緊急事態宣言により経済活動が停滞した2020年のコロナ禍の記憶も、過去のことになりつつあり、実際にインバウンドの旅行客数はコロナ前以上に増加して、さまざまな観光地がにぎわっている。
しかし、日本人による国内旅行の回復は鈍く、日本人旅行客の割合が高い地方を中心として課題感は残る。オーバーツーリズムや外交関係の変化による影響からも、日本人旅行客の伸びを期待したいという関係者もいることだろう。
日本人の国内旅行客の属性はさまざまだが、ファミリー層や若年層と並んでシニア層も話題になりやすい主要なターゲットの一つである。シニア層については、筆者もシニア専門の転職支援サービスを経営しているために現状や変化について詳しいが、シニア層の旅行・観光についても変化を感じるため、今回はそれを紹介する。
もう「老後はゆっくり」の時代ではない
「ずっと仕事だけの人生だったから老後は夫婦でゆっくりしたい」といった話はよく聞くが、実際の老後はイメージと異なることが多い。
筆者が経営するシニア専門転職支援サービスに登録する求職者の平均年齢やボリュームゾーンはいずれも60代前半で、この中には定年後再雇用で下がった給与に不満があるシニアや、定年前後に転職したものの、転職先に満足できないシニアも含まれるが、「60歳で定年退職を選んだが会社員に戻りたい」というシニアも一定数含まれる。
働かないと経済的に厳しいのか、働かない生活は張り合いがないのかは大きな違いだが、いずれにせよ、65歳まではフルタイムで働くことを希望するシニアが多く、65歳以降でも、何らかの形で働きたいというシニアは多い。
働いていれば当然、働いていない場合よりも時間の自由度は下がる。過去よりも有給などの休みが取りやすく、柔軟な働き方ができる“ホワイト”な企業は増えているとはいえ、フルタイムで働く人が、何週間・何カ月といった長期旅行に出るのは簡単ではないし、家族や有人との予定も合わせにくい。
時間がないことよりも深刻なのはお金がないことだ。もちろん、働いているシニアが全員お金の課題感を持っているわけではないが、深刻度合いはともかく、シニアが働く目的には必ずお金が入っている。しかも、59歳までに比べ、60歳以上での給与は減少が避けられない。
年金や資産と給与所得を合わせればそれなりのお金を持っている、という見方もあるかもしれないが、物価が高騰する中、かつて「年金だけでは老後の生活に2000万円足りない」と言われていたものが、2000万円どころではないという話も出ており、不安が強いことで消費に向かいづらい。
昨今の日本ではシニア層や旅行・観光に限ったことではないが、まとまったお金を使うことを躊躇しやすくなりつつある。
60代も50代以下と変わらないのは旅行も同じ
とはいえ、シニア層がことさら旅行離れを起こしているわけではなく、旅行を楽しむシニアも多くいる。そこにはどんな変化と特徴があるだろうか。
端的に言えば、現在のシニア、特に60代は、59歳以下のいわゆる「現役世代」との差が小さくなっている。働き方自体、59歳以下との差が小さくなっているのだから、当然、余暇時間も、旅行を含めた余暇の過ごし方も59歳以下との差が縮まる。
限られた休日の中でコンパクトな旅行を楽しみ、お金をかける場面を厳選し、地域コミュニティなどの団体ではなく個人や家族、友人など限られたメンバーで旅行に出かける光景が、シニアでも多いようである。
もちろん、かつてのシニアのイメージのような、地域の老人会のような団体で連れ立って、平日のあまり混み合わないタイミングに、ゆとりのあるスケジュールで観光するようなスタイルも残っているが、その年齢層は70代80代などに上がり、健康や体力の面も相まって派手さの少ない、やはり慎ましやかなプランになりつつある。
かつてのシニアは兄弟も多く、婚姻率も高かったことから、家族・親族の旅行であっても大所帯が珍しくなかったが、現代のシニアはそうでないため、家族での旅行であっても夫婦二人など小規模にならざるを得ない。
つまるところ、シニアだから時間とお金に余裕があり、一方で無理が効かないので、平日ののんびりした上質なプランが最適…といったイメージはもう過去のものになりつつあるのだ。
確かに、富裕層であれ、富裕層以外であれ、年齢とともに忙しないプランや体力が必要なプランが適さなくなる傾向はあるが、60代を59歳以下と別のカテゴリーで捉える意味はあまりない。60歳を境に、50代では選ばなかった旅行先やプランを急に選ぶようになることなどなく、それまでと同じような旅行先やプランが選ばれるし、各年代の差は縮まっていると見るべきだろう。
デジタル化した人もアナログな人もいるのがシニア
では、今のシニアの旅行・観光での消費は減少する一方かというと、そんなことはない。「現役世代」との変化が少なく、年代の差が縮まっているということは、若い世代と同じような消費をするシニアもいるということだ。
例えば、「推し」や「映え」へのコストを惜しまないのは、若者だけでなく、シニアでもこうした層が増えている。もちろん、その対象や楽しみ方に違いはあるにしても、「推し活」のための遠征旅行や「推し」の「聖地巡り」、「映える」グルメやフォトスポットは、一部のシニアも積極的に選択・消費するものとなっている。
加えて、シニアが旅行・観光の情報を入手・選択し、予約や決済を行う手段も、急速にデジタル化が進んでいる。対象がシニアだったとしても、情報発信や対応の手段を限定してしまうと、十分な訴求ができなかったり、不便な思いをさせてしまったりすることがある。
しかし、デジタル化についても、「推し」や「映え」への投資についても、シニアの場合、まったく対応していない、対象とならないという層もかなり多いことに注意が必要となる。若者であってもデジタルツールを全員が同じように使えるわけでなく、同じ「推し」を応援しているわけでは当然ないが、シニアの場合は、デジタルツールが障壁となったり、「推し」や「映え」に関連した消費行動への拒否反応が大きかったりといったことも少なくない。
考え方によっては、現在のシニアに対する訴求は若者に対するものよりも、より多様で柔軟なものである必要があるかもしれない。あるいは、一口にシニアと捉えるのではなく、シニアの中でも絞り込んだ特定の対象それぞれへの訴求を行う必要があるかもしれない。
寄稿者 中島康恵(なかじま・やすよし)㈱シニアジョブ代表取締役