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織り目の記憶と未来へ——富士吉田「FUJI TEXTILE WEEK 2025」が照らす地域活性と観光の新たな課題

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山梨県富士吉田市にて、1000年以上の歴史を持つ織物産地の記憶を辿る国内唯一の「布の芸術祭」、「FUJI TEXTILE WEEK 2025」(以下、FTW)が開催されました。回を重ねるごとにその芸術的レベルを高めているこの祭典は、単なるアート鑑賞に留まらず、地域文化の再生と街歩きを一体化させた、極めて独創的な試みとなっています。

会期は2025年11月22日(土)から12月14日(日)まで。富士吉田市下吉田本町通り周辺地域を舞台に、街全体が巨大なギャラリーへと変貌しています。

街の記憶を編み直すアート巡礼

FTWの最も特徴的な点は、展示会場として使われなくなった織物工場や倉庫、旧店舗、古民家など、街に点在する歴史的建築物を活用していることです。これにより、鑑賞者は街を巡る移動そのものが、富士吉田の産業史を物語る「文化の地層(レイヤー)」を歩く行為となります。

今年の第4回目となるFTW 2025のテーマは、「織り目に流れるもの」。織物の表層からは見えない、地下を流れる伏流水のように、音、手のリズム、記憶、そして土地の気配といった不可視の力に光を当てています。この地域にテキスタイル産業が発達したのは、富士山からの清澄な伏流水があったからだと言われており、水脈という見えない流れが文化の深層を形作ってきたという視点に立っています。

展示を巡る中で強く感じられたのは、この芸術祭が地元の人々による「下からの力」で立ち上がったという独自性です。会場の各所では、多くの市民ボランティアの方が運営を支えており、来場者との会話の端々から、彼らが富士吉田という地域に対して抱く強い誇りが伝わってきました。

アート展のディレクターは南條史生氏、キュレーターは丹原健翔氏が務めています。2024年の準備期間を経て、アーティスト約30組が現地でリサーチを重ねた新作を発表しており、富士吉田の織物産業の記憶や、土地固有の文脈と深く結びついた作品が多く見受けられました。

産業遺産で生まれる、布と光のインスタレーション

メイン会場の一つである旧山叶(かつて織機などを扱っていた金物業・山叶商店の建物) は、総合案内所として機能しつつ、複数の大型作品が展示されています。

旧山叶会場は総合案内所も併設する
  • 相澤安嗣志氏の《How The Wilderness Thinks》は、800枚以上のデッドストックの絹生地が吊るされ、鑑賞者が洞窟のような空間を歩くインスタレーションです。これは、富士講信者が行った「胎内巡り」の再生儀礼を想起させ、織物の歴史が持つ精神的な層を現代に呼び戻します。
  • 増田拓史氏の《白い傘と、白い鳥。》は、富士吉田が戦時中に落下傘用の絹を織っていた歴史に着想を得た映像作品です。美しく嗜好性の高い布を織る技術が、かつて「命を守るための布」を生んでいたという事実を、映像と資料、インスタレーションで多層的に表現しています。
  • A-POC ABLE ISSEY MIYAKEは、かつて歓楽街に氷を供給していた氷室をリノベーションした会場FUJIHIMUROにて、横尾忠則氏との未発表の布作品5点を展示しています。この作品は、故・三宅一生氏と宮前義之氏が共に手掛けた最後のコレクションの一つであり、富士吉田の隣町である西桂町で長年布作りが行われてきた地理的な縁から展示が実現しました。
かつての氷室だったスペース、今はアート作品が彩る

また、福源寺の境内では、チェコのプラハ工芸美術大学の学生たちの作品展示が実現するなど、国際的な交流も広がっています。

福源寺の本堂の厳格な雰囲気とアート作品が異空間を演出する

FTW事務局長の八木毅氏によれば、富士吉田の機屋(はたや)は小規模ながら、細い絹糸を得意とし、小ロットで多様なクリエイションに挑戦できるという柔軟性が強みです。この芸術祭は、芸術家と地元の織物工場が密接に協働し、産業を鼓舞する力を秘めています。ショップバイヤーやファッションデザイナーを対象としたBtoB向け展示会「MEET WEAVERS SHOW」も特設されており、産地の新たな挑戦を発表する場となっています。

芸術祭が挑む「オーバーツーリズム」と地域経済の課題

FTWは地域活性、町おこしの核として成熟度を増していますが、富士吉田の街は今、別の側面から観光客で賑わいを見せています。

商店街から見える富士山を撮影する外国人観光客

特に、旧商店街のメイン通りから見える富士山の景色は海外観光客にとって非常に魅力的で、写真を撮ることを目的に訪れる外国人の姿が目立ちます。その結果、街は賑わっている一方で、一部の市民の方からは、観光客が「ゴミを落とすけれども、地域にお金をあまり落とさない」という声も聞かれました。

これは、地域課題の1つである「オーバーツーリズム(観光客の増加)と、地域経済への還元が不十分な構造」という対比を浮き彫りにしています。アートや文化を起点としたFTWは、アーティストの滞在制作や古い建築のリユースを通じて、「クリエイティブツーリズム」の芽生えを育み、地域の未来を形作る文化事業としての役割を果たしています。富士吉田市民はFTWのチケットが無料である点も、地域との結びつきを重視している証左です。

しかし、観光客の主要な動機が風景写真の撮影に偏ることで、地域全体にお金が落ちる仕組み、特に地元の商業や伝統産業に直接恩恵をもたらす経済的な循環がまだ十分には作りきれていない状況です。FTWが提唱する、布の魅力を通じた「ものづくりのネットワーク」と「布の芸術祭」が、この地域課題に対する有効な解決策となり得ることが期待されます。

文化の深層を掘り起こし、産業と芸術が相互に触発し合うFTWの挑戦は、富士吉田が抱える現代の観光と経済の課題に対し、「布」という媒体を通じて記憶と価値を編み直すという重要な役割を担っていると言えるでしょう。

FUJI TEXTILE WEEK 2025 開催概要

  • 名称:FUJI TEXTILE WEEK 2025
  • 会期:2025年11⽉22⽇(⼟)〜12⽉14⽇(⽇)
  • 会場:⼭梨県富⼠吉⽥市下吉⽥本町通り周辺地域
  • 休館日:11月25日(火)、12月1日(月)、12月8日(月)
  • 当日券料金:一般 2,500円、学生 2,000円 (高校生以下および富士吉田市民は無料)

布が織りなすアートの地層を巡る体験は、まるで富士山から流れる伏流水のように、表面からは見えない町の歴史や人々の誇りを静かに感じさせてくれます。この芸術祭が、景勝地としての「富士吉田」から、文化産業都市としての「富士吉田」への進化を促す、新たな流れの起点となることを期待しています。

寄稿者:西川佳克(東京山側DMC 地域創生マチヅクリ事業部)

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