黄金ルートから、地方都市へ確実に広がっている」と指摘した。そのうえで、「高付加価値層の取り込みには、単なる「観光地の魅力競争」ではなく、地域が一体となった価値創造が不可欠」と述べた。また、「知識層・富裕層は『自分の興味関心が深い領域』には積極的に支出する。地方側はそのための受け皿づくりが重要だ」とし、モデル観光地として松本・高山エリアが国の伴走支援を受けていることを紹介。「5年間の長期支援がつくのは、観光庁としても『地方が主役の観光』を進める本気度の表れ」と語り、制度面から松本の取り組みを後押しする姿勢を示した。

新しい旅の価値を生み出す仕組みづくり
齊藤氏は、松本で立ち上げた「松本における持続可能な観光地づくりの産業研究会」を紹介し、「観光はすでに地域の主幹産業になりつつあるが、旅館・飲食だけでは地域全体の価値をデザインしきれない」と述べた。研究会には、信州大学や不動産デベロッパー、木工職人、農業者など21団体が参加しており、「観光の枠を超え、地域の未来をどうつくるかを議論する場としている」と説明。さらに、近年顕在化したオーバーツーリズムの課題を挙げ、「観光地の魅力が生活環境の悪化につながらないよう、地域内で適切なバランスをとる必要がある」と警鐘を鳴らした。「高付加価値観光とは、単価の高い客を呼ぶことだけではなく、地域に文化・技術・暮らしを再循環させる仕組みを作ることだ」と述べ、観光と地域経済を結びつける視点の重要性を示した。

地域文化を世界基準の体験に昇華する
最後に発言した岩佐氏は、自身が手掛ける浅間温泉「松本十帖」を例に、地域文化をいかに世界へ伝えるかを語った。岩佐氏は、「水や火山、温泉、伝統工芸など、日本文化の核心は『自然と生活の関係性』にある」と指摘し、それを宿泊体験として編集することで、海外の上質旅客に強く訴求できると説明した。また、世界の富裕層の旅の傾向として、「移動距離より『体験の深さ』を求める傾向にシフトしている」と述べ、「松本のように“具体的な文化層”が厚い地域は、深さで勝負できる」と評価した。さらに、地域内の複数施設を回遊させる「文化回廊」的な仕組みの可能性にも触れ、「日常と地続きの文化を、高品質な体験に転換することが地方の競争力になる」と語った。

パネルディスカッションの最後に山本氏は、第1部からの議論を踏まえ、「海と内陸、沿岸と地方都市という縦のつながりが、観光における広域連携モデルとしてそのまま活かせる」と総括した。高付加価値インバウンドは、単なる経済施策ではなく、①地域文化の再編集②生活者と観光者の共存③地方同士の水平連携―という「北前船的発想」の延長線にあると結んだ。
世界市場を見据える「地域文化」の挑戦
フォーラム後半となる第3部では、「伝統工芸品と食の海外展開」をテーマに、北前船文化が各地にもたらした多彩な文化資源をいかに国際市場へ橋渡しするかが議論された。内陸都市・松本を舞台とする今回のフォーラムにふさわしく、登壇者は海・山・都市・海外を横断する視点から、地域文化の未来像を語った。
最初に登壇した新潟県村上市長の高橋邦芳氏は、北前船が日本海沿岸にもたらした文化的影響の大きさを述べ、「村上の鮭文化、城下町文化、茶の湯文化など、多くは海の交流があったからこそ育まれた」と紹介した。とりわけ村上名産の〝塩引き鮭文化〟は、「海と山のあいだで行われた交易が生んだ生活文化そのものだ」と強調し、塩の流通、海産物の加工技術、内陸側の消費文化が結び付いた結果であると説明した。さらに高橋氏は、「北前船の寄港地は単なる物流拠点ではなく、価値観・技術・美意識が交差する『文化ハブ』だった」とし、「現代の地域づくりにも、交流によって価値を再編集する視点が欠かせない」と語った。

EUで見た「地域ブランド」の競争力
欧州連合(EU)で日本政府代表部に勤務した経験を持つ、財務省大臣官房企画官・前EU日本政府代表部参事官の二宮悦郎氏は、講演の冒頭で欧州における“地理的表示(GI)”制度を取り上げ、「地域ブランドが国家戦略として扱われている」と紹介した。二宮氏によれば、GIは単に名称を保護するための制度ではなく、地域の歴史、土壌、気候、伝統的な生産方法といった複合的な文化背景そのものを価値として認定する枠組みであり、欧州ではこれが生産者の誇りと市場競争力の両方を支える柱となっているという。
EU域内では、GI品目が“地域の稼ぐ力”として位置づけられ、食品から工芸品に至るまで幅広い分野で制度が活用されていると説明。「地域が独自の文化と品質を守ることが、市場の信頼につながり、結果として地域経済の持続可能性を高める」と述べ、制度が地域社会全体に波及効果をもたらしている点を強調した。そのうえで日本に目を向け、「伝統工芸や食品も、物語性を含めた文化資源としてパッケージ化できれば、広域的なブランド戦略を展開することが可能になる」と指摘。さらに、北前船を軸とした歴史的ネットワークに触れ、「北前船航路が結んだ地域は、もともと文化圏としての一体性を有している。連携を図れば、EU型の広域ブランドの枠組みをつくることは十分に現実的だ」と述べ、国際市場における日本の地域文化の可能性を示した。

「食」を文化として翻訳し、世界へ届ける
続いて、老舗昆布問屋「奥井海生堂」三代目である奥井隆氏が登壇。北海道の昆布文化が、北前船交易によって越前・若狭・京都・大阪とつながり、各地の料理文化を飛躍的に豊かにした歴史を紹介した。奥井氏は、「昆布は北前船があったからこそ全国に届き、日本料理の味の基礎をつくった」と述べ、食品そのものではなく〝文化の伝播装置〟として昆布を位置付けた。また、海外展開の取り組みについて、「欧州では『うま味』の概念が共有され始め、昆布は単なる食材ではなく『発酵・熟成文化の象徴』として評価されつつある」と説明。さらに、「食を輸出するのではなく、背景にある文化・哲学を伝える努力こそが、日本の食の価値を最大化する」と強調した。

「地域固有の物語」をどう届けるか
内閣府地域活性化伝道師や総務省地域力創造アドバイザーなどを務める跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏は、伝統工芸、食、生活文化といった地域資源を海外に発信する際には、「コンテンツそのものよりも、いかに『語り方を編集するか』が決定的に重要になる」と指摘した。篠原氏は、日本の文化発信がしばしば〝説明の羅列〟にとどまり、背景にある価値や思想が十分に伝わらないケースが多いとし、「世界に届くのは、物語が体験として翻訳され、受け手がその文化の世界観に入り込めるときだ」と述べた。
さらに篠原氏は、国内の文化資源は個々が独自性を持つ一方で、「地域ごとに語り口がばらばらで、統一的な物語が提示されにくい」という課題を指摘。そのうえで、北前船の歴史に触れながら、「地域の個性を束ね、広域的な文化圏として提示できる『大きなストーリー』が必要だ」と強調した。これは単なる地域紹介ではなく、各地の文化を一つの流れとして再編集する作業だと説明した。松本については、「工芸、歴史、自然環境が重層的にそろい、多様な文化要素を一つの都市空間の中で体験できる」と評価。「内陸と海の文化が結びつく構図を提示できれば、世界市場に対して非常に理解されやすい物語となり、地方都市の文化発信として大きな強みになる」と述べ、国際的な発信力向上への可能性を示した。

地域の創意と広域連携が、観光の未来を決める
最後に、観光庁観光地域振興部長の長﨑敏志氏が来賓としてあいさつ。長崎氏は、「北前船は地域間交流そのものであり、現代の観光政策が目指す広域連携の根源的モデルだ」と述べた。また、観光庁が進める地域の稼ぐ力強化、観光DX、文化資源の活用などの政策を紹介しつつ、「地域が持つ創意と個性が結び合ったとき、日本の観光は世界で確固たる地位を築く」と強調した。松本開催の意義については、「海ではなく内陸で北前船を語ること自体が、連携の未来を象徴している」と述べ、地域文化の多様性を生かした観光戦略の深化に期待を寄せた。

交流が新たな地域の動きを生み出す
閉会のあいさつで登壇した東日本旅客鉄道(JR東日本)長野支社長の下大薗浩氏は、松本開催の意義に触れながら、「海と内陸という異なる文化圏が交わることで、新しい交流の可能性が生まれる」と語った。下大薗氏は、JR東日本が進める広域観光連携の取り組みに言及し、「鉄道は地域と地域、人と人をつなぐ現代の航路であり、北前船が果たした役割をいまの時代に引き継ぐインフラでもある」と述べた。特に松本エリアについては、「観光、文化、工芸など多様な魅力が凝縮されており、全国、そして海外との交流拠点としてさらに発展する可能性がある」と評価した。
さらに同氏は、今回のフォーラムで示された地域間連携の方向性に触れ、「沿岸の寄港地と内陸都市が互いの強みを共有し、ともに未来を描く姿勢こそが、地方創生における最も重要な要素である」と強調。「本日の議論が、地域を越えて広がる新たな協働の第一歩となることを期待したい」と述べ、閉会の言葉とした。

会場では参加者から大きな拍手が送られ、海から山へ、過去から未来へとつながる北前船ネットワークの可能性を確認しながら、フォーラムは幕を閉じた。

取材 ツーリズムメディアサービス編集部